#46 責任の所在を明らかにすること
「大丈夫ですか!」
弾かれたように部屋の中へ入ったセドリック。ルカもあとに続いて入れば、案の定中は重苦しい魔素で満ちている。
思わず口を覆ってみるが、特段変化はない。かえって息苦しさが増しただけで、ルカはすぐに手を下ろした。
険しい顔で瞼を閉じるその少女。
細腕を彩る痛々しい傷が、ふたりに嫌な焦燥感を植え付けた。
<#46 責任の所在を明らかにすること>
「大丈夫ですか、聞こえますか」
少女の肩を叩き、意識の確認に入るルカ。少女は依然として固く目を閉じており、顔色が悪い。
根気強くルカが声をかけ続けていると、小さく唸るような声を上げたその少女。それを見て、ルカとセドリックは顔を見合わせる。
「私は換気を」
「お願いします」
セドリックが離れるのと同時にルカは少女の口元に手を近づけ、呼吸の浅さを確認する。
壁から落ち、壊れかけているものの、時計の秒針はまだ動いている。ルカはそれに合わせて少女の脈を数えた。すこし速いが、リズムは一定だ。ひとまず呼吸の浅さを解決するため、衣服の締め付けを緩めつつ体勢を横にさせる。
「(新しい傷と古い傷が混じっている)」
緩んだ服の下から覗く、痣のように残るいくつもの傷。およそ10代後半に見える代謝の良さそうな体に、これほど跡を残すというのは、相当の力が加えられたことが想像できる。
「ブランケットがありました」
「ありがとうございます」
テキパキと動くセドリックに感謝し、ルカは引き続き少女に声をかけ続ける。
「聞こえていますか、起きてください」
冷静だが大きな声量で、少し強めに肩を叩くルカ。
その間、少女の体を支えるセドリックとの連携は、とても今までの関係性からは考えられないほど息が合っている。キアラやドレイクが見れば大層驚くことだろう。
「大丈夫ですか、聞こえていたら目を開けてください」
何度呼びかけた頃だろうか。
そろそろセドリックと交代しようか……ルカがそう考えた、その時。
「う……」
「「!」」
小さく声をあげて、少女が瞼を震わせる。そしてゆっくりと開かれたその金色の目は、少しの間彷徨い、ルカを捉えた。ぼんやりとした表情が、次第に目を見開き、何かに怯えるように、怒るように歪められていく。
「あ……ああ……っ」
「……?」
その様子を真正面から見ていたルカ。しかし次の瞬間、無防備だったルカの首筋を少女の小さな手が襲った。
あまりのスピードにルカは対応しきれず倒れ込み、セドリックもまた驚いている。
「っぐ……!」
「なんで!なんでよ!なんで起こしたの!?もうちょっとで終わったのに!!」
「ルカ殿!」
「っ……」
徐々に体重をかけられ、少女の指が首に食い込む。気道がふさがれたか、次第に息苦しさから眠気に近い感覚が脳を襲い、ルカは半狂乱になっている少女の手首をつかむことしかできない。
「——っあんたも私の邪魔するの!?」
「(あんたも……?)」
一体だれを指しているのか。見当もつかないが、何より頭が働かない。
朦朧とする意識の中、張り裂けるような声で叫び続ける少女。
しくったな……そう、ルカが思った瞬間。
少女の体がぐらりと揺れ、首にかけられていた圧が一気に無くなる。
大量に入り込む酸素に咽せ、ゲホゲホと咳き込めば倒れこんだ少女がルカにもたれかかるように倒れる。
「ゲホッゴホッ……っすみません、助かりました」
少女の体を抱えながら起き上がれば、セドリックはどこか釈然としない顔。
手刀を首にいれたらしく、その手は構えられたままだ。
「あなたならば……もっと早く対処できたのでは」
セドリックの言いたいことはこうだ。ドレイクを打ち負かし、鮮やかな組み手をするほどの人間がどうして抵抗しなかったのか。
それを感じたルカは少し目を伏せる。
「……私、別に武闘派じゃないです」
運んでいただけますか、と少女の背を軽くたたくルカ。
セドリックは、初めてルカが人間らしいと思った。
・
ところ変わって、アシュフォード邸へと帰ってきたルカたち。ルカが着替えを済ませている間、少女はセドリックたち使用人に任せた。
ルカがキアラと共に客人用の寝室を訪れると、そこには体を拭かれ綺麗になった少女の姿が。穏やかな顔をして眠っている。
「これは……」
「ローワン様」
少し遅れてこの屋敷の主が部屋に入る。その視線は赤い髪の少女に釘付けで、そのままベッドへと近づく。
知り合いだろうか?ルカが憶測をたてていると、ローワンは険しい顔でセドリックを見た。セドリックの方は突然睨みつけられびくりと背筋を伸ばす。
「セドリック、これはどういうことだ」
「はっ……ルカ殿の視察に同行したところ、その道中で彼女が倒れているところを発見し……」
ことのあらましを簡潔に伝えようとセドリックは口を開いた。ただ待っていたのは視察同行への労いの言葉ではなく……温厚なローワンの怒号であった。
「自分たちが何をしたかわかっているのか!
