#40 営業中は笑顔を忘れないこと
「ふぅん……」
ジロジロと頭の先から足の先、少し胸元を長めに見て、セレスティン第一王子は口を開く。
「まあ、見目は悪くないな」
「……」
ニタリと笑んだその歪んだ口元。
ローワンは少し、その視線に眉を顰めた。
<#40 営業中は笑顔を忘れないこと>
「一体どこで見つけたのだ?王家主催の舞踏会では見なかったが……」
「……良縁に恵まれたのです」
「(ん?)」
ローワンの珍しい反応を見て、ルカはそちらを見上げる。
なんとか無表情を貫いているが、その声色は少々機嫌が悪そうだ。心故しかグラスを持つ手に力が入っているような……
「そうかそうか、それでは相当の箱入り娘なのだな」
「……?」
いちいち含みのある言い方をする男である。王族ゆえに直接的な発言を控えるのは分からんでもないが、わざとらしく強調して言ってくるあたりが青二歳だとルカは感じる。
「どうだ、今度私とダンスでも——」
「あらあらセレス、私の前で堂々と浮気?」
セレスティンとマリアの元より近かった距離が、更に近くなる。枝垂れかかるようにして、猫撫で声を出すマリアは子猫というより女豹にさえ見える。
「す、すまんすまん!違うんだ、ちょっとばかり揶揄ってやろうと思ってな」
「ひどいわセレス、私に妬かせたいの……?」
「マリア……」
「「「…………」」」
なんだこの酷い茶番は?ただのバカップルかと思われた二人は、どうやら想像を是するほどのバカップルだったらしい。公的な場でイチャコラする様子は、貴族社会に慣れていないルカをも不快にさせる。
「セレスティン様、マリア様、隣国の王太子が是非ご挨拶したいと」
「ああ……わかった、今行く」
邪魔された不快感を露わにしながら、セレスティンはローワンを見下したような目で見る。
「ではなローワン。貴殿の妻があの悪女のようにならない事を祈っているよ」
「……ご婚約、誠におめでとうございます」
ローワンに続くように頭を下げたルカ、そしてコナー。
マリアの温度を感じない目が一瞬ルカの事を捉え、何事もなかったかのように視線を外した。
・
「ローワン公爵、この度はご婚約おめでとうございます。つきましては以前より進言しておりました魔物討伐の件でご相談が——」
「アシュフォード公爵、ご婚約おめでとうございます!ところで移民の受け入れの件は——」
「公爵!ご婚約おめでとうございます!居住区の拡大のため森を開拓したいのですが——」
「ッス————————……」
第一王子の背中が見えなくなった頃、ヴァルモンド公爵もまた他家との交流のためにその場を離れた。もちろん公爵家が一角を担うアシュフォード家もまた他貴族との交流を始めたわけなのだが……
「あの……ローワンさ……ローワン、いつもこのような感じなんですか?」
「何がだ」
「いつも社交の場ではこうなのか、と」
「……何が言いたいんだ」
「いやだから……祝いの席でも仕事の話されてんのかって聞いてんですよ私は」
思わず口調が乱れるルカ。
それもそのはず、ルカが隣に立ち話を聞いている限り、誰一人として婚約を祝う言葉のみで終わる者はいなかった。むしろ婚約の話はついでとでもいわんばかりにすぐ話題を変え、自分が話したいことを話して去っていく……。そんな状況に黙っていられず、ルカは進言したわけだ。
「……いつもこうだが」
そして当の本人はルカの反応に驚きながら、しかし誠実に答える。少し流れが落ち着いた事でようやく口にできたらしいシャンパーニュは、すでに温くなりグラス表面が結露している。
「いつもって……あの確認ですが、アシュフォード家の領地は森と邸宅の敷地のみですよね?聞く限り別領の方からの進言が多かったと思うのですが」
「ああ。話をした者は皆他領の貴族だな」
「…………え、結構フリーに相談できるもんなんですか?」
「……私が公爵を継いだときにはすでにこうだったが」
「……。」
絶句。しかしローワンは何に驚かれているか分からない。それはそうだろう、彼は最初からこの仕事の仕方しか教わっていないのだから。
先代がどれほどのお人好しだったのか……それは分からないが、ルカは思うところがあった。ローワンの元を訪れる貴族たちの、口調の軽さ、そして気軽さ、少々見下してすらいるように見えるその立ち振る舞い……これは婚約を軽視されたことよりも重大だ。盾として、到底見過ごすわけにはいかない。
「(見たところほとんどが私たちよりも年上……若くして公爵の立場というのが気に食わないのか、それとも民のいない領であることで暇だとでも思われているのか)」
不確定なことを考えるべきではないが、明確なことはある。それは……
舐めた態度は、早いうちに強制せねばならぬということ。
「ローワン公爵!」
「ああ。……もし疲れたなら少し休憩するといい。私はまだ少し挨拶の対応を受け——」
「いいえローワン、私も行きます」
ローワンの言葉を遮るように、ルカは答える。
「私は……アシュフォード家当主の婚約者ですから」
にこりと口角をあげ笑うルカ。その笑みを見てローワンは何故か背筋が凍った。
他人行儀で冷たい、鉄壁のようなその笑顔。
営業スマイルを携えて、ルカはいよいよ仕事に取り掛かろうとしていた。




