#54 認識共有はこまめにすること
「それではもうひとつ。魔の者、と名前をおつけになったのはセドリック様だと資料に残っておりましたが……
これは、二足歩行の魔物故ですか?それとも、人間が魔物化した可能性を加味しての命名でしょうか?」
やけに威厳のある令嬢は、ローワンの腹心を無意識に問い詰める。その圧力を感じながら、セドリックは慎重に口を開くのだった。
〈#54 認識共有はこまめにすること〉
「魔物と魔の者の違いとして、魔石を含むことの他に知性の高さもあるのです」
「知性?」
報告書には無かった話だ。ローワンも初めて聞くようで、セドリックを驚いたような顔で見て、少し考えている。
「具体的にはどんな?」
「攻撃方法にその特徴が出ています」
セドリックが数冊の報告書を選び並べる。
そこにはどの部位を狙ってきたか、というセドリックのメモが。
「頭、首、腹……確かに狙う場所は的確だが……」
「見たところかなり頻繁に人間が立ち入っていますし、ほかの魔物も急所を分かっているという話はありませんか?」
「もちろん狙う場所の的確さもありますが……それ以上に“陣形”が問題なのです」
「陣形……」
「ローワン様、以前兵士が1人右目を負傷した偵察を覚えていらっしゃいますか」
「……ああ」
ルカが婚約者としてこの屋敷を訪れる前のこと、あまりに急激に魔の者が増えた時期があり、ローワン、セドリック、そして兵士数名で森に立ち入ったという。
その時の被害は甚大で、兵士は負傷。特に目をやられた兵士はなんとか治癒魔法で視力はある程度戻ったが、前線に立つには不安の残る結果となったという。
「——あの時……1体が後ろでなにか指示を出しているように見えました。それにあの前衛後衛の攻撃は、それまで相手にしてきた魔物とは比べ物にならない……いいえ、言うなれば私が騎士団として王国に仕えた頃に訓練したものとあまりにも似通っておりました」
「……」
さてかなり厄介なことになってきたぞ、とルカはため息をつく。
魔石を内包する体に、集団戦慣れした個体の発見。確かに者とつけて妥当だと思うだろう。
「指揮をとる個体はどうしたのですか」
「森の中に逃げたまま、まだ見つけられておりません……」
「ローワン様の探知魔法は?」
「かけようとしたところを逃げられたんだ」
「(戦闘中に探知魔法をかけようとした……さすが抜け目がないな、この公爵は)」
だがそれが仇となり今は行方知れず。もしかすると見つからない場所で仲間を増やしているかもしれない。
しかしそれと同時に、ルカの頭に形成される仮説とローワンの思惑がルカの神経を逆撫でしてくるが……ルカはただ情報を得るため2人に問う。
「繁殖した形跡はありましたか?」
「いいや、この3年間で幼い個体は見当たらなかった」
「……では、3年のうちで平民の遺体は見つかりましたか?」
「…………何が言いたい?」
ローワンの硬い声。セドリックもまた、ルカの言葉を聞いて顔を険しくする。
「特に子供の遺体です。ありましたか?」
「……昨年は飢饉が酷かったこともあって、口減らしの為に森へ子供を捨てる平民は多かった」
「それで遺体は?」
「っルカ様、流石にそれ以上は……!」
セドリックが咎めた時だった。ルカは落ち着いた様子で、しかし何かに憤りを感じているような険しい表情でセドリックを睨みつける。
「あなたなら気づいているでしょう。報告書にあった魔の者はどれも青年期の人間の個体だった。老いたもの、幼いものはいない。もし戦線に出さない選択ができるほどの知能と個体数を持った集団ならば、あなた方は既に見つけているはず。
だというのに報告されているものは最大数で7体……陣形の前に気にするべきは、魔石がどうやって、誰に埋め込まれたか。
人為的な何かを感じたからこそ、ローワン様は私に報告書を見せたのではないですか……
国民が魔石を埋め込まれ、人為的に“魔物”に近い存在にされている可能性があると部外者の視点から言わせるために」
咎めるような視線だった。
ルカはメンチを切ったり拒絶するような顔をしたり、とにかくあらゆる“無礼”と思われる目線をローワンに向けてきたが、ここまで明確に立場を弁えない態度を見せるのは初めてだ。セドリックも動揺しながら、ルカに声を荒げる。
「ルカ殿、その言い方はあまりにも不敬ではないですか!?」
「不敬で結構。ローワン様、あなたも多少覚悟の上とは思いますがね、他人に確信めいた嫌な予感を言わせるのはいかがなものかと思いますよ。操られているようで大変不快です」
「……」
バツの悪そうなローワン。ルカは怒りを逃がすようにため息をついて続ける。
「とにかく……このままではいたちごっこです。魔の者の討伐と並行して根本を断ちましょう。魔石の出所に心当たりは?」
「……セドリック、リストを持ってきてくれ」
「……わかりました」
部屋を出ていくセドリック。なんだ、あたりはつけていたのかと一杯食わされた気持ちのルカ。またもや不快感が沸々と沸き上がったが……目の前のローワンは高い身長を小さく縮めて、怒られた子供のように委縮している。
「すまない……」
「何がですか」
「あなたに、不快な思いをさせて」
「……」
素直に謝られてしまっては、ルカも怒りをおさめる他ない。
少し居住まいを直してローワンを見れば、まだ申し訳なさそうにしている。
「……何故、私に資料をお見せになったのですか?別視点の仮説が欲しかったのもあるでしょうが……他にもお考えがあったのではないですか」
「それは……」
少し言いづらそうに、しかしルカの目を見たローワン。薄紫の目がまっすぐ向けられる。
「あなたの仕事に必要だと思ったんだ。あなたは管理官の仕事に、誇りを持っているようだったから」
「……」
数回ルカが瞬きをすると、丁度セドリックが部屋に戻ってくる。
「お待たせいたしました、ここ最近来客者の中で魔石について交渉してきた家のリストです」
「ありがとう。……ルカ?」
どうした、とローワンとセドリックがルカの顔を見る。
いえ、と小さく呟いたルカ。怒りなどすっかり忘れ、隠した口元がにやけるのをおさえるようにぎゅっと結ばれていた。