お前たちは罪人を助けたんだぞ!!」
セドリック、そして少女の身を清めたメイドたちは顔を青くさせる。罪人……その言葉の重みだけでも十分に緊張感が走るが、それ以上にこの年齢で罪人となれば、思いつく者はただ一人。
ホワイト王国に来て日の浅いキアラはあまり理解できていないようだったが……ルカはその状況の中表情を動かさず黙っている。
「ルカ、知っていて助けたのか」
「……何がですか」
「惚けるな、罪人に手を貸したのが知れれば、私たちの立場だって危ういんだぞ」
その言葉は、もはや赤髪の少女が誰であるのか、どんな罰を受けたのかを説明しているようなもので。変わらず顔を青くするセドリックたちとは裏腹に、ルカはまだ平然とした顔をしている。
「この方とは面識がありませんから」
「それでまかり通るような話ではない」
「では聞きますが、アシュフォード家の当主は倒れている者を捨ておくのですか?」
「っそれは」
「私は……ただ、この子供が倒れていたから助けた。セドリックも、私の指示に従って行動した。それだけです」
ローワンは苦虫を潰したような顔をしてルカを見つめる。まっすぐなルカの目は確実にその少女が何者かをわかっているはずで。聡明な彼女のことだ、ローワンの言わんとすることだって理解しているだろう。
それにも関わらず押し通すその胆力たるや……何か折衷案でも出さなければルカはこの平行線を続けるだろう。それが見えてローワンは苛立ちの混じったため息をつく。
「……彼女が第一王子反対派の手に渡ってみろ、善意でやったことでは済まないんだぞ」
「……」
ルカはその言葉を聞いて、少し黙る。
意識のない彼女は、第一王子に婚約を破棄され平民に落とされた。牢獄に入れられるよりも悲惨な末路……それほどの罰を与えられた彼女はもはや存在自体が“反第一王子”になり得る。それを助けたのがよりにもよって前国王の血を継ぐローワンともなれば……
「……では、こうしましょう
この件については、私がすべての責任を負います」
その言葉に、息をのむ者、困惑で声を上げる者など様々な反応が上がったが……一様にその視線は得体のしれない者を見るような、あまり居心地のよくないものだ。ルカはそのまま言葉を続ける。
「幸い私は“変人”だの“野蛮”だのと噂されているようですから、そんな女が勝手に、何も考えず助けたと言えば問題ないでしょう」
「何が問題ないだ、あなたは私の」
「婚約者ですよ。妻ではありません」
「っ……」
ぴしゃりと、関係に線を引く物言いをするルカ。そのまま視線を眠る少女に移して、ルカは言う。
「私の部屋でもどこでも構いませんから、彼女を隔離しておける部屋を貸してください。世話も私がしますからお気遣いは不要です。……いや、もし世話をしに来た際には共犯者として名前を挙げます」
「ひっ!」
苦し気な顔のセドリック。何かを察したか、使用人たちを脅したルカはセドリックに視線を移す。
「セドリック、あなたは被害者です。余計な忖度は必要ありませんから」
さあ、出て行ってください。
そう言って、その場の全員を追い出したルカは眠る少女に目を向ける。
自分の背に向けられたもの言いたげな視線に、気づかないふりをして。




