#43 ひとの評価を真に受けないこと
「美しいダンス姿を見せつけて颯爽と会場を後にするなんて……やるじゃない!」
「お褒めいただき光栄で……」
「あら、ダンスが美しかったのはローワン様よ。あなたはぎこちなかったわすごく」
「……。」
出会った当初から随分雰囲気の変わったカリーナ・ホメオ公爵令嬢。ルカは興奮冷めやらぬといった10個下の少女とお茶会にいそしんでいた。
<#43 ひとの評価を真に受けないこと>
第一王子の婚約発表パーティはあの後何事も無く終了し、参加した貴族たちは交流した貴族への手紙をしたためたり、関係を続けたい家へのお茶会の打診で多忙を極めていた。
実に1週間ほどはその業務に追われていたが、そもそもこちらから交流を深めたいと思う貴族は公爵の位を持つ家くらいで、まだ業務量としては少ない方だ。上の位の者と交流を深めたい貴族は、むこう1か月くらいはこの仕事に追われることだろう。ローワンの元を直接訪れようと面会の打診を送ってくる貴族はちらほらいる。
「でも私、あなたを見くびっておりましたわ。ただの変人じゃなくて、度胸のある変人なのね」
「変人のまま変わっていないようなのですが……」
「変な人ではあるもの。あなた、ご自身が何をされたかお分かり?あのアシュフォード家を公爵家だと言ったのよ。誇りある気高い発言だったわ」
「はぁ……」
当たり前のことを盾に「易々と仕事の話を持ってくるな」と言っただけなのだが。ルカの認識はその程度だ。
「……というか、どうしてカリーナ様がそれを?離れた場所にいらっしゃったと思うのですが」
ルカが伯爵を追い払った時、近くに公爵家はいなかったと記憶している。だというのにその場にいたような物言いが不思議だ。
「……あなたって、ご自身の評価に頓着が無いの?」
「人並みだと思っていますが……」
その言葉にカリーナは、かわいそうなものを見るような顔をして紅茶を一口飲んだ。今日の紅茶はヴァルモンド領のブドウを使ったフルーツティだ。
「……いい?あなたは誰も触れることさえできなかった高嶺の花……ローワン・アシュフォード公爵の婚約者なのよ」
「存じております」
「ですからあなたの一挙一動にあの場の貴族は皆注目しておりましたの!」
私を含め!と声を張るカリーナ。後ろに控えるデュートは目を閉じている。
「……ただの男爵令嬢ですよ?」
「ですから!その男爵令嬢が伯爵を相手に物おじせず、それどころかホメオとの交友関係をちらつかせ、鮮やかな口上でローワン様をたてた事が評価されているのよ!まるでナイトのようだったと噂するご令嬢もいらっしゃったんですからね!」
「ナイトって……」
非常識な相手を窘めて何が悪いのか。緊急性のあるものや、何か情状酌量の余地があるものならばいざ知らず、ただついでのように仕事を振る態度が気に入らなかった。だから言った、それだけだろう。と、ナイト様は思っている。
それを見てデュートは口をぎゅっと一文字に結び耐えている。
「あなたって交渉の手腕があるのね……意外だわ。どうしてあんなことを?」
「……くどい言い回しができないのですがよろしいですか?」
「ええ、自由に言ってちょうだい」
「では端的に申し上げますと……
自身の仕える公爵への説得すら出来ない者が、他領の公爵に進言するのは大変舐め腐っていて生意気だなと思った次第です」
「ブフッ」
あまりにな物言いに、あっけにとられるカリーナ。その後ろではついにデュートが吹き出した。理由はルカの片眉を上げ何かを睨むようなガラの悪い顔と、その後ろで自慢げに主人の言葉を聞いているキアラのせいであろう。この主人にしてこの従者あり、である。
「……やっぱりあなたって野蛮人だわ」
「変人の次は野蛮人ですか」
「っ……クク、」
「ルカ様は野蛮ですが素晴らしいお方です!」
「キアラ、あんまりフォローに聞こえないですよそれ」
「ッアハハハハハ!」
「デュート笑いすぎよ」
全く失礼な、とやはりその黒い目を半分にして不満をあらわにするルカだったが……そんな態度も、カリーナの言葉で一転する。
「アレキサンドリア家にも、貴方のような方がついていれば違ったのかもしれないわね」
悲し気にそう漏らすカリーナ。ルカは紅茶を飲んでいた動きをぴたりと止めた。ソーサーに紅茶が戻され、その水面が揺れる。
「それは……ヴァレリー・アレキサンドリア様の……」
