#36 できることに目を向けること
「————今日の講義はこれぐらいにしましょうか」
「ありがとうございました」
グレイヘアを綺麗に束ねたアンテに、ルカは頭を下げる。
婚約関係の継続が決まって数日……ルカは以前よりも意欲的に授業を聞いていた。
<#36 できることに目を向けること>
ローワンと婚約関係について話し合った後、早速契約書を作成しすり合わせ、契約を取り交わした。
誰かに見つかるのもよろしくないということで、現在書類はローワンのデスクの奥の奥に眠っているが……
「(考えてみれば、コンソールが治り次第記憶消してトンズラこけばいいもんな)」
関わりを持たないように必死だったルカだが、コンソールが壊れた上ここまで関わる人間が増えた今……もはや開き直って、世界の資源量に影響を与えなければ良いのでは?と考えを切り替えたらしい。
実際、元の世界に帰る手立てがない以上ルカ・モスウッドとして当面の間は暮らさなければならず、そこには縁談だの領地経営だの、貴族特有の悩みが出てくる。
浮浪者になったっていいが、しなくていい苦労はしたくない。そこで自分の心労もローワンの心労も減らせる”雇用”という形を提案したのだ。
もちろん仕事をしないという目的は完全に潰えた。ただ仕事をしているほうが安心するルカとしては、この3ヶ月弱で十分休んだと思っているし、これ以上自堕落な生活を送るとおかしくなりそうだとも感じていた。
そのため次の目標は”仕事を請負いすぎない”こと。管理官として動けばまた疑われてしまうし、なにより首が回らないほどの仕事量はもう抱えたくない。
衣食住の福利厚生がある転職先としてこのアシュフォード邸にお世話になろう。そう決めた。
ただし雇用には期限を設けてある。それは……
・
『この、“婚約者が見つかるまで”というのは……?』
『?言葉の通りですが……良い方が現れた際にはこの雇用関係を解消して、その方と婚約してくださいということです』
『……』
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「(微妙に納得してない顔してたけど……なんでだったんだろ)」
教材の本をまとめながらルカは首を傾げる。しかしその理由を答えられる者などおらず、アンテの後をついて行くように部屋を出るルカ。
そんな様子を見るアンテは、口元を抑え上品に笑う。
「ルカ様は坊ちゃんと似ていらっしゃいますね」
「え?」
突拍子もなくそんなことを言われ、返事が思いつかないルカはただ固まる。
「いえね、表情が豊かではない所もそうだけれど、特にこう、ずっと何かを考えているようなところが本当に似ているなと思ったのよ」
「そう……ですかね?そんなに考えているわけでは……」
そもそも考えることが多いのは、この世界にいるからであって。懸念することが多いせいであるとは言えず、ルカは視線を逸らす。
「特にね、ひとつの事を真剣に受け止めてよくよく考えるところがそっくり。授業での質問を受けて私も勉強不足だと反省したわ」
「そんなことは……」
「うふふっ」
一体、何が面白いのやら。ルカは嫋やかな笑みを浮かべるアンテに、少しのやりずらさを感じるのだった。
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「ルカ様、この後は宝飾と靴それぞれの職人が来訪予定です」
「もういらっしゃいますか?」
「いえ、まだ時間はありますが……」
「……少し授業の復習をしたいので、一人になってもよろしいでしょうか」
「かしこまりました!」
私室に着くなり、ルカはキアラに下がらせた。もちろん勉強した内容が多かったので復習はする予定なのだが、それよりもずっと気掛かりなのは、天蓋の上に隠したコンソール。
「よっ……と」
身軽に天蓋の裏に手を伸ばし、ずるりとコンソールを取り出す。もう以前ほど汚れのついていないそれは相変わらず画面の破損がひどく、基盤もよく見ると回路が外れている箇所が多い。
こうした機械関係はあまり得意でない。そのため無闇に回路を繋げることもできず、パズルのように外れたはんだの形から予測を立てることしかできていない。
そんな状態だからこそ、もはや魔法でなんとかならないかと思ったルカだったのだが……
「修復魔法ってマジで難しいんだなぁ……」
風を起こしたり火を出してみたり……そういった魔素の変換は理解できた。火はライターのイメージがあったし、風は魔素の流れをイメージすればおおよそ思い通りに動いてくれた。
だが修復魔法はダメだ。緻密な液晶はどんな素材でどんな構造かが理解できていないし、はんだを生み出すなんてことも、残ったはんだをくっつけることもできない。
つまり、修復魔法を正確に使うには、元の構造を理解できていなければならない。それがルカの出した結論だった。
「過去でも見るか転移して元の世界に戻って確認するか……転移魔法もあったけど世界間は無理そうだもんな……」
というか転移できるならコンソールに用はない。コツコツと無意味に液晶を叩いてみてもなんの反応もなく、ルカはただ机に突っ伏してため息をつく。
「緊急ボタンとかあればいいんだけどな……フルデジタルになって物理ボタンほぼ無くなったのが仇になってる……」
ルカは結局コンソールを天蓋裏にしまいこみ、おとなしくアンテの授業の復習を始める。心のどこかで「もう帰ることは出来ないんじゃないか」と考えながら、ルカは無理やり文字を頭に叩き込むのだった。




