#39 けん制は優雅に密かに行うこと
ローワン・アシュフォードは高嶺の花である。
それは現在進行形であり、虜になった女性たちは所謂“リアコ勢”とでも言えよう。
そんな女性を元の世界で見たことのあるルカは、もちろん今回心して臨んでいる。
だから“この程度の歓迎”は、全くもって想定内であった。
<#39 けん制は優雅に密かに行うこと>
「(……辛い)」
ウェイターに手渡されたドリンク。フチには何かを押し付け拭ったような跡が見られ、ルカはローワンたちの会話を聞きながらもそれの正体を探っていた。
令嬢の服は毒物を隠すのに適していない。それはポケットや袖が無く、隠すには谷間や髪の中など、周囲からバレやすい位置しか選択肢が残っていないからだ。
ルカのいた世界の歴史では宝飾品にギミックを加え、指輪を二重構造にするということも行われたようだが……それに近い意匠は見当たらない。
となれば男と手を組み毒を混入させるか、もしくは現場にあるものを使って嫌がらせをするかの二択である。そこまで可能性を絞るのに、おおよそ1分。ルカはふと、豪華な食事の彩りにと飾られたあるものが歯抜けになっていることに気付く。
「(唐辛子か……確かに虫よけになるから置くのは納得だ。けど……)」
ルカのドリンクの飲み口がやけにカプサイシン臭いことと関係していると見て良いだろう。ルカがドリンクを飲み切った姿を見てチラチラとこちらを観察する令嬢の目線は、ルカと、その歯抜けの彩りを行き来している。
「おお、酒はいける口か?」
「はい、好きです」
「……一口で飲み切るのはあまり行儀が良いとは言えないんだが」
「アンテのようなことを言いますね」
「はっはっは!あの婆さん今はお前の所にいるのか!」
「ああ、それが——」
「(こんなピリ辛程度で嫌がらせになると思ったんだろうか)」
生憎ルカは酒同様、辛い物が好きである。ストレスで過食になることは無かったが、カレーは辛口派であるし、ラーメンも辛味噌を選びがちだ。
そんな相手にただの赤唐辛子など、風味付けにもならない。
しかしそんなバックボーンを知らない令嬢たちは驚愕に目を丸くし、動揺している。
「(そもそも赤い唐辛子の方が辛みは弱いだろ。料理ほとんどしなくても知ってるぞ)」
「……ねぇ、あれ……」
「うそ、でもさっき……」
「……」
……どうも複数人での作戦らしい。そりゃああれだけ大きな壁……もといスカートがあれば、複数人が立つだけで他からの視線を切ることができるだろう。
一瞬確認できただけでも5人。大所帯である。
「——おい、どうした。気分でも優れないのか」
「!……すみません、二杯目はどこでいただけるかなと」
「……そんなに美味かったか?」
「ええ、初めて飲む味でした」
あわよくばこのままブラッディ・マリーが飲みたいところだが……この場はワインが主流だろう。ローワンが声をかけたウェイターが、赤ワインを差し出す。
「こちらはヴァルモント領の名産、|レーヴ・ド・ヴァルモント《西の夢》。25年物でございます」
「25?王族の祝いの席なら34年物のほうが希少で相応しいのでは?」
「こちら国王のご希望でして……」
「……ありがとうございます、いただきます」
ルカは、ザ・ワイングラスといった形のそれをゆったりと回す。詳しいわけではないのだが、赤ワインの入ったグラスを渡されると……こうしたくなってしまうのだ。品評会ならば口に空気を含みながら味わっただろうが……アンテから指導を受けた通り、ルカは薄く口を開け、静かに一口それを飲む。
少し強めの酸味は酔い過ぎないようにという配慮だろうか?胸焼けしそうな料理たちと相性の良さそうなそれに、ルカは舌鼓を打つ。
「どうだ、うまいか?」
「ええ、とても……そういえば、ヴァルモント領はワイン造りが盛んでしたよね」
「そうさ!工業地帯のイメージが強いが、面積で言えばワインのためのブドウ農園が大部分で、よく領内の品評会も開催されてる。今度招待しようか?」
「光栄です、是非」
「……そうだな」
少し歯切れの悪い返事をしたローワン。それもそのはず。本来この場にいる時間すら惜しいほど忙しいお人なのだ。これまでの半年、ルカはローワンが3時間以上家を出るところを見たことが無い。
恐らく実現は難しいだろう……そう思われた時だった。カツン、と固いソールの音が響いたのは。
「やあ、ローワン・アシュフォード公爵」
「……ご婚約誠におめでとうございます、セレスティン第一王子」
金の髪に紫の瞳……王族たる養子の特徴を持つその男性は、今宵の主役の一人であるホワイト王国第一王子。人の波をかき分けまっすぐローワンたちの元へ歩いてきた彼の隣には、可愛らしく、小さなご令嬢。相変わらずその腕はしっかりと密着しており、ルカはその不快感というか、うわ……感を表情に出ないよう必死だ。
「相変わらず貴殿は陰気だな。少しは外に出たらどうだ?」
「……陛下のおっしゃる通りですね」
淡白な返しである。しかしそれは明らかにセレスティンの自尊心を刺激しており、ルカは引いた。なんて煽りスキルの高い男かと。自分のことを棚にあげていることは置いておこう。
「フンッまあいい……今宵招いたのは、我が新たな婚約者、マリアを紹介するためだ」
「ご機嫌麗しゅう、アシュフォード公爵、ヴァルモント公爵……私はロバーツ男爵が娘、マリア・ロバーツと申します」
優雅に可愛らしく、立場にしては少し深めの礼をしたマリア。ルカはそんなマリアの様子を見て、ほんの少しだが目を細めた。それは彼女の銀の髪のまぶしさ故ではない。ルカのアンテナに何かが引っ掛かったからだ。
「知っての通り、彼女はヴァレリー・アレキサンドリアから私を救ってくれたご令嬢でね。私を貶めようと企んでいたあの女を断罪する勇気をくれたんだ」
「もう……セレス、レディをあの女なんて言っちゃダメよ!」
「ああ、すまないねマリア……」
「……」
デレデレと言うことを聞くセレスティン。そんな彼から、ちらりと視線を外しルカを見るマリア。
「そちらの方は……?」
「……ご紹介が遅くなりました。
彼女は私の婚約者です」
目線で挨拶をするように言われ、ルカは覚えてきた礼をする。
「お初にお目にかかります。モスウッド男爵が娘、ルカ・モスウッドと申します」
「ルカさんと言うの……よろしくね!」
にこりと笑ったマリア。その笑みの完璧さが、何も映さぬ金の目が、ただただルカに疑念を抱かせるのだった。




