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#41 TPOを弁えること

 第一王子の婚約発表パーティに呼ばれた貴族の男は、切り取られた闇のような退廃的な美しさのある黒い人物、ローワン・アシュフォードを見つけ、これ幸いと声をかけた。


「ローワン公爵!」

「ああ」


 身分の差があるにも関わらず、その美しさのわりには気さくに応えるアシュフォード公爵。先代の時代から続くアシュフォード家の立場は、公爵にしては弱い。

 なにせ魔物のいる森を管理しているのだ。爵位を与えられたとて誰もやりたがらないその公務……忌避される仕事を行う当主は、多くの貴族に見下されている。



「(だが森の資源は豊富だと聞く……上手く言いくるめて資源さえ手に入れられれば、我が家の資金も潤沢に……)」



 ニヤつきを抑えられないまま、ローワン公爵に近づく男。

 だがその男の目論見はあえなく散ることとなる。



 ローワンの半歩後ろ、深淵のように黒い目を機械的に細める令嬢によって。




 〈#41 TPOを弁えること〉




 「この度はご婚約おめでとうございます」


 人当たりのよさそうな笑顔を浮かべ、男は挨拶をする。男も気を抜けば見惚れてしまうほど整った顔。その持ち主は、隣に婚約者を連れている。


「ところで公爵、ご提案がありまして……」


 ほかの貴族がしていたように、男もまた枕詞と化した婚約祝いの後言葉を続ける。自らの懐を増やす施策を押し通すべく少々前のめりに。その手は胸にあてられ、この場限りの忠誠が見て取れる。



「公爵の領地の森についてなのですが——」



 開拓の打診。これの前の貴族も似たようなことを話していたが……しかし、その言葉は、乾いた音によって遮られた。


 パシン、と決して大きくない音が、男の動きを止める。



「は……はは、いかがしましたか?」



 男の口角がひくりとひきつる。

 その視線の先には、扇子を畳み両手で持つ婚約者……ルカの姿がある。この国では珍しい黒曜のような目は、長いまつげに縁どられ涼やかだ。いや、冷たいと表現するのが妥当だろう。現にその視線は男の興奮していた胸に冷や水を浴びせている。



「いやですわ()()()()()、こんな素晴らしい宴の席でお仕事のお話だなんて……」



 再び開いた扇子で口元を隠し笑うそぶりを見せるルカ。もちろん、その言葉は男、(もとい)ライト伯爵の思考を止めたし、ルカのそんな態度を見たことのないローワンの動きも止めた。

 周囲も何か妙な空気を感じ取っており、特にローワンにこの後声をかけようとしていた者たちが表情を硬くする。



「で、ですがこの機会でないと私はお話もできず……」



 

 そこでふと、ライト伯爵は思った。自分はいつ名乗っただろうか?と。


 少なくともアシュフォードの婚約者と対面するのは初めてであるし、ローワンとも初めてだ。だというのにどうして……?




「ライト伯爵は、確かホメオ領でしたね。なんでも宝飾の貿易でその名を知らぬ者は居ないとか」

「っええ、貿易が盛んな領地で爵位をいただいた身ですからこれぐらいは……」

「さすが、宝飾貿易と言えばライト様。本日の御召し物も素敵ですわ……


 カリーナ様も、あなたのことを教えてくださればよかったのに」




 カリーナ。つまりカリーナ・ホメオ公爵令嬢のことだが、自身の領地を治める公爵の令嬢と面識があると言うルカにライト伯爵の顔つきが一変する。



「カリーナ様とお知り合いなのですか!?」



 やれ変人だの野蛮だの、妙な噂の多い令嬢だ。冷静に考えればただのハッタリかもしれない……しかし妙な貫禄によりその言葉は説得力がある。そのうえ……ライト伯爵はきらりと中指に光る指輪を見て目を見開く。


 その指輪は宝飾を扱う者の中でも有名であり、ライト自身もまた、喉から手が出るほど欲しい隣国の王室御用達の品。

 黒の中にひっそりとアンバーの混じったようなそれは存在感があり、宝石を包む装飾もまた上品で美しい。そのような品を手に入れるためには、隣国の王室と長い交友関係が無ければ手に入れることは叶わない。それを知っているからこそ、ライトは目の前の女の底知れぬ人脈に恐怖を覚える。



