#38 理論も身なりも武装すること
これまで、ルカにとって公爵の婚約者とは面倒な立場であった。しかしローワンと契約を交わしたことで“仕事”に変化し、その結果腰の入れ具合が変わった。
具体的に何が変わったか。
ルカは公爵の名を守る盾となるべく、周到に下準備をしてきていた。
〈#38 理論も身なりも武装すること〉
「アシュフォード公爵!まさかこの場でお会いできるとは!」
「ヴァルモント公爵」
「(ヴァルモントというと確か……)」
ホワイト王国で公爵を名乗れるのはたったの四家のみ。一人はもちろんローワン・アシュフォード。東の森を領地としている。
そしてヴァルモント家はその反対……西を統治する公爵家だ。
シンプルながらも上等な礼服に身を纏った男性。そこまで年上には見えないが公爵だ。気は抜けないとルカは気を引き締める。
ローワンに笑顔を向けた後、ルカにもまた笑顔を向けるヴァルモント公爵。
「おや、こちらがお噂の?」
「お初にお目にかかります、ヴァルモント公爵。モスウッド男爵が娘、ルカ・モスウッドと申します」
膝を曲げる貴族特有の礼をすれば、ニコニコと朗らかに笑うヴァルモント。
「お美しい方ですね、噂とは随分違うらしいが……もしや別人かな?」
「さあ……火のないところに煙は立ちませんからね」
「……はははっ!そうかもしれないな!」
「……」
大真面目な顔をして返すルカ。
心当たりが無いわけではない、と答えたその胆力が気に入ったらしい。最初の距離をはかる態度は剥がれ、豪快に笑う。
「おいローワン、なかなか面白い女を迎えたな!」
「はぁ……どうしていちいち猫を被るんだ、コナー」
「(……へぇ)」
公爵家同士、てっきり牽制しあっているものかと思われたが……どうやらルカの予想は外れたらしい。おかしそうに喉を鳴らして笑うコナー・ヴァルモント公爵は、先ほどより少し気の強そうな、言い方を変えると少しイタズラっぽい顔で言う。
「お前が婚約者を公表しないから、一体どれだけ面倒な女を押し付けられたのかと警戒していたんだ。そうしたら予想外に面白い!」
「ハァ……そんな理由ではない。ただ……タイミングを逃したんだ、仕事が忙しくてな」
「まあそんなこったろうと思ったよ」
肩をわざとらしく持ち上げて、今度はルカに視線を戻すコナー。
「ルカといったか?こいつはな、昔っからとにかく仕事一筋の仕事人間なんだ。顔こそ女遊びでもしていそうだが……」
「コナー!」
「……」
アンテといいヴァルモント公爵といい……ローワンを評価する人物の反応を見れば、実によく愛されてきたことがわかる。アンテから聞いた話では、ローワンは公爵の座に立ちまだ4年程度だったはずだが……
「お二人は元々お知り合いなのですか?」
「寄宿学校からの仲さ。年は俺が4つ上だが、こいつは飛び級して俺と同じ学年どころか、生徒会にも所属してたからな。俺と同年代のやつはみんな知ってる」
「……優秀でいらっしゃったんですね」
「……。」
「優秀なんてもんじゃないぞ、教師泣かせの可愛くないガキで……」
「コナー……!」
そっぽを向き、気恥ずかしそうにしているローワン。思ったよりもコナーが自分と近い年齢だったことや、ローワンが飛び級するほどの秀才であったことに驚いていると……何やら入り口付近が騒がしい。
三人がそちらを見やると、コナーはグッと顔を顰め、ローワンもまた表情を冷たくした。
視線の先にいたのは……
「セレスティン第一王子よ!」
「今日もお美しいわ……!」
「(セレスティン・ホワイト……)」
ルカがこの世界に来る前に、悪役令嬢との婚約を破棄し、新たにマリアという令嬢との婚約を押し進めた男。流石は王族というだけあり顔立ちは整っており、所作も優雅だ。
しかしその腕はベッタリと隣の令嬢と組まれており、形容しがたい薄ら寒さがルカを襲う。
「しっかし、よく平然としてられるよなぁ。アレキサンドリア家から爵位剥奪しといてよ」
「……。」
黙り込むローワン。ルカはその様子を見てふと思い出す。
この国には、公爵を名乗れる家は四つしか存在しない。東西南北に位置するその家の中には……アレキサンドリア公爵家もいたはず——
「すみません、爵位を奪われた……とは」
「……第一王子が断罪だって言ってな、つい1か月前……アレキサンドリア公爵を平民に下ろして、代わりに北の領地を別の貴族にあてがったのさ。
ウィンターレイ公爵家……元は伯爵家だったが、近年魔法論の発展によく貢献してる家だ。国一番の寄宿学校がある北の領地を治めるにはたしかに適任だわな」
「爵位剥奪……」
少々……重すぎる罰ではなかろうか。
この国の司法にはまだ疎く凡例も知らない手前、強くは言えないが……しかしルカは、貴族から平民に転げ落ちたアレキサンドリア家の待遇に疑念を抱く。
「婚約破棄以降、娘が失踪して爵位も奪われて……アレキサンドリア元公爵の奥方は寝込んだままって話だ、無理もない」
「……どれだけの罪を犯したんでしょうか……」
「「……」」
爵位を奪われた家への憂いを持っているように、コナーの目には映る。しかしローワンは知っている。ルカはいたって公平に、冷静に、その原因を知りたいと思っているだけだと。
その証拠かルカはどこか遠くを見つめたり、周囲の貴族たちをじっと観察している。
「……ルカ」
あまり妙な動きをしないように釘を刺そうとしたところ、会場によく通る司会の声が響く。
「紳士淑女の皆々様、ご静粛に!
ブリオン・ホワイト国王陛下ならびに、ハンナ・ホワイト王妃のご入場です!」
荘厳な音楽が鳴り響く中、ルカたちの会場を見下ろすように設置された階段の上、玉座に二人の姿が現れる。
見方によっては下品ともとらえられるほどの宝飾品を身に纏い、富の象徴のような豊満な体をした国王は、ゆったりと、でっぷりと玉座に座る。
「諸君、今宵は我が息子、セレスティンの婚約者発表の場へ参加してくれてありがとう」
わあ、と拍手が送られ、会場は祝福の雰囲気に包まれる。その様子は決しておかしいものではないのだが……どうにもルカの勘が反応する。この状況には異常さが潜んでいると。
「さあセレスティン、皆に向け宣言するのだ」
「はい!……私、セレスティン・ホワイトは、こちらのマリア・ロバーツ男爵令嬢と婚約を結ぶ!
彼女ほど聡明で、慈愛に満ち溢れた女性を私は見たことが無い……
どうかこの関係を、皆の乾杯で迎え入れてほしい!」
「それでは皆の者……我が王国の未来、セレスティンに!」
無数の乾杯の音。楽し気に笑う貴族たち。
シャンパーニュの芳醇な香りに舌鼓を打つローワンとコナーの隣で、
ルカはただ一人、真顔のままそれを飲み干すのだった。




