#32 三日飼えば
私は、ルカ様を見誤っていた。
<#32 三日飼えば>
「ルカ様、お答えにならないのは何か隠されているからですか。以前申し上げた通り私はクニクルスの生まれです、今更読めないとは誤魔化せませんよ」
警戒心をそのままぶつけても、彼女はじっとこちらを見ていた。焦らないどころか、こちらを観察しているまでありそうなその無表情。底冷えするような緊迫感が自分の言葉の自信を削る。
「読めますよ、当然」
そう答えた彼女は、凛とした声で続けた。年齢を考えれば教養が必要だと。私がなぜクニクルス語だったのかと問えば、今度はこちらに問うて来た。
「キアラ。あなたは国力の低下が何によって起こるかわかりますか?」
「国力……ですか?」
突然何かと思えば、国力の低下の原因を答えろと言う。国力……って、なに?国の力なんて考えたこともない。私はなんとか食料じゃないかと答えたけれど、彼女は否定せず、質問を変える。
「自国への愛は何によって生まれますか?」
その言葉を聞いた瞬間、私の頭にはクニクルスの様子が思い浮かんだ。
若い人はどんどん国を捨てて、残るのは国も出られない弱い人々。そんな残った人たちも先祖のことを恨んでいて、魔物の血が入っているせいで酷い扱いを受けるんだといつも叫んでいた。
長はいつも悲しそうで、だけど国を捨てようとはしなかった。
おじいちゃんやおばあちゃんも。いつも決まって、“オーデル様に感謝して生きなければ”と言っていた。その理由を、聞いたことは無かったけど。
「歴史を、知ること」
それが国への愛につながると思った。
私を売った家族……まだ許せるわけじゃない。でも、嫌いになれるわけがない。だって貧しかったことを私は知ってる。弟に育ってもらうことが大事だって、私もわかってたから。
それと同じで……クニクルスの人たちが過去をもっと知ったら……きっともっと愛情を感じられて、出て行く人が減ると思う。
……もしかしたら嫌いにもなるかもしれない。でも、知らないより良い。知ればきっと、許せるかもしれないