#34 経費は無駄遣いしないこと
「こんな少ないドレスで今までどうやって生活してきたの!?」
信じられない!とルカのクローゼットから服をすべて引っ張り出したカリーナ。床には10着ほどの質素なドレスが散らばっており、キアラは慌ててそれをかき集めている。
「しかもデイドレスばかりじゃない!メイドは誰も指摘しなかったの!?」
「そういえば……」
アシュフォード邸に来てすぐ、ドレスについて何か聞かれたような気がする。と思い出すルカ。
『あの……ほかにドレスは……』
『?これで以上ですが』
『そっ……そう、なんですね。もし不足がありましたらローワン様にご相談くださいませ……』
『はあ……』
「……言われましたね、そういえば」
「はあ……ローワン様、普通淑女は常に50、60着もっているものですわ。本日は少なくとも10……いいえ、20着は買っていただきますからね!」
「わ、わかった」
「正気ですか?」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますわ!」
信じられない!と発狂気味のカリーナを前に、ルカもローワンもあっけにとられるのだった。
<#34 経費は無駄遣いしないこと>
「よろしいですかルカさん。公爵家と婚約したならば、種類違いのドレスを5着ずつほど持っておいてくださいませ」
「はぁ……種類違いというと……」
「モーニングドレス、デイドレスはもちろん、ティーガウンとディナードレスは外せませんわ。それにウォーキングドレスやトラベリングドレスがあった方が外出時に困りませんし、もし乗馬をたしなまれるのならライディングハビットがあっても……」
「待ってください、多すぎませんか?」
そもそも、この令嬢はローワンと婚約したいと言っていなかっただろうか?ルカは大変混乱している。
「それにどうしてローワン様までこちらに?ご公務でお忙しいと思うのですが……」
「レディのお買い物に付き合わない殿方など貴族の片隅にも置けませんことよ!」
「……」
「(うわぁ……)」
別に、買い物くらいついてこなくて良いんじゃなかろうか……いつしか食料品を買いに複合型スーパーへ行った時見た、衣料品コーナーで疲れ切った父親のような顔のローワン。思わずルカも同情の目を向ける。
「あの、公爵。上限さえ示していただければその範囲内でおさめますので、お仕事に戻っていただいてよろしいですよ」
「いや、いい。……私のことは気にするな」
「……わかりました」
何を考えているのか……ルカはローワンの行動が読めず、ひとまず鼻息の荒いカリーナに目を向ける。隣には仕立て屋の女性たちが複数名……こちらをじっと見て何かぶつぶつ呟いている。
「今回必須なのはボールドレスです。王宮の晩餐会に行くんですもの、豪華絢爛にしなくては!」
「……1着ですよね?」
「いいえ、3着は必要ですわ」
「さっ……」
「……あなたが納得するように説明して差し上げますが、貴方の立場は非常に危ういんですのよ。長年高嶺の花であったローワン様の婚約者となった男爵令嬢……疎ましく思う令嬢ならば、そのドレスに細工をするかもしれませんわ」
「!」
ルカはカリーナの言葉に驚いた。聡明そうであるとは思っていたが、身分ゆえの危険にさらされ続けているからこそなのだとわかり、自分の考えの甘さを反省する。
「……わかりました、ではボールドレスは同じデザインで構いませんから、3着……」
「デザインはすべて変えますわ。それにほかにも何着か見繕います」
「え?」
「だってせっかくのドレスですもの!さぁ、早速採寸に移って頂戴!」
「かしこまりました!」
「……え??」
問答無用で奥の部屋へと引きずられていくルカ。そこに残されたローワンとキアラ、そしてデュートは、呆然とその様子を見ていたのだった。
・
「あらあらあら!ルカ様は細身でいらっしゃいますね!」
「腰回りにボリュームを持たせて……」
「お肌もきめ細かくていらっしゃるわ!これなら宝飾品が肌に近くなるように……」
「……」
複数人に囲まれ、かかしのように微動だにしないルカ。すでにローワン以上にうんざりした顔をしているわけだが、そんなルカはじとりとカリーナに目線を向けている。まるで飼い主にびよんと体を伸ばされている仏頂面の猫だ。
「なによ、今あなたに似合う色を考えているんだから邪魔しないで」
「……あの、カリーナ様はローワン様と婚約されたいのですよね?私のドレスを作らず、婚約者の立場を奪ってしまった方が良いのではないでしょうか……」
「……」
ぴたりと動きを止めるカリーナ。変わらず続く採寸の様子を見ながら、ルカは次の言葉を待つ。
「……張り合いが無いもの」
「張り合い?」
「っそうよ!あなたが私と同じ土俵に立てば、その時初めてローワン様を奪えるというもの!今のままでは私は弱い者いじめをしているようだもの!」
「……」
高らかに笑うカリーナ。どこかそれに違和感を覚えたルカだったが、本人がそう言うのならと口を閉ざす。
しかしライバルになりたいわけでもないし、婚約を解消して独身になれるのならばそちらの方が気楽だとも思うルカ。これは自分からもローワンにカリーナを推すべきだろうか?そんなことまで考え始める。
「体のラインが見えるように……」
「ええ、グローブはドレスと併せて……」
「(……いくらになるんだろうか、このドレス)」
あまり納得のいかない回答を貰い、しかしそれ以上掘るのもな……とルカは黙る。
そしていまいち金銭感覚がつかめないまま、この後見ることになるであろう請求書に寒気を覚えるのだった。
・
一方その頃……ローワンはセドリック、キアラ、そしてデュートと共にルカたちを待っていた。ローテーブルに置かれた紅茶の香りを感じながら、セドリックが持ってきた書類に目を通している。
ぺらぺらとめくられる紙の音。どこかそわそわしていたキアラは、ついにその口を開いた。
「その……あ、主」
「なんだ」
「主は……いつルカ様とのご婚約を発表されるのですか?」
キアラは今日まで欠かさずルカの行動を報告している。その内容に代わり映えは無くなってきたが、監視を続ける中でキアラの胸にはルカへの警戒心が薄れてきている。それを言ってしまえばセドリックは腹を立てるだろうが……
「……」
黙り込むローワン。婚約締結から随分経ち、ついに従弟である第一王子が婚約を発表する場で初めて婚約者を社交の場に連れ出すことになってしまった。これは本来令嬢側がもっと抗議して良い話だが……そんなことには微塵も興味がないルカは、今日まで一切婚約発表をせかしたことは無い。
「そうですね、発表されるならばお早めがいいかと思います」
「デュート殿。これはアシュフォード家の問題です。安易に口を挟まないでいただきたい」
「そうは言ってもセドリック殿……このままではカリーナお嬢様のように、ここぞとばかりにつけ入ろうとする家が後を絶ちませんよ」
ため息をつくデュート。一体どちらの味方なのかと言いたいところだが、彼のいうことは最もだ。
「まあ、ローワン公爵様がそうやって女性たちから気を引きたいのなら仕方がありませんが」
「貴様不敬だぞ!」
「セドリック、いい」
「しかし……」
ローワンは読んでいた書類を机に置き、眉間にしわを寄せる。
ルカと婚約を結んだのは、怪しいからだ。そして自分がこれ以上婚約を迫られることが無いように、盾にするためでもある。
婚約を発表しなかったのは多忙だったからというのもあるのだが、しかし最近は、それだけが理由ではなくなっている。
「(彼女にとってこの婚約は、望まぬものだろう)」
食事時にする会話はあまりに事務的で、淡白だ。そういう物言いをする女性なのだと思っていたが、その平坦な口調の中にも、キアラやカリーナ、使用人に向ける声色は少し違った。キアラに対しては特に優しさがあり、たまに笑みをこぼしているところを見る。
『……ふっ』
「……、」
アンテを紹介し自身の過去をあけすけに話された時、ふと自分に向けられたあの笑み。とても笑顔とは言えないほどの微々たる変化だったが、目線の優しさも口角の緩みも、どうしてかローワンの頭にこびりついていた。
悪人ならば、何の躊躇もなく婚約を発表し、放置できただろう。
しかしルカに対してそれはできなかった。魔の者との関係も無い可能性が高い今、彼女を縛っているのはローワンの利己的な理由だけだ。
「主?」
「……適切な時期はとうに過ぎた。婚約発表の時期は、追って彼女と相談する」
「……そうですか」
デュートは、少し冷ややかな目でローワンを見据え、返事をした。
そして紅茶がすっかり冷めきったころ、疲れ切ったルカと楽しげにはしゃぐカリーナたちが部屋から出てきたのだった。




