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はざまの苦労人~異世界管理業務、できなくなりました~  作者: わぎり
Case6 悪役令嬢、見つけました
45/111

#44 情報は足で稼ぐこと

「……」

「……」



 通勤電車よりも小刻みに揺れる馬車の中。

 窓から入る朝日は、向かい合わせに座るルカと、セドリックを静かに照らす。


 以前乗ったものよりもずいぶん質素な車内。過ごしやすい外の空気とは裏腹に、息苦しい沈黙が満ちていた。

 



<#44 情報は足で稼ぐこと>




『っどうして、私がヴァリーの居場所を知っていることを……!?』



 ヴァレリー・アレキサンドリア元公爵令嬢の話をしたとき、ルカはカリーナにカマをかけてみることにした。ヴァレリーに会いたいと。

 するとどうだ、面白いほど簡単にカリーナは居場所を知っていると自白した。


 これは完全にルカの“何もかも見据えていそうな雰囲気”と揺さぶりによる賜物だが……しかしルカも根拠なくそういうことをする人間ではない。

 恋敵的な自分とすら交流をやめない人物が、仲の良かった友人の行方を知らぬままにしているだろうか?根拠らしい根拠はそれだけだったが、試しに口にした一言は——思わぬ成果を生んだわけだ。


「(さすがにちょっと驚いたけど……)」



 教えられた住所は東領と北領の境……平民街の中でも特に治安の安定している区域だった。西領が果物ならば、北東は麦と言われるほど麦作の盛んなそこ。広い土地を活用して日々麦を育てるその地域は一年を通して涼しい。

 作物を育てるのに適したそこへ送ったのは王族の配慮か、腰を折って土をいじれという侮蔑的な意図か……。庶民的な感覚の方が強いルカは分からない。


 しかし、それよりも問題なのは……



「あの……どうしてセドリックが一緒に行くのですか?キアラではなく……」


 出発時に聞きそびれた疑問を、セドリックにぶつけるルカ。相変わらず糸目の彼は、平坦に答える。


「彼女には屋敷内での務めがございますから。主の婚約者であらせられるルカ殿には、私が同行させていただきます」

「ローワン様はよろしいのですか?」

「問題ありません。ここ最近どうしてか来客の数が減っておりまして……本日は特に急ぎでない要件が多かったので、別の者を側に仕えさせています」

「……」


 

 まさか、一人の伯爵に対して言った言葉が、こうも広範囲に影響するとは。

 ルカは公爵家への注目度を侮っていたことを反省する。……だがこういう影響は一時的なものだろう。この影響を長続きさせられるかどうかは、来客対応をしているローワンたちの手腕次第だ。


 でも……どうしてそれが理由に?回答に納得していないルカの顔を見て、セドリックは続ける。



「……我々が向かうのは平民街です。恐らくルカ殿の想像以上に貴族と平民の貧富差は大きい……反感を持つ者も少なくないのですよ」

「なるほど」

「……ご存じかと思っていたのですが?」


 そう言って、自身の身にまとう服を見せつけるように裾を持ち上げるセドリック。二人が身に着けているのは、使用人から拝借した粗い麻布で仕立てられた服だった。ルカが以前作った平民服よりも生地の目が荒く、使い込まれた布はところどころほつれ、何度も縫い直された跡がある。



「貴族が訪ねてきたとあれば、普段通りの生活が見られないのではと思ったまでです。丁度よかったですね」

「……。」



 ルカはそれ以上説明することなく、ぼんやりと外を眺める。

 次第に郊外へと変化していく景色を見ていると、案外あっという間に目的地のあたりに着いてしまうのだった。




 

 

 ・



 

「このあたりまでで大丈夫です」


 馬車を止めさせたルカ。それをセドリックは不思議そうに見る。


「まだ距離はありますよ」

「?……貴族が嫌いな方もいらっしゃるんですよね?」

「ですからこうして馬車を変えて……」

「馬車に乗って移動する平民なんているんですか?」

「……」


 降りましょう。

 そう言って、軽快に馬車から降りた“平民の女性”。


 セドリックはどうにもこのルカという女性が苦手だった。




 



『————主、ルカ殿の要望を通されるおつもりですか』


 ことの発端は数日前。

 カリーナ・ホメオ公爵令嬢の来客対応を終えたルカは、ローワンとセドリックにとある要求をしていた。内容は「平民街の視察」。なんの前触れもないその要望は、二人を大変驚かせた。


