#49 多方面の意見を集約すること
「やっぱり……あの子が言ってた通りだ、私たち以外にも……この世界に転移者がいるって」
長い時間をかけ、やっと接触できた監視対象、沢下ユイ。彼女の放った一言が、ルカの思考を停止させる。
「そ、れは……」
辛うじて意識を引き戻し開いた口は、開くドアによって遮られる。
「目が覚めたのか」
「っろ……
ローワン様……!?」
開け放たれたそこには、見慣れた黒と、その従者。そして目を泳がせる兵士が2人立っていた。
〈#49 多方面の意見を集約すること〉
「申し訳ありません!おっ俺たちが飯貰いに行ったら、そこにいて……!」
「……」
ルカは叱咤した時のような鋭い目線をバルに送る。お前たちは立て続けに何をしているんだ、と。
しかしそれを遮るのはローワン。その構図はとても婚約者同士の仲には見えない。
「この者を責めるな。私が彼に“探知魔法”を仕込んでいただけだ」
「探知、魔法」
すい、とローワンが指で弧を描くと、グラクの胸元がほんのり光る。慌てて取り出されたそれはローワンが渡した金貨が入った袋であり、ルカはそれを見て頭を抱えたくなった。
やられた、と。
「あの……おふたりはどういうご関係なんですか……?」
「……婚約者だ」
「え?!」
さぞ異様に映ることだろう。婚約者相手に探知魔法を使う関係は。
ヴァレリーは驚きに見開いた目をそのままルカにも向ける。最初に見た悪人面といい、この淑女は一体何者なんだ?……そんな考えの見えるヴァレリーに対し、予想外にも口を出したのは……
「彼女は部屋にもろくに戻らず、あなたの看病を丸2日していたのですよ。そのような視線を向けて良い相手ではないかと」
「ご、ごめんなさい!」
「……いえ」
セドリックの言葉に驚いたのはルカもだったが、ローワンもまた驚きの表情を浮かべていた。ルカを警戒し続けていたセドリックがまさかそんなことを言うとは……しかしそのお陰で、多少ヒリついていた空気は和らぐ。
「……バル、グラク。頼んでいたものは?」
「こちらにっ」
奉納かとツッコミを入れたくなるような格好でさし出されたそれは、バスケットの中に多少の調味料と共に入れられている。
きっとドレイクか誰かが気を利かせてくれたのだろう。関わるなと言った手前、礼も言いづらいが、その気遣いにルカは感謝する。
「……」
「……」
気まずい空気の流れる室内。多くの視線を集めながら、ルカはパン粥をつくっていく。
意外にも丁寧な手つきで作業を進めるその姿を、セドリックやグラク、バル、そして出会ったばかりのヴァレリーも眺めていたが……そんな中ローワンがヴァレリーの座るベッドへ近づいた。
それに気づいたヴァレリーは、ビクリと肩を揺らした。
ルカは鍋に火をかけながら、それを横目で見る。魔石が魔力に反応し火を灯した頃、ローワンは口を開く。
「……ヴァレリー・アレキサンドリア殿。突然ここへ連れてこられ混乱しているだろうが……我々はあなたに危害を加えるつもりはない」
平民となったヴァレリーに、過度な干渉を見せず公爵として対応するローワン。事実だけを述べた彼の言葉は、ヴァレリーをほんの少し落胆させる。ただヴァレリーも15年アレキサンドリア家の令嬢として生きた女性だ。薄く微笑み、礼を返す。
「感謝いたします、アシュフォード公爵。そしてルカ様」
「……いえ」
軽く火を通したパン粥。ルカはそれをよそってヴァレリーへ手渡した。熱すぎないそれはヴァレリーの手を温める。
「ルカ」
「……はい」
ローワンに呼ばれ、ルカは驚いてそちらを見る。二日ぶりに見たその目線はいつも通りだったが、責めるようなものに見えたのは気のせいか。逸らしたくなる気持ちを抑えじっと薄紫を見つめ返す。
「馬車が必要な時は言え」
「!」
短いその言葉は、ルカを肯定も否定もしなかった。
しかし他貴族への体裁だけを気にして出た言葉ではないことくらい、ルカにだってわかる。ローワンが出来る最大限の譲歩だ。
責任を取ると言っておきながらこの体たらく……密かに落ち込むルカを、ヴァレリーはじっと観察するように見つめる。
「……なんか、思ってた人と違いますね」
「?」
どういうことか。視線で訴えればそのままヴァレリーは話し始める。
「だって……凄く冷たい人だって聞いてたから」
「(聞いていた……?)」
「あの子、それが嫌で帰らなかったんだって。助けられる人を目の前で見捨てる非道な集団……
それが、管理課の人間だから」
・
「反応が消えたって……どういうことだよ」
焦りの滲む声。多田が身を乗り出し山本を責め立てる。涙目の山本、それを守るように、多田の隣から手が伸びる。
「やめなさい多田くん、山本ちゃんのせいじゃないでしょ」
「ッ……」
悔しげな表情で多田は座る。しかし空気は険悪なまま……静かに課長がその口を開く。
