#51 開示した後のことを考えること
「セドリック、バル、グラク。少しの間外してくれ」
ローワンの言葉に従い部屋を後にした従者たち。椅子に座ったルカは、呆然とその様子を眺めていた。
〈#51 開示した後のことを考えること〉
「……あの、また契約書を作るんですか?二重に契約を結ぶのはあまり気が進まないのですが……」
ルカとローワン。このふたりは既に“婚約関係でいること”を契約している。
それは互いの利害が一致することを明記したものであって、契約の拘束力はそこまで高くない。罪悪感が生まれない形として紙面に残しただけだ。
それに比べ……
「秘密保持の契約は、互いの魔力を使う。……魔力量については気にするな、私が多く出せば問題ない」
「そういう話ではなく……」
「……やはり話すことはできないか?」
ローワンの押しにより腹を決めたルカだったが、こうして場が整っていくうちにやはり意思が揺らいだようで珍しく消極的になっている。
……いや、元々入念な下準備によって形作られた自信が崩れたことで気弱になっているのだろう。羊皮紙を囲み座る二人の間に、沈黙が訪れる。
「……全てを話すことはできませんよ、ある程度の開示はしますが……教えすぎればあなたの身に被害が及ぶ」
「……そうか」
ローワンは目を少し伏せたが、しかしルカの強情なところはこの半年以上の時間で十分見てきた。だからこそ、ローワンはルカとの契約を打ち出したわけだ。
全くの無策で臨んだわけではない。
「……では、始めるぞ」
静かなローワンの声。黒の手袋がするりと取られ、男らしい骨ばった手が仰向きに羊皮紙にあてられる。
初めて手袋を取ったところを見たなと、ルカがぼんやりローワンの手のひらを眺めていると……じわりと羊皮紙に魔法陣が浮かび上がる。
「!」
「……ローワン・アシュフォードが名のもとに、ここに噤黙の誓いをうちたてる」
ローワンの声に反応するように魔法陣が光る。手を包むように光が飛ぶさまを見ていると、ローワンが手を出すように言った。
「手……?」
「重ねてくれ」
「は、はい」
恐る恐る重ねると、光が重くのしかかりローワンの右手にぐっと押し付けられる。縛られるようなその感覚はあまり心地よいとは言えないが、そんなことを言う前にルカの手の甲に紋様が浮かび上がる。
それは羊皮紙に現れた魔法陣そのもので、ルカの指の隙間から見えるローワンの長い指にもまた、同じように魔法陣の柄が描かれた。
それは真上から見れば、ふたりの手を重ねなければ完成しないような魔法陣であり、この契約の重みが目に見えるようだった。ルカの背筋が伸びる。
「あなたが今後、私に秘密を打ち明けた際はこの契約が発動する。
この手を重ね、秘密を明かした後、“以上を噤黙の誓いにより縛る”と言えば、私はあなた以外に許可なく秘密を漏らすことはできなくなる。もし共有しようとすればこの魔法が作動して共有しようとする動作が止まり、この契約印が痛みを与えることになる。……何か質問はあるか?」
「……この魔法はどのタイミングで効力を失うのですか?」
ルカの言葉にローワンの硬い声が答える。
「……命が絶たれた時だ。互いの魔力に結び付く形でこの契約はなされる……だから魔力が切れる、つまり死をもってこの契約は効力を失う。」
「……」
そうして次第に魔法陣の光が弱まり、ルカとローワンの手にはそれぞれ、手の甲、そして指に魔法陣が刻まれた。色濃くそれはもはや後戻りなどできないことをまざまざとルカに見せつけており、無意識にゴクリと生唾を飲ませた。
薄紫の双眼がルカを見つめる。
「……私は……」
ルカとローワンの手のひらが再度重なり、歪に魔法陣が出来上がる。
「私は……この国に、資源の管理をする者として参りました」
ほんのわずかに、魔法陣が光を放ちはじめた。
・
「——ヴァレリー殿が言っていた“異世界”というのは?」
「……国外よりもさらに外、と捉えていただければと」
噤黙の誓いを交わし、今まさにその誓いの中で秘密を打ち明けるルカ。ローワンは、苦し気に声を潜めるように話す彼女を真正面から見つめている。
あれだけ気が強く、突拍子もない行動に出るような女性が今はそう見えない。どちらかと言えば弱さを無理やりに晒されているような、とにかくこちらも罪悪感を感じるような雰囲気だ。
「管理者……管理官の他にカンリカ、とも言っていたが……」
「……順を追ってお答えします」
ルカは、目を閉じ、深呼吸をしてから……静かに語り始める。
「私は……管理官としてある組織に属しています。それが管理課。世界の資源量を管理する、世界の外にある組織。そこで私は働いています。」
世界の外……そんな超常的な話を聞いてローワンは驚くが、ルカの話は続く。
「今回私は、この世界に異常値が出たため派遣されました。」