『貴族として、領民の生活を知ることも大事だろう』

『その重要性は理解していますが、あまりに突飛ではありませんか。そもそも彼女はまだ疑いが……』


 そこまで言ったセドリックを、ローワンは視線で止める。その目に怒りは見えなかったが、セドリックの口を止めるには十分なほどの威厳があった。



 パーティから戻って以来、ローワンは明らかにルカへの態度が変わった。

 キアラからの定期報告を、毎日から必要時のみに変えていた上、彼女がレッスンを受けている部屋を通る時は決まってその様子を少し見てから去るようになった。

 もしや妙な脅しでもしたのか?とセドリックは疑ったが、ルカの態度は以前からと変わらず淡白で他人行儀である。


 キアラからも特段妙な報告は上がっておらず……その変化のなさが余計にセドリックの疑念を強めていた。





 


「——ところで、本日は何用でここへ?」

「……お会いしたい方が、こちらにいるらしいので」

「ら(・)し(・)い(・)……?」


 会いたい人物ならば居場所を知っているものでは?もしや隠居している誰かを訪ねるのか、とセドリックは心当たりのある人物を探すが、該当する者はいない。


「お知り合いですか?」

「いえ全く」

「ま……」



 全く面識のない、しかも今もそこにいるか分からない相手を探しに平民街へ出てくるとは。不用心にも程がある発言はセドリックを苛立たせる。


「ならばより調べて、確実なものになってからいらっしゃればよかったのでは」

「勘づかれて逃げられては困りますので」

「……悪人ですか?」

「さあ?」



 またこれだ。

 冷静にものを見て判断する能力があり、恐らく自身の中にある程度確信があるにも関わらずそれを全て言わず隠す。当てずっぽうで動くような単純な人間であれば、どれほど扱いやすかったことか。改めてルカの読めない部分が露呈しセドリックの警戒心は増えていく。



「いいかげんはっきりとお答えください。私はあなたをお守りする義務が——」


 そこまで言ったセドリックを、ルカの手が制す。

 視線の先には作業中の平民。セドリックが身を固くすると、ルカはそれに反して少し荒っぽい足取りでそちらに近づいた。


 


「こんちはー、調子どうよ?」

「なっ……ルカ殿!何を……」



 振り返ったルカはセドリックに少し鋭い目線を送り、人差し指で黙っているように指示を出す。その後驚いたセドリックを放置してそのまま平民に近づいていけば、声をかけられた女性は少しきょとんとはしたものの、朗らかに笑った。



「今のとこはいい調子さ。……あんたは?この辺じゃ見かけないね」

「近々この辺りに引っ越そうと思ってんだ。この辺りは仕事に困らねえって聞いたからさ」

「へぇ、今はどこに住んでんだい」

「南(ホメオ)領だよ。商いの才がどうにもないんで、家業継ぐの諦めたんだ」


 

 荒い口調は一体どこで身につけたのか。普段に比べどうしてか気楽そうに見えるその態度は、平民には気安い相手に見え、セドリックには変な令嬢に見えている。


「それで、そっちの兄(あん)ちゃんは?」

「私は……」

「……こいつはド(・)リ(・)。勉強ばっかで外に出ねぇから、連れてきてやったんだ」

「なっ」

「そうかいそうかい、通りでヒョロっちいと思った」



 はっはっは!と笑う平民。恰幅のいい女性から見れば、確かにセドリックはヒョロく見えて仕方がないだろう。一緒に笑うルカもまた細く肌が白いが、どうしてかそちらには言及されないのが不思議である。



「このあたりは見ての通り麦作でなんとか食いつないでるんだ。でも最近は若いのがどんどん外に出ちまってねぇ、畑の管理が大変なのさ。どうだい、せっかくだから少し手伝っていくかい?」

「……もうしわけありませんがそれは」

「やる。何すればいい?」

「っルカ殿!」



 小声で窘めるように言ったセドリック。ルカはそんな彼を少し屈ませて耳打ちする。



「貴重な情報源です。そう長居はしませんから、一旦私に合わせてください」


 気さくな平民のフリとはかけ離れた打算的な判断。平民と同じ仕事をすることへの抵抗が一切無い目の前の令嬢が、やはりセドリックはわからなかった。

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