「ええ。……私、彼女とは交流がありましたの。あの方も少し風変わりな方ではありましたが、勤勉で、北領を治める家のご令嬢として大変ふさわしい方でしたわ」
北領とは、貴族の通う寄宿学校がある他、領地全体が知識に価値を見出しているという特殊な地域だ。少し北上すればそこには魔法の先進国であったクニクルス国もあり、魔法についても国で一番の知識を誇る場所と言っていいだろう。
「ですから彼女とセレスティン第一王子のご婚約が決まった時、私は心から祝福しておりましたのよ。ですのに……」
ヴァレリー・アレキサンドリア。
ルカがこの世界の魔素異常の原因ではないかと疑っている、“転移者”である。
本名を沢下ユイというが、彼女は元の世界でごく普通に生活している中、突然この世界に転移した。一切の予兆もなく忽然と姿を消し……異世界転移が認められたのは、それから約5ヶ月後。ホワイト王国ではおよそ15年もの月日が経っていた。
転移者が転移先で生を受ける事例はよくあることだ。大抵は1ヶ月もあれば発見される。
異例の長期行方不明……山本と共に親族に謝罪し続けてた日々を思い出し、ルカはグッと眉間に皺を寄せる。
「……それもこれもあの新しい婚約者のせいですわ」
ぐっと手元の扇子を握るカリーナ。その顔は苦しげに歪められていて、ルカは少し意外だなと思った。
カリーナは無闇に相手を否定しない。つい最近カリーナに罵倒させた代表であるルカもまた、行動に難を言われることはあれどここまで強く否定されることはなかったと思い出す。
「何があったんですか」
「……学内での陰湿な嫌がらせですわ」
ホワイト王国の貴族は皆、12歳になると寄宿学校へ通い、貴族としての交友関係を広げながら知識を身につけていく。
家庭教師はもちろんいる家が多いが、学校は小さな社会。社交界に出る前に、まずは学校で外の世界を知るというのが習わしだ。
「彼女は、初めの頃こそ少しお転婆でしたけれど、親しみやすいと評判で……いつも真面目に、楽しそうに勉学に励んでいましたわ」
『カリーナ、次の授業は魔法論だって!早く行こう!』
『ちょっとヴァリー!淑女が廊下を走るものではありませんわよ!』
『あはは!』
「——そうして彼女が15歳の誕生日を迎え、第一王子の婚約者となることが決まり……それからというもの、彼女は妃教育と学業の両立に奮闘しておりましたわ。」
「勤勉な方だったんですね」
「ええ。努力家で、私もほかの方々も尊敬しておりました。ですが……」
『ヴァレリー様、この後ご一緒にお茶会でもいかがですか?』
『珍しいスイーツが手に入りましたの!』
『あ……ごめんなさい、私この後用事があって……』
『そう……残念ですわ……』
『ねえ……最近のヴァレリー様って少しお付き合いが悪いわよね』
『王族の婚約者に選ばれたからと、少しのぼせているのかしら』
『この前なんて既に勉強していた授業内容だからと、講義をお休みになられていたわ』
『まあそうなの?この前なんてセレスティン様にお小言を言ったそうで……』
『…………』
「……わかりやすく嫉妬ですね」
「彼女と仲が良かった方も混ざるようになり、結局彼女は孤立していきました。本当は私も彼女のそばにいたかったのですけれど……」
『私といたら、カリーナの評判まで下がっちゃうから』
「そう言って……一人でいることを選んでいましたわ」
「……」
中々度胸のある人物であることがわかり、ルカは感心していた。それだけに平民へ落とされたことで彼女が今どうしているのか、そちらに意識が向く。
孤立を恐れないということは強みでもあり、実際一人になった時自分で状況を打破できる力を持っていることの証明にもなるわけで。そんな転移者が野放しになっている今、嫌がらせをしてきた貴族への復讐として強力な魔法でも使われてみろ。貴族が一人二人消えることはどうでもいいが、この世界の魔素量問題がさらに深刻化する可能性が生まれてくる。
コンソールを失い、この世界の貴族と契約し雇用されている身ではあるが、元の職場の負担を増やしたいわけではない。むしろ現場にいる分、可愛い後輩たちの負担は減らしてやりたい。
だとすれば……ルカのやることはただ一つ。
「カリーナ様。
ヴァレリー様にお会いしたいです」
ルカのまっすぐな視線が、驚きに目を見開いたカリーナを射抜いた。