「!……それは、魔の者に関係することか?」
「話が早くて助かります。ただ……こちらが観測できた異常は魔素量の異常だけ。魔の者が原因かはわかりません」
「……それで、森に入ったと?」
「……ヴァレリー・アレキサンドリアを探すためでした」
社交の場で、様々な噂話を精査しヴァレリーの足取りを追おうとしたというルカ。中でも東の森が地理的に近かったため最初に調査にあたったと言うが……
「森で魔の者に襲われた」
「はい。助けていただいたおかげで一命を取り留めました」
ありがとうございました、と頭を下げるルカを、ローワンは空いている手で制す。
「私の管轄する領地内なのだから、助けて当たり前だ。ただ……」
「?」
「……いや、なんでもない。続けてくれ」
何かが引っかかっているらしいローワン。しかし検討材料が足りないのか、ルカに話を続けるように促す。ルカはその様子に首を傾げながらも、言われた通り話を続ける。
「とにかく……私の目的は、この国、この世界の魔素量異常の原因を探ること。調査の結果次第で対処方法を決定して、最終的には魔素量を正常値に戻すことが、私の仕事です」
「……途方もないな」
「ええ。でも、仕事ですから」
気弱だった一面はなりを潜め、再び凛とした顔立ちに戻ったルカ。
その顔には覚悟が見え、ローワンはそんな意志のある瞳から目を離せないでいることに、少し経ってから気づいた。
ゴホン、と咳払いをした後、ルカに対し問いかける。
「今のところ進捗はどうなんだ?」
「……ヴァレリーを逃しましたので、あまり良いとは言えませんね。魔素量の増加の原因が魔の者なのか、ヴァレリーなのか、それとも彼女が言っていた“あの子”という存在によるものなのか……」
多少、魔法操作の訓練を受けたおかげで魔素を肌で感じることができるようになっていたルカ。ヴァレリーを見つけた際に感じた魔素量……あの異様な多さを考えればヴァレリーが異常値の原因だと考えてもいいはずだが……
そしてここでふと、ルカはローワンを見る。
「……」
「……なんだ」
「ローワン様は、ヴァレリーの魔力量をどう思いましたか?」
「魔力量?……ごく一般的だったと思うが……」
「そうですか……参ったな……」
ルカは口元を覆うように、手を軽く握り添える。ポツリと出た素の言葉はローワンには向けられず、その様子を観察するローワンは魔法陣の光る手が気になっている。
半年間共に過ごし、寝室すら一緒にしていない彼ら。誰かとこれほど長く手を繋いだのは初めてで、その上今は素手である。魔法により押し付けられた手のやわらかさと小ささが、ローワンの背中に妙な汗をかかせる。
それどころでは無いと理解しながらも、しかしローワンも男だ。俯く小さな頭が、薄い肩が目に入るたび気まずそうに別の方向を向く。
「……」
「……あー、その、なんだ、これはあくまで確認なんだが……」
「?」
やっと顔を上げたルカ。ローワンの焦りに気づくはずもなく、なんだ、と言いたげな目線を送っている。
「あなたはヴァレリー殿と初対面だったんだな?」
「はい」
「彼女が言っていた、あの子というのも面識は無いのか?聞く限りあなたと同じ組織に属していたように聞こえたのだが……」
「……離職率の高い職場でしたから。私のような管理官から転移者に変わった例もありますし……一概に誰というのはまだ……」
「……もし、あなたと同じように周囲から魔力を集められる者が管理官ならば、ヴァレリー殿に自身の魔力を付与した可能性は無いか?」
「それは……」
ローワンの言わんとすることは理解出来る。しかしなぜ急に……と、ルカはそこでハッとする。
「……魔の者も、同じなんだ。異常に魔力が高い。……ただあの者たちには決まってある共通点がある。
……“魔石”が埋め込まれているんだ、恐らく……人為的に。」
「!!」
ローワンが懐から取り出したのは、魔石と言うには小さく、しかしやけに輝きの強い金色の塊。
その真鍮に似た輝きはルカの思考の端で何かを主張する。
警鐘が、ルカの焦燥を煽る。見覚えのある金。それは正に——————
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「……こんな所に……」
主人がいない部屋。天蓋の裏でひっそりとその身を隠していたコンソールが、きらりと輝く。
装飾として使用されている真鍮は擦り傷こそあるものの、大きく欠けた部分は見られない。よく手入れされている。
「見つけましたよ、マリア様……管理官の仕事道具を」
するりとコンソールを布に包み、何事も無かったかのように部屋を後にするその人影。茶色の三つ編みをゆらりと揺らし、誰もいない部屋を後にするのだった。
260925 内容を微修正しました




