#55 人員補充の前に仕事の方法を改善すること
「……以前から思っていたのですが、この仕事量は何なんですか?」
「何だと言われてもな……」
セドリックの持ってきたリストは大まかに“魔石”についての会話があった貴族をあぶり出していた。リストを作る段階まで進んでいるらしい調査の進捗はルカがただ猿芝居をさせられただけだったことの象徴になるわけだが、ここまで優秀な二人がどうして調査に踏み込めないでいたのか?
リストで見えたのは来客対応の頻度と、ついでにセドリックの持っていたスケジュール帖。
調査が滞っていた理由はひとえに、彼らの抱える業務量が原因であった。
<#55 人員補充の前に仕事の方法を改善すること>
「セドリック、あなたいくつでしたっけ?」
「22ですが……」
何故年齢を聞かれたのか。理解できていないセドリックだったがルカは頭を抱えている。
ルカのいた世界では22なんて大学4年生。専門を卒業していても社会人2年目だ。
それに加え上司であるローワンは25……新進気鋭の若い社長と考えるにしても若すぎる。そもそも領地が関わる分、重圧は起業したての会社よりもずっと重い。代々受け継いできたアシュフォード家の当主という立場だ、年齢で測るには状況が違うが……とにかくルカは先ほどまで怒りを前面に出していた自分が恥ずかしくなった。年齢を気にする年頃ゆえの葛藤である。
「仕事しすぎじゃないですか……?え、この国の重役ってこんな年齢層でしたっけ?私が年食ってるだけなのか……?」
「あの……大丈夫ですか?」
「さあ……」
怪訝な顔をしているふたりを他所に頭を抱えているルカ。しかしなんとか意識を取り戻してリストに目を通せば、属する領はかなり偏っている。
「南の方がやはり多いんですね」
「ええ、彼らは貿易にかなり力を入れていますから……そもそも南領は交易をするのに適しておりますので」
多くの国と隣接するこのホワイト王国だが、特に南領は海に面した国との交易も行っており物流が盛んである。そのため魔石という珍しい商材を求め東領に目をつけるらしいのだが……
「魔石は東の森でしか採れないのですか?」
「ほとんどはそうだな。魔石を体内で作るスライムはこの森のようにある程度湿度がある場所を好む。それにほかの領地で魔物が見つかった場合、大抵が兵によって討伐されるんだ」
「なるほど、東の森は魔物の保護区でもあるわけですか」
「そうだ」
王城へ出向いたときに思ったが、この国は魔石をかなり活用している。そのうえドレイクの地元では魔物をよく食べていたとも聞くし、なんだかんだ根絶やしにしてしまっては困る存在なのだろう。隔離はすれど無暗に減らさない……その森の所有者ともなれば、確かに爵位も言い寄られる頻度も納得だなとルカは他人事のように思う。
「ところでこの、西からの貴族たちは……」
「……私たちも不思議なんだが、作物の肥料に魔石を使いたいと言ってきてな……」
そんな研究は聞いたことが無い、とローワンは付け加える。
鉱物由来の肥料ということであれば、ミネラルの供給に使われることがあると聞いたことがあるが……魔石をそれに使うというのはどういうことなのだろうか?単純に魔力を供給したいように聞こえるが……
「魔力の籠ったブドウを育てたいのでしょうか?」
「……ゲテモノとして名前は知れ渡るだろうな」
「ルカ様……魔物の肉が忌み嫌われるのですから、魔石の魔力もまた同じかと……」
「良さそうですけどね、経口摂取できる魔力」
私の言葉に露骨に微妙な顔をするローワンとセドリック。やけに年相応に見えるのは気のせいか?
でもよくあるじゃないか、こういうハイファンタジーな世界でエリクサーだのなんだの……。それと同じ感覚だったが違うらしい。虫の踊り食いと近いのか?わからん……。と、ルカは世界間のギャップに悩む。
「……訪問はされたのですか?欲すると言うことは何かで困っているんですよね?」
「訪問の打診はあったんだが、いかんせん外出する暇が無くてな……」
「直近で何かお仕事が?」
「ああ。領地内の魔物の数の推移と状態を定期的に国王へ報告しているんだが……その書類がまだ終わっていない」
「……お疲れ様です」
「……はぁ」
仕事の疲労については非常に理解できるルカ。その単純に見えて厄介な数字の報告は、少しのミスが相手に大きくとらえられ足元を見られる原因にもつながる。異世界という別次元だが似たような管理業務を行っていたルカは、ローワンに心からねぎらいの言葉をかけた。ため息で返ってきたわけだが……。
「失礼」
「ルカ殿!?」
ちらりと見たスケジュール帖。今度はセドリックから奪い取り目を通す。
「(来客に報告書の〆切に調査……現状維持でやっとってところだな)」
「ルカ殿、婚約者とはいえ仕事内容をお見せするわけには……」
「いい、セドリック。隠すようなことでもないだろう」
「しかし……」
「……ルカ、あなたには申し訳ないが、魔の者の調査はここまでしか進んでいない。注力したい気持ちもあるのだが……」
先ほどの苛立ったルカの態度が効いたのか、ローワンは相当申し訳なさそうに声を潜めて言う。しかし先ほどとは状況が違う。ルカも大人だ、状況を把握してしまえば、あとは解決に向けて状況を変えていくのみである。
「わかりました、では取り掛かりましょうか」
「?……だから調査はここまでしか……」
「ええ、ですから調査をするために、さっさと仕事を片づけましょう」
パタン、とスケジュール帖を閉じたルカ。
すっと細められた目は鋭さというよりも冷静さを孕んでおり、ルカが完全に頭を切り替えたことが見て取れる。
令嬢に見えない主の婚約者。セドリックは自分がいない間に何があったのかと、ローワンに困惑の視線を送るのだった。




