#33 身支度は念入りにすること
「婚約発表のパーティですか?」
「ああ、今朝ほど招待状が届いた」
一日の中で唯一婚約者と会話することのできる食事時。婚約を結びはや3か月が経とうとしているが、未だに関係のぎこちないルカとローワン。そんな二人に招待状が届いたという。
「いつですか?」
「3か月後だ。王家主催の婚約発表パーティだからな、互いに準備の時間が必要だろう」
「3か月……結構猶予をいただけるんですね」
興味なさげに、しかし業務的にその期間を受け止めるルカ。
「何をおっしゃってるの!3か月などあっという間でしてよ!」
この食卓になじみの薄い高い声。声の主はフン!と鼻息荒く、しかし優雅に食事を口に運ぶ。
「あの……どうしてホメオ公爵令嬢がこちらに?」
「ローワン様にアタック中なのよ!」
「食事を一緒にしなければ帰らないと……」
「……」
押しかけ女房ならぬ、押しかけ令嬢。ルカはひとまずこの令嬢に、食べている肉が魔物のものだといつ伝えるかを思案した。
<#33 身支度は念入りにすること>
「あなた、王家のパーティに招待されたことなど無いでしょう?私は何度もあるのよ!」
「流石公爵家ですね」
「……私、社交界では“黄金鈴の君”と有名なのよ!」
「そうなんですか、勉強不足でした」
「~~~~!!」
地団駄を踏み怒りをあらわにするカリーナ。ルカは首を傾げるが、執事がそっとルカに耳打ちをする。
「お嬢様はプライドが高くていらっしゃるので、是非すごい!と言って差し上げてください……」
「ちょっとデュート!聞こえてるわよ!」
「すごい!」
「今じゃないってわかってるわよねあなた!!」
「すみませんつい」
今度はぜぇぜぇと息を切らし、ルカを睨みつけている。しかし可愛らしいそれはルカにほとんどダメージを与えず、むしろいじりがいがあって可愛いなとさえ思わせている。
「もう、なんなの本当に……本題に入れないじゃない……」
「本題?」
これまで散々ルカの元を訪れてはローワンとの婚約破棄を迫るか、ルカに嫌味を言ってみたり自分のすばらしさを自慢してみたり……カリーナの訪問は大抵何にもならない井戸端会議であった。そのためこの場も同じように、いつも通り紅茶を飲んで語らう程度の場だと思われていたのだが……ルカの予想は外れたらしい。
そうやってルカが頭に“?”を浮かべていると、しびれを切らしたカリーナが従者の名前を呼ぶ。
「デュート!」
「はい。……お嬢様はルカ様のドレス選定を一緒にしたいのです。あわよくばそれを期に仲良くなりたい、と。」
「ドレスを?」
「仲良くなりたいなんて言ってないわよ!」
ただ、と口をとがらせるカリーナ。
「ただ……その、あなたが!社交の場に疎いだろうと思いまして!知人に品が無いとあれば、私の評判まで下がってしまいますから!」
「……」
べ、べつにあなたのためじゃないんだからね!を非常に真正面から言われたルカ。ぽかんとしていれば次第にカリーナの顔が赤く染まっていく。
「なっ何か言ったらどうなの!」
「いえ、その……」
「何よ!」
「……ありがとうございます、カリーナ様」
「!」
きっとルカは、自分ひとりで社交界のしきたりを調べ上げ問題なくドレスや宝飾品を揃えただろう。
しかし向けられた好意を無駄にするほど機械人間ではない。何より基本、来るもの拒まずのスタンスである。
「っそうと決まればこちらの御屋敷に仕立て屋と宝飾職人を呼ばなくては!それから靴職人に、調香師に、あ!私が贔屓にしている髪結い師も——」
「……」
楽しそうにしているカリーナ。しかしそれに反比例するように、ルカの顔が真顔になっていく。
列挙されただけでも膨大すぎる準備の数々。ルカはその黒い眼で遠くを見つめるのだった。
・
「あの……こちらの方は……?」
「こちらは礼法教師のアンテだ」
「はじめまして、アンテ・ソレイユと申します」
言いたいことを言ってさっさと家に戻っていったカリーナ。それを見送ったと思ったら、今度はローワンから呼び出しを受ける。
執務室に入るとそこには年配の優し気な、しかし立ち方の美しい女性がいた。グレイヘアに青の瞳。威厳を感じるその姿に、ルカもまた姿勢を正し礼をする。
「モスウッド男爵が娘、ルカ・モスウッドと申します」
「あらあら、所作が美しいわ。この方に教えることはもう無いかもしれないわね」
「アンテ……」
「うふふ、冗談ですよ坊ちゃん」
「(坊ちゃん……?)」
クスクス笑うアンテを見ると、どうやらローワンと親しい仲らしい。不思議そうにしているルカに気付いたローワンは咳払いをする。
「あー……アンテは私の母の家庭教師なんだ。私も随分世話になった」
「昔は本当に元気で手が付けられませんでしたねぇ」
「アンテ……!」
「あら、失礼いたしました」
「母君……というと、先代の王妃ですか?」
「ええそうよ。イレーヌ・ホワイト前王妃の妃教育を拝命していたの」
「……」
それは随分すごい人物が出てきたものだとルカは驚く。しかしここで疑問なのは……
「そのご経歴でしたら、第一王子殿下のご婚約者をご指導されるものでは?」
歴の長い教育者を手放すのは得策に思えない。なにせ経験によって培ってきた知識量が違う。それを疑問視したルカだったが、その質問には困ったように笑うアンテが答えた。
「私もそうしたかったのだけれど、任を解かれてしまったのよ」
「何故ですか?」
「私は見ての通りこの年でしょう?新しい婚約者には新しい教師を用意すると言われてしまって……」
「……無作法な質問でした、申し訳ありません」
抗えないクビ宣告。ルカとてその無力感は理解できるし、この世界で老齢となれば新たに職を探すのは難しいだろう。もし職に就かず暮らすとなっても、肩書が無職になっては家を借りるのだって難しくなる。
「いいえ、いいのよ。なんて言ったって私はローワン坊ちゃんに呼んでいただけたんだもの!」
「……アンテには随分世話になった。また世話になってしまうが……」
「あらまあ……合わないうちに随分大人になられましたねぇ。坊ちゃんと言えば私のレッスンを抜け出しては庭の木に登って……」
「アンテ!」
「……ふっ」
年相応なやんちゃさも持ち合わせていたらしいローワンの話を聞いて、ルカは少しだけほほえましさに笑みをこぼす。それを見たローワンは目を見開いたが、少し間をおいてアンテに声をかける。
「3か月後に、王家主催のパーティがある。セレスティン第一王子の婚約発表の場だ、相当数の貴族が集まるだろう。……彼女に作法と舞踏のレッスンをつけてくれ」
「ええ、かしこまりました坊ちゃん。それではルカ様、明日から早速始めて参りましょう」
「はい。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」
「おほほっ知的な方なのですね」
服選びにマナー教育。
時間を持て余していたルカは、一気に押し寄せたタスクたちに少し気が遠くなるのだった。
カリーナ結構好きです




