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はざまの苦労人~異世界管理業務、できなくなりました~  作者: わぎり
Case6 悪役令嬢、見つけました
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#47 叱咤は端的に厳しく行うこと

@


 ルカは、穏やかな顔で眠る少女のベッドに腰掛ける。

 沈んだスプリング。サイドテーブルに置かれた水桶には綿(めん)の布巾が沈んでいる。


「……罪人か」



 少女を連れてきておよそ二日。

 ルカは腕をまくり、がらんとした左腕をさすった。




<#47 叱咤は端的に厳しく行うこと>




 少女、ヴァレリー・アレキサンドリア元公爵令嬢は、アシュフォード邸の離れで隔離することとなった。これはローワンからの指示であり、眠る彼女を運び出す際にはセドリックがその体を抱(かか)えてきた。意外にも力があることに驚いたルカだったが、他の使用人に任せるよりは安心か、と納得もした。


 彼女の身の上も複雑だが、アシュフォード家もまた、常に諜報員(スパイ)の存在を気にするような複雑な環境だ。ヴァレリーを連れてきた時点でもしかすると雇い主へ情報が流れていたかもしれないが……できる限り情報を与えないようにする努力は必要。だからルカはセドリックが適任だと納得した。


 

「(ずっとしかめっ面だったな……まさか自分で運べって言いたかったのか?意識のない女子を運ぶほどこちとらパワー系じゃないんだけど……)」



 でも助かった、とルカは水桶から布巾を掬い出す。水分を絞れば小さく水滴が跳ね、桶に落ちる。



「(しっかし……いつになったら目を覚ますんだか)」


 このまま眠り続けていてはそのうち筋力が落ちて重症化していく。だからこそ早いうちに目を覚ましてほしくて、こうして頻繁に顔を拭いてやっている。外部の刺激を増やして意識を取り戻させようという魂胆である。



 

 ルカにとって、彼女はこの世界に来た理由の一つだ。だから傷だらけの少女を助けようという正義感より、魔素の増加に加担していないか……その確認をしたいだけなのだ。もししていなければそれまで。ただその決断を下すには、彼女に起きてもらわなければならないわけで。



「早く起きてくんないかな……」



 ペチペチと頬を軽く叩いてみるも反応は無し。

 ため息をついたルカは、いつも通り暇つぶしにと持ってきた本を読むのだった。




 ・




「——ルカ様はずっと離れにいらっしゃって、自室には着替えの時しか戻られていません」

「そうか……」



 ローワンに呼び出されたキアラ。ルカについて報告をすれば、ローワンは幾分か低い声で返事をする。重苦しい空気の執務室で、キアラは胸に閊(つか)える思いをそのまま耳と尻尾に現していた。




 ルカが離れに籠ってからというもの、いつ目を覚ますかわからないと言って食事や睡眠すら離れで済ませるようになった。私室へは、ただ荷物を取りに来た程度の頻度でしか訪れておらず、そのためキアラはルカの傍にいることができない。だからこそキアラは自分の不安をやわらげるためルカの手伝いをしようと思い切って離れを訪れたことがあったのだが……



『来ないでください』


「……」


 泣きそうなか細い声が、くぅん、と鳴る。耳は垂れ尻尾は内側にくるりと畳まれ、ふるふると震えている。




「お前たちはどうだ」


 ローワンの視線が、キアラの後ろに向けられる。

 そこには二人の男。ルカの監視を命じた兵士……バルとグラクの姿があった。


 この二人は元々平民で、しかし腕が立つということでアシュフォード家の兵士として志願した親子である。特にバルの剣術は見事なもので、森の近くへの配置ということもあって彼らが抜擢されたのだ。

 そんな彼らはルカを森で護衛し、その後よくルカと話をしているとキアラから報告されていた。

 そのため今回、もしやルカと内通しているのではないかということで呼ばれたわけだ。



「さあ……ここ数日ルカ様とはお会いしてませんね」

「俺も会ってねぇな」

「……貴様ら、主に向かってその口の利き方は何だ!」

「いい、セドリック」


 はたしてこんな話し方だったか?と疑問は持ったものの、ローワンは口調など気にしない。それよりもルカとの接触が無かったことのほうが重要である。



「(彼らを私室にも入れていたのなら、今後呼び出して小間使いにする可能性は大いにある……)」


 ローワンは、足元の引き出しから重みのある袋を取り出す。

 机に置けば、ジャラ、と金属のこすれる音。



「何か彼女に動きがあれば知らせろ」

「!……お任せください」


 にやりと笑ったグラク。その手におさめられた袋からは、金色の硬貨が顔をのぞかせた。




 ・




「……それで来たと?」

「おう、俺たちもアンタに“報告”しなきゃならねぇからな」


 ニヤニヤ笑うグラク。その後ろにはやはりバルがおり、過保護なことだとルカは温度のない視線を送る。

 なにせそれが今ルカの機嫌の悪さに直結しているのだから。


 

「まさか向こうからも(・)金貰えるなんて思わなかったぜ!」


 上機嫌なグラク。

 ルカはヴァレリーについて一切の責任を取ると決めた時、自分のほかにも損切りできる人物を頭に思い浮かべていた。

 それがバルとグラクの親子。元々諜報員としてこの邸宅に潜入している二人だ、駒として使うにはちょうどいい。


 基本温厚で人道的なルカだが、本人が悪事に手を染めると決めたことには同情しない。自らが選んだ道で苦しむのは自業自得。利用される隙を見せた相手が悪い。

 そういう前提でふたりに金を握らせたわけなのだが……



「しかもあんたより金払い良いんだぜ、見ろよこの重み!このまま寝返ったって——」



 その瞬間、グラクの体がグンと引かれた。それは胸ぐらを掴む細腕によるもので、目の前には冷たさと怒りを孕んだ黒曜が。

 ついさきほどまで上機嫌だったグラクは一瞬にして黙り込み息をのむ。



「調子に乗るなよ、ガキ」



 ドスの利いたその声はいつしかグラクたちを森で脅した時と似通っており、言い返す権利すら無いと言わんばかりの迫力を孕んでいる。



「そもそもあなたたちは、誰のおかげでここにいられるとお思いで?」

「っ……す、すんま、せん」

「残念ですよグラク、バル。私はあなた方に、こんなにも優(・)し(・)く(・)接してきたのに」



 襟がギチ、と嫌な音を立てる。そしてルカの表情にグラクはもちろん、バルもまたその顔を青ざめさせた。眼光の鋭さが彼らのゆるんだ緊張感を引き締めている。



「すっ……すみませんルカ様、こいつにはキツく言って聞かせます」

「事後対処の前に、あなたは常にグラクと共にいるでしょう。言って聞かせるのは私に会う前にできたことでは?私は特に、あなたに怒っているのですが。」

「も……っ申し訳、ありません」



 さすがのバルも、つらつらと責任を責められては何も言えないらしい。だが素直に謝る様は、多少ルカの留飲を下げたようだ。グラクの襟首を掴む手の力が多少緩む。

 

 グラクがそれにほんの少し安堵したのもつかの間……こんどは、ガタン、とルカの背後で何かの音が。




「?」



 ルカが顔を向けると、そこには起き上がって目を丸くする赤髪の少女。

 サァッと顔色を悪くして、大きく息を吸い込み……





「ッ殺さないでぇ~~~~~!!」



 人相の悪い女と、それに胸ぐらを掴まれる男。

 まるで誘拐犯たちのように見えるルカたちを前に、少女は命乞いをするのだった。

 



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