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はざまの苦労人~異世界管理業務、できなくなりました~  作者: わぎり
Case8 業務提携、請け負います
57/105

#56 責任の所在を明確にすること

 ルカとローワン、セドリックが魔の者の調査結果を共有したその翌日。

 ローワンがいつも通り執務室へ入ると、すでにスレンダーなシルエットのデイドレスと手袋を身に着けたルカが待っていた。

 


「おはようございますローワン様」

「……これは、一体……」



 机にはずらりと並べられた書類たち。ルカの手元にも同じように書類の束が。



「物量の多い仕事は人海戦術。業務の鉄則ですよ」

「……、」




 ズル、と落ちたジャケットの襟。

 ローワンは改めて、目の前の女性の奇怪な行動が理解できないと思った。




 〈#56 責任の所在を明確にすること〉




「にしても早いですね、まだ7時ですよ」

「……あなたは何時からここにいるんだ」

「さっき来たばかりです」

「(嘘をつけ)」



 机の上の書類は恐らく読み込んだうえで分類されている。その証拠にいくらか捲った跡が残っており、ローワンはどこかの令嬢がよくやるようなじとりとした半目を送る。

 そもそも、どうして彼女がここにいるのか理解できていないローワン。確かに昨日は仕事を片付けるという話をしていたが、それは“はやくお前が片付けろ”という話ではないのか?参加するとは思ってもみなかったローワン。当たり前である、彼女は今までローワンの業務に触れたことが無いのだから。



「……」



 ルカが仕分けた書類を確認するローワン。時間を追うごとに業務が溜まるものだからと整理する時間すらなかった書類たちは、おおよそ“相手の返答が必要なもの”、“ローワンの独断で解決できるもの”、“セドリックと協議が必要なもの”に分けられている(書類の山に、そう書かれた紙が置かれていた)。

 昨晩ローワンは日付を超えてから眠ったはず。ということはほんの3、4時間の間でこの仕分けを行ったということだ。どういう思考速度をしているのだとローワンはルカを見る。



「間違っている書類もあると思いますから、一度ご確認を。わかりやすい……ああ、特にこれですね。“相手の返答が必要なもの”に関しては、確認したい項目をいくつか書き添えておきました。お手紙を書く際にご活用いただければ」

「確認……?」



 ローワンが言われた書類の山をめくってみると、そこには……



「は?」



 びっしりと、整然とした文字で確認事項が事細かに書かれた紙が挟まっているではないか。しかもそれは相手からの手紙一通一通に対し作られており、ローワンは目を見開いている。


「あ、ご安心ください。ペンは自前の物を使っておりますから」


 他人に使われるのは嫌ですよね、と流れるように書類を分類しながら話すルカ。ローワンはそれどころではない。というかなぜペンの心配をした?心配する場所が違う。


「……寝たのか?」

「それ、あなたが言うんですか?」


 怪訝な顔でようやくローワンを見たルカ。多少薄くなった気がする隈は化粧によって隠しているだけのか、生き生きしているわりに目つきはよろしくない。


「さあはやく済ませましょう。さっさと片付けて魔の者の調査を進めなければ」



 やけにテンションの高いルカを見て、ローワンはその仕事人間っぷりに引く。



「(僕(・)だってここまで仕事人間じゃないぞ……)」


 どこからその原動力が湧いているのか……異世界とやらはこんな人間ばかりなのか?と、見知らぬ地に思いを馳せ身震いするのだった。




 ・




「主、本日もおはや……」


「「……」」




 セドリックは、いつもの通り9時にローワンの執務室を訪れた。早すぎては主人を急かすようであるし、遅すぎれば怠慢に見える。そのため絶妙なタイミングを狙って入室するのが大事なのだが……



「……あの……どうしてルカ殿がこちらに?」

「おはようございますセドリック、確認したいことがあるのでこちらへ」

「は、はぁ」



 呼ばれるがままに近寄れば、机の前で立っていたルカは手に数冊の書類を持って振り向く。



「ローワン様のスケジュールはあなたが管理しているんですよね」

「ええ」

「魔の者の活動時間が夜だとお聞きしたので、可能であれば昼食の前後で森の巡回を入れたいのですが、いかがでしょうか」



 じっとセドリックを見つめるルカ。その話を聞いてセドリックは顔を少ししかめる。



「ルカ殿……魔の者の調査に踏み切りたいお気持ちはわかりますが、主は多忙であらせられます。特に昼間は来客が……」

「そのことなんだが」



 今度はローワンが口を開く。



「アード伯爵の件が片付きそうなんだ。他にも来週入っていた来客の話は、検討材料が少ないということで断ろうと思っている」

「……え?」




 セドリックは目を見開いた。というのもローワンは常に来るものを拒まず、来客は常に受け入れてきた。どれだけ些細なことであっても耳を傾けたい……そういったことでの方針だったのだが……