「あら……不思議ですか?」

「い、いえその、素晴らしい人脈をお持ちだなと……」



 その言葉に、ルカは笑みではなく咎めるような鋭い視線を送った。和やかだった空気は再び冷やされる。



「公爵家()()ですもの、人脈だなんてそんな……ねぇ」

「……!」

 



 困ったような顔で首を傾げて見せるルカ。

 その行動はいつしか薄れていたアシュフォード公爵の立場を思い出させる。まだ年若いローワンを利用しようとしていた者たちにとってはその一言は衝撃的だった。

 なにせローワン本人がこれまで触れてこなかったものだ。暗黙の了解だったそれを打ち破ったルカの存在はあまりにも異様に映る。



「……ローワン、そろそろ喉が渇かない?」

「い、いやそんなには……」



 否定するローワンの持つシャンパーニュを、自然な動きで奪うルカ。

 結露が流れルカの手袋を濡らすが、気にする素振りもなくそれを使用人に手渡す。



「新しいシャンパーニュをふたつ、お願いします」

「かしこまりました」



 ルカは流れるようにグラスを交換し、ローワンにあたらしいそれを手渡す。

 にこりと笑って見せたが、それを向けられたローワンは怪訝な顔をするばかりでルカを若干苛立たせている。しかしローワンはそれに気づけない。



「(さっさとここから離れたいんだよ察しろ……!)」

「……?」



 察しの悪い婚約者は、なぜルカが飲み物を交換したのかわかっておらず、ただじっと、見慣れない表情のルカを見つめている。


 だからこそ二人は気づかなかった。自分たちに向かって一直線に歩いてくるその人物に。





「ローワン……婚約を公言しないと思ったら、随分お熱いじゃないか」



 愉快そうに笑うふくよかな体系の男。その頭上には、この国でただ一人にのみ着用を許された王冠が鎮座している。



「国王……」



 その場の誰もが頭を下げ、王に忠誠をささげる。


 同じように頭を下げたルカ。ローワンの叔父にあたる男は、ルカの持つシャンパーニュをその濃紫の双眼で見据えた。





 ・





「そう畏るな、表をあげよ」


国王にそう言われ、顔を上げるローワンたち。国王の後ろには王妃も控えており、こちらもまた嫋やかな笑みを浮かべている。国の妃たる品格が見える。


「時に陛下……何かご用命がありましたか?」

「いつもはすぐに挨拶をして会場を去るお前が、珍しくこの時間まで残っていたのでな。私のもとへ来られないほどの人気者だ、たまにはこちらから尋ねてみたのだ」

「も、申し訳ありません」

「良い良い、気にするな」



 和やかな親族同士の会話に聞こえるが、しかし気は抜けない。相手は国王であり、指先一つで自分たちの生死さえ操ることができる御人だ。無礼のないようにと気を張っているせいか、ルカの背筋に力が入る。



「ローワンさん、是非婚約者の方をご紹介いただけないかしら?」

「はっ。……こちらはルカ・モスウッド男爵令嬢です。現在は我が屋敷にて共に暮らしております」

「……そうか。()()は何かね?」

「(属性……?)」

「風魔法が得意なようです。見事な魔力操作だったと従者からも聞いております」



 ルカを見定めるような視線は、魔法の属性を聞いた瞬間にふと緩んだ。敵視するほどではない、と言わんばかりのそれ。ルカは思っていた以上に魔法の属性が重要視されていることにも驚いたし、ローワンが自身の魔法属性におおよそ当たりをつけていたことなど初めて知った。

 国王からの質問を予測していたのか?だとすると流石である。



「それはそれは……まあ風魔法の使い手は穏やかな人間が多いと聞く。……しかし、まだ婚約生活も始まったばかりだろう。互いに歩み寄り知ると良い」

「はい」

「今度ぜひ、ご一緒にお茶をしましょうね。ルカさん」

「光栄の極みでございます、王妃」



 返事をようやく許される程度の身分。ルカはそれでも、でしゃばること無く役目をまっとうした。それが気に入ったか王妃は笑みを深めている。




「どうだローワン、この後は私と軽食でも食べながら……」

「ブリオン陛下。まだ婚約して間もないのですから、どうぞ二人で居させて差し上げてくださいな」

「うん?……そうか、そうだな。はっはっは、失礼した」



 ではこの後も楽しんでくれ。

 そう言って、少し名残惜しそうにその場を離れた国王夫妻。その後ろ姿に礼をしたローワンとルカ。ルカに思考の隙を与える暇もなく、会場には舞踏会の開始を告げる弦楽器の美しい音が鳴り響いた。

 


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