#42 困ったら人を頼ること
豪華絢爛の言葉通り、優雅な音楽が会場を包み込む。
ふんだんに魔石を埋め込んだシャンデリアは淡い黄色の光を発し、令嬢たちの煌びやかなドレスに光を降らせている。
主役である第一王子とその婚約者を中心に、多くの貴族が舞踏する中……ルカもまた、ローワンとダンスをするべく、他貴族と同じように自分たちの番を待っていた。
<#42 困ったら人を頼ること>
「いくぞ」
「はい」
曲の切れ間を合図に、貴族たちは順番に場所を入れ替え、ダンスをする。独り身ならば相手を変え、場所を変え、できる限り長くホールにいることが多いが、夫婦や婚約者で参加している貴族は交代制のようにしてうまく休憩している。
その交代のタイミングでローワンたちもホールの中心部に入るわけだが、やはり女性からの視線は痛い。ルカも鈍感ではない。それぐらいはわかる。
「(年若い婦女子が何を私に嫉妬してんだか……)」
「……どうした?」
「いえ、ローワン様は大変人気でいらっしゃるな、と」
「……嫌味か?」
「滅相もない」
奏者たちが厚みのある音色を奏で、ルカとローワンは互いに礼をする。互いの手袋越しに手を重ね、練習通りにステップを踏めばたちまち二人は当然注目の的なわけだが……しかし当の本人たちは少し違うらしい。ローワンはじっとルカを見つめ、何かを言おうとして口を閉じる。
「……。」
「……なんですか」
「!……あー、その……質問をいくつかしてもいいか」
「ええ、どうぞ」
相手の挙動不審具合に怪訝な顔をするルカ。ローワンは少し視線を彷徨わせ、優雅にルカの回転を補助した後、再び向き合ったタイミングで話を始める。
「まず……彼とはどう言った関係なんだ」
「彼?」
「ライト伯爵だ。名前を知っていただろう」
「ああ……」
そう時間が経っていないにも関わらず、遠い昔の記憶を思い出すように眼を細めるルカ。
「初対面ですよ。彼の名前も今日知りました」
「?……名乗っていないだろう彼は」
「そうですね」
「では何故……?」
「……え、まさか気づいていなかったんですか?」
「……?」
大きく手を広げ、そのままローワンに引かれるまま元のポジションに戻る。その際今度はローワンが不可解そうな顔をしていた。
「あの方……私たちが会場に到着してからずっと近くにいたじゃないですか」
「……それと名前を知っていることになんの関係が?」
「あれだけ会話が聞こえてきてたら覚えますよ、流石に……」
ルカの職場では、よく電話対応中に別件の指示を出さねばならない場面が発生していた。そのため電話の対応をしながら、後輩や上司の声に反応する……つまり2つの話題を一気に処理することもあったわけで。
「——断片的にしか覚えられないので、名前と宝石の貿易をしていることくらいしか知りませんでしたが」
「……では初対面の人間を相手に、有名だなどと言っていたのか?」
「そうなりますね」
外れなくてよかったです。そう言ってのけたルカに対し、ローワンは愕然とする。
「……嘘をつく必要は無かっただろう」
「嘘はついていませんよ。彼が自分の口で仰っていたことです」
「君は知らなかったんだろう今日まで」
「今日というか、あの方と話をするまでですね」
グッと、語気と共にローワンの手の力が強くなる。ルカはそんな相手にため息をつき、言った。
「はぁ……あなたのその誠実なところは長所だと思いますが、公爵ならばこの程度で動揺しないでください」
「だが、君のしている事は詐欺師と同じじゃないか」
「何をおっしゃいますか、立派な交渉術ですよ」
悪びれる素振りのないいルカに対して、カルチャーショックでも受けたような反応をする。
「そもそも体調は大丈夫なのか」
「体調ですか?いつも通りですが……」
突然どうして体調のことを聞いてくるのか全く理解ができない。
身長差を感じさせないほど息のあったステップを踏んでいるにもかかわらず、彼らの会話はちぐはぐである。
しかし、そんな事はお構いなしに盛り上がっていくワルツ。周囲はにこやかに踊っていると言うのに、仏頂面を通り越して、2人の眉間のシワは濃い。
「だがっ」
ローワンが何かを言いかけた。その時タイミング悪く2人は離れる。凝ったデザインのドレスを見せつけるようなその振り付けは華々しいが、会話には一切向かない。
「(何をそんな必死に……)」
やはり年下の、しかも高貴な生まれの人間の考えることは分からない。そんな思いがダンスに出たか、ローワンの手からするりと抜けたルカの手。
さして次のステップに支障のないそれだったが……ローワンの手が、突然ルカの細い手首をつかみ引いた。
「!?」
思った以上の力で引かれ、バランスを崩すルカ。前につんのめったことに焦り目をつぶったが、予想に反してその体は倒れない。トン、と何かにぶつかった軽い衝撃があったのみ。
鼻腔をくすぐる鈴蘭の香り。ルカはハッとしてその目を見開く。
そこには……
「僕は顔色が悪いあなたを心配しているんだ!」
キッと吊り上がった薄紫。整った顔立ちから生まれる凄みは、感情的だからか幼く見えなくもない。
「顔が赤かったから熱でもあったのではと思っていたんだ。そうしたら今度は顔が白くなって、あろうことか見知らぬ伯爵をだまし始めて……っ」
「……、」
問題なくステップは踏んでいる。しかし至近距離であることは変わらず、ルカの体は随分ローワンと密着したままだ。
「あなたが婚約者の責務を果たそうとしてくれることには感謝する、ただ無理をしろなどとは言っていない!」
「…………」
「何とか言ったらどうなんだ!」
決して、大きな声ではないのだが、やけに感情的なそれはただルカを困惑させていた。
返す言葉が見つからない。何せ無理など一切していないのだから。
しかしただ一つ言えるのは……
「……顔が赤かったのは、体調不良ではありませんよ」
「では何だというのだ!」
「シャンパーニュです」
「……酔ったと?」
「いえ、辛かったんです」
「は?」
何を言っているんだ、ローワンの目は完全にそう言っている。
「乾杯用のグラスを受け取った時……唐辛子を飲み口に塗られていたんですよ。恐らく嫌がらせでしょうが……そのせいで辛みを摂取して顔が少し赤かったのだと思います」
血流を良くしたり発汗を促す成分の入っている唐辛子。たとえピリ辛でも少しの赤みは出る。だが過剰に反応するほどの赤さだったのだろうか?ルカは疑問だ。
「……ローワン様?」
「……」
辛うじてステップは踏み続けているが、ローワンの瞳孔は開かれたまま、一点を見つめるように表情は固まっている。
そういえば、やけに目線が合わないことに気付く。話をするときはやたらとまっすぐこちらを見るこの男がどうして……と、そこまで考えて、ルカの中にとある仮説が生まれる。
「失礼」
「!」
スッと伸びたルカの手が、ローワンの首筋に触れる。喉仏のすぐ隣のそこに強く押し当てられた指に、トクトク遅くない振動が伝わってくる。
ワルツのテンポの倍ほどのそれは徐々に早くなり、ルカの仮説を後押しする。
「ローワン様……
あなた、酔っていますね」
思えば出されたシャンパーニュは度数が高かった。一気に飲み干したルカは偶々酒への耐性が強かったからよかったが……律儀なこの男はルカによって取り換えられたシャンパーニュをきちんと飲み切ってからダンスに臨んでいた。つまりほとんど一気飲み。ダンスをしたことでアルコールは普通よりも早く回ったことだろう。
「っ僕は酔ってなんか……」
「(目が座っているし脈も速い、極めつけに自分を僕など……)」
ふらついていないのが奇跡である。ルカがため息をついたことでローワンは再び機嫌を悪くしたが、酔っ払いと分かればそんな機嫌恐るるに足らず。ダンスの後はまだ少し会食の時間が残っていたはずだが、王との会話を済ませた今、帰宅したところで問題は無いだろう。
「この曲が終わったら帰りましょう」
「……でもまだ踊り始めたばかりじゃないか」
「私と踊ったところで、でしょう。酔っていない時にどなたかご令嬢をお誘いください」
涼し気な顔で言うルカ。ワルツは終盤に差し掛かり、盛り上がりを見せているが、突き放すような言葉はローワンの胸に小骨を刺す。
その刺激がローワンの口を開かせる。
「……感謝してるんだ」
「何ですか?」
「……私が公爵だと、周囲を窘めてくれたのは……あなたが初めてだった」
「……」
その言葉は理性的で、けれどずっと押し込められ、受け入れてきた理不尽に一筋の光が見えた喜びが滲むような、少し気恥ずかしげなものだった。
ルカはそれを聞いて少し黙り、思案したのちローワンの顔を見上げなおす。
「少しは年上を頼りなさい」
鼻で笑って言ったその言葉は、決して甘い言葉ではなかったが
ワルツの終わりを告げる音の余韻のように、ローワンの心をじわりと溶かすのだった。