 セドリックは、おそらく元凶であろうルカのことを咎めるように見る。



「ルカ殿、これは流石にやりすぎではありませんか?ローワン様のお仕事に口出しをするどころか、懐柔するなど……婚約者の立場があるとはいえ、許されることでは」

「ありませんよ」



 スルッとセドリックの言葉の続きを口にするルカ。平然としているその態度は、余計セドリックの怒りを増長する。



「っでしたら即刻おやめ下さい!ローワン様の信念をも曲げるおつもりですか!」

「……そうですね、そう思(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)だ(・)け(・)た(・)ようで大変安心いたしました」

「安心……?どういうことですか」



 ルカは静かに書類を置く。そのまま手袋をつけた手が、ルカを指し示すように胸元に置かれる。



「ローワン様の信念を突き通したいならばそれで結構ですが、自身の生活もままならぬほど、睡眠時間を削ってまでそれを貫くのは緩やかな自殺と言っても過言ではありません。……あなたも薄々それは心配されていたのでは?」



 ルカは以前、自分が夜に執務室を訪れた際、ローワンがセドリックと勘違いし、“もう寝るから”というようなことを言っていたことを思い出す。

 そしてセドリックもまたそれを感じていて、ぐっと手に力を込める。



「おふたり……いえ、アシュフォード家は十分信頼関係が築かれていますし、互いの意思を尊重される素晴らしいお家だと思うのですが……

 その優しさを外部にまで広げ、付けあがらせるのは話が違うと思いませんか?」



 雄弁な令嬢の雰囲気に飲まれていく。

 それに抗いたいセドリックだったが、事態が好転する可能性が見えてしまい押し黙る他ない。



「婚約者(わたし)のせいにすれば良いと思うんですよ」 



 ローワンの動きが止まる。場の空気が凍ったことを無視したまま、ルカは続ける。



「婚約の義も行えないような変人、いや、野蛮人でしたっけ?とにかくそういう、きかない婚約者をとったと噂が流れているそうではありませんか


 ですから、客人をローワン公爵が選ぶようになった、ではなく、“婚約者が図々しく自分を優先しろと迫り、そうせざるを得ない”……そんな噂でも吹聴すれば、アシュフォード家の株を下げずにすみます」



 涼しげな顔で言うが、自ら嫌われ役を買って出るルカの言い分は2人にとってあまりに理解不能で。その上彼女の有能さを垣間見ているが故に、それをさせることが良いのかと葛藤もある。

 これまで疑ってきた令嬢。しかしその令嬢の根底の優しさが、人間らしさが、2人には見えてしまった。それ故の葛藤が渦巻いていることに、ルカは気づかない。



「……噂を吹聴するなど、そんなことができるはず……」

「さあ?この屋敷には“ネズミ”がいるようですから……アシュフォードの婚約者の噂など、すぐにでも流せるのでは?」



ルカのその言葉と共に、小さな足音が離れていく。まるで仕組んだかのようなそれは、不信感以上に2人の複雑な心境に影を落とす。

 それを察してかルカは言う。




「……お忘れかもしれませんが、あなた方にとって私は警戒対象なんですよ。使えるものは使う、切り捨てられるリスクは切り捨てる。……あなた方はもう少し自身の身を案ずることを覚えてください」



 それで続きなのですが……と、仕事の話を続けるルカ。セドリックもローワンも、ルカの優しさと冷たさが入り交じった業務的な言葉を消化することができなかった。





 ・





「——そう……婚約者さんは本当に面白い方ね」

「……報告は以上です」

「ありがとう、バ(・)ル(・)、グ(・)ラ(・)ク(・)。下がっていいわ」

「「はっ」」



 夕刻。

 部屋から柔らかな赤い光がさす部屋で、この国の王妃たる女性、ハンナはゆったりとした笑みを浮かべる。



「……茶会にお誘いしたら、あなたはどんな姿を見せてくれるのかしら」



 ハンナのその声がゆっくりと部屋に溶ける。窓の一角を彩るダリアが、夕日を浴びて静かに輝いていた。

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