#05 苦労は買ってでもすること
命からがら知らぬ城を飛び出し、運良く再開した自分の生成した馬に乗って家へと逃げ帰ってきたルカ。
その数日後……彼女はベッドの上で1人、小さく呟いた。
「また……家賃が無駄になってく……」
<#05 苦労は買ってでもすること>
「今まで散々働いてきて最後がこれ……?なんなんだよ……私が何したってんだよぉ……」
普段は弱音など吐く性分ではないが、しかし文句の3つや4つ言わなければやってられない。
朝日がさんさんと室内に降り注ぐが一切爽やかな気持ちになどなれず、顔を覆う手に力がこもる。
「そもそもこちとら事務方だぞ……実地出てきたの何年ぶりだと思ってんだ、鍛えてるわけないだろうがよぉ……」
家に帰る時間すらない自分に、鍛える時間が確保できるはずもない。仕事は増える一方なのに、人員は年々少なくなる……そんな職場で長く務めてしまったルカは昔からどうにも環境に恵まれない体質だった。
両親は厳しく、責任ある行動をするようにと教えられた。それを貫いた結果小中高大では無事“頼りがいのある存在”となり、なにかと委員会に抜擢されることが多かった。
『ルカちゃん、新しく入った委員会の人たちにお仕事教えてあげて!』
『はい』
小学校ではそう年齢の変わらない子に覚えたての仕事を教え
『ルカさん、会計と監査の子たち全然来ないから代わりにやってくれない?』
『…はい』
中学校では他部署の仕事を押し付けられ
『それじゃあ今年の文化祭実行委員長はルカさんにお願いします』
『あの、学生会との兼任は認められていないって学則に……』
『大丈夫!ルカさんならやれるよ!』
高校ではろくな引き継ぎも無いまま兼任で臨時委員会の長に抜擢され
『ルカさんこの書類まだ終わってないの?』
『……私の担当ではなかったはずですが』
『あれそうだっけ!?でもルカさんがやった方が早いからお願い!』
『…………はい』
大学では覚えのない仕事の担当者にされ
『ルカちゃ〜〜んこれどう書けばいいの!?』
『ルカ先輩助けてください!転移者の親族からクレームが……』
『ルカさん!』
『ルカ様!』
会社ではことある事に呼び出されては自分の仕事を邪魔され……
「……チッ」
般若も驚きの怒りが顕になったその顔で、ルカは盛大に舌打ちをする。
頼まれこなし、できることが増え、さらに頼まれることが増えて……その繰り返しによって出来上がったのがこのルカという女。成果を上げても大して気にとめられない。できて当たり前と思われ続け、大して自己肯定感も上がらないままやりがいなどとうの昔に消え失せた。
目の前にある仕事を、ただこなす。仕事はやらねばならぬもの。だからやる。
しかし最後の最後で大ポカをやらかした。
コンソールの破壊…これは長年異世界管理課に務めた自分もなかなか見たことの無い例であり、どんな処罰が下るのかもわからない。
異世界の物の破損による処罰はたしか世界に与える影響の大きさで給料をカットされるはずだが……いや、影響大きすぎるだろコンソールは。問題を解決しに来た癖に問題を増やしてどうするという話で。
「自主退社かクビか……」
ああ、さよなら私の退職金……ようこそ奨学金返済地獄。帰り次第使う暇が無く溜まりに溜まった貯金を切り崩しながら就活だ。帰れたら。
「…………ハッ」
いや、これはむしろ転機では?
元の世界に戻る手立ては今のところ見通しが立っていない。幸いなことに自分は男爵令嬢で、しかも28歳という相当の年増。
(この世界は16歳前後で結婚することが多いはずだ。20で既に行き遅れである。)
だとすれば貰い手など見つからないまま、私は独身貴族(比喩でなく)な人生を謳歌できるのでは?
ああどうしよう、完璧な人生設計。私の未来が明るすぎるかもしれない。ありがとうよくわからん薄毛の化け物。もし気が向いたらお前を銅像にでもして宗教を開いてさしあげよう。
「ふふ……ふふふ……」
悪役顔負けの不敵な笑み。疲れきったその目元の鋭さのせいで人を1人くらい殺めていそうである。
そんな悪人面の彼女の部屋に、コンコンとノックの音。ルカは顔を上げ、はい、と短く答える。
「ルカ様、旦那様がお呼びです」
「……父上が?」
はて、何用だろうか。確か彼には認識優先順位を下げるコードを打ったはずだとルカは思案する。
「!」
だがここである仮説が頭をよぎる。コードを打ち込んだコンソール……あれが壊れた今、もしやコードが無効化されているのではないか?
通常、コードを打ち込むと、そのコードをキャンセルするまで効果は持続する。コンソールが壊れた事例が無いため気を抜いていたが……
「ルカ様……?」
「……いえ、なにも」
自分の知識まで消えたわけではない。まずは何も怪しまれないよう、当たり障りのない対応をしよう。
ルカは使用人に着替えを手伝ってもらいながら、落ち着かない心中を悟られないよう振舞った。
・
「おおルカ、怪我の具合はどうだ?」
「ご機嫌麗しゅう父上。問題なく回復しております」
あまり広くない執務室。
スカートを持ち上げ、礼をすれば父親は満足そうに頷く。
「しかしお前が怪我をした理由はなんだったか…これほど酷い怪我だというのに思い出せん……」
「まあ父上、これはただ庭で転んでしまっただけですことよ」
「だが……」
「庭で、転んだだけです」
「そ、そうか……」
どうやら、コードの影響が多少残っていたらしい。これ幸いと笑顔で押し切れば、少し優しすぎるような気のする顔立ちの父上……モスウッド男爵は、若干冷や汗をかきながら納得した。
「あなたは昔からそうね。お転婆で気が強くて…まったく誰に似たんだか」
「それは君に……」
「あら?何か聞こえたような……風の音かしら」
「(気が強いとかいう次元なのかこれは)」
小さな独裁国家でも見せられているのだろうか。尻どころかヒールの下に敷かれている父親を見て遠い目をするルカ。
「まあともかく…今後は怪我などしないように。淑女たるもの、常に品位を保たねばなりませんよ」
「はい、母上」
「よろしい」
にこりと微笑む母の美しさに驚くが……何はともあれ、今重要なのは何用で呼ばれたかである。
「ところで……ご用事というのは」
「ああ……それなんだが……」
先程までのオドオドした様子とは違い、なにやら気が重そうにしている。何をするのかと思えば胸元から取り出したのは一通の手紙。開封はされているらしいそれを取り出せば、なにやら美しい文字で文章が綴られている。
「……宛先は父上のようですが」
「いいんだ、読んでくれ」
「……」
長たらしい12ptの明朝体に慣れた目を少し細めて、ルカはその手紙を読む。
もとより文章を読むのは早い方だが、しかしそんな技能が無くとも問題ないほど簡潔なそれは、書き手の淡白な性格を表しているよう。
“貴殿の娘、ルカ・モスウッド令嬢とお会いしたい”
「……」
驚愕に目を見開くルカの親指の先。
整然とした、サインのような文字で書かれた送り主の名は————
「あの……」
「なんだい娘よ」
「この送り主のローワン様とは……
一体どなたですか?」
あんぐりと口を開く父と母。
ルカの淡い栗色の頭に、美しい扇子が叩き込まれた。
わからんもんはわからん