「……山本さん、現地から通信が途絶えた時はどうするんだっけ?」
「えっ……?」
諭すような口調に、山本は固まる。
「で、でもルカ先輩が……早く助けに行かないと……っ」
「我々の仕事は、現地に赴いた職員のサポート。逸脱した行為は許されない」
「っ……!」
山本が課長に掴みかかろうと立ち上がった瞬間、早見が口を開いた。
「アンタが行っても無駄死にするだけよ、山本ちゃん」
「そんな言い方無いじゃないですか!」
「早見センパイ……さすがに言い過ぎじゃないですか」
「はぁ……若いわねアンタたち……」
まさかの多田も山本の方を持ち始めたことで、早見はため息を吐く。それは失望ではなく、過去の自分を見ているような虚無感。再度危険を告げるアラートが鳴るが、反比例するように静かな声で早見は話す。
「異世界転移はね、気軽にできるものじゃないの。然るべき手順を踏んで、世界に影響を与えない形を常に考え行動する……冷静じゃないアンタたちが行ってどうするの?ルカちゃんの努力、無駄にするかもしれないのよ」
「「!」」
用意周到なルカのことだ、臨時の現地調査員だったとしても抜かりなく仕事をこなすだろう。そこに進捗を把握せず、感情のまま合流すれば……どうなるかは明白だ。
「管理官規定第10条5項!」
「……管理官は異世界の資源管理に徹し、どんな犠牲を払おうと世界の均衡を……優先する、こと……」
課長が山本に言わせた管理官規定。これはルカもよく山本に言い聞かせていたもので、規定を口にしながら頭が冷えていくのを感じる。
「過干渉であってはならない。それは異世界にも、管理官にも言えることだよ。どちらかに加担した瞬間から、それは管理官ではなく一人の人間としての判断になる。」
「……はい」
「……それじゃ、今やるべき事は何かな?」
「……」
『コンソール反応がなくなっても、焦らず……』
「……コンソールの通信状況を再確認、転移先の世界で数値に変動があるか確認します」
「うん。それじゃあお願いね」
「っはい」
机に向かい、キーボードで操作していく山本。隣から聞こえる気がするルカの声を頼りに、涙を乱暴に拭ってモニターに向かった。
何度も何度もコンソールに通信を送る。執念深く、通信が出来ないことを確実に証明するために。
「……」
課長はそんな山本を尻目に、小さくため息をつく。その目は目の前の新人の成長を願う、優しげな眼差しをしていた。
・
「カンリカ……とは、なんだ」
ローワンはヴァレリーに尋ねる。しかし言葉は返ってこない。ルカは動きを止め、目を見開き、ヴァレリーを見ている。その目は驚愕よりも、バルやグラクに向けた厳しい眼差しに近い。
「あれ……教えてなかったんだ?あの子はすぐ言ってくれたのに」
ヴァレリーの金の目が細められる。体を駆け抜ける冷水のような冷たさに、ルカは確信のない嫌な予感がする。
「やっぱり……冷たい人なんだね、ルカさん」
「……やめろ」
「信用してないから、教えないんだ。自分のこと。」
「ヴァレリー・アレキサンドリア、それ以上口を開くな」
「……ルカ……?」
「可哀想なローワン様。教えてあげる……この人はね、本当はこの世界の人間じゃ」
「ッ!!」
パン粥が宙を舞う。床に落ちる器とスプーン、そして布団に縫い付けられるように口を手で塞がれるヴァレリー。冷や汗を滲ませヴァレリーをねじ伏せるように押し倒すルカ。その場にいた一同はただならぬ空気に動揺していた。誰も動くことができないまま、その状況を見つめている。
「……どういうつもりですか」
ドスのきいた声が地を這う。その怒りの理由が分からないのか、ヴァレリーは驚いている。口から手を外して、ぷは!と気の抜ける声をあげたかと思えば笑いながら話す。
「仲良くなるには正直でいなきゃ!だって本当に異世界を想うなら、自分が仲良くならなくちゃいけない……そうでしょ?」
「は……?」
思考停止するルカ。それを見計らったように、ヴァレリーの体が不自然に沈み始めた。ベッドに埋もれるように、しかし沼に落ちていくようにしてどんどん体が沈む。
「あらら……時間切れみたい」
「っ待て」
「馬車まで用意してもらったのに……ごめんね、公爵、管理官さん」
ズブズブ沈むヴァレリーを掴もうとするが上手くいかず、遂に胸より下が完全に見えなくなったヴァレリーは悲しげな笑みを浮かべる。
「可哀想な管理官さん……大丈夫、私たちがきちんと“終わらせ”て、あなたを救ってあげる」
「っヴァレリー!!」
とぷんと沈んだヴァレリーの体。布団を剥いでもそこには何も無く、ルカはギリ、と奥歯を噛み締める。
静寂が部屋を包み込む中、ローワンの視界には、見たことがないほど悔しげに口を歪める婚約者の姿があった。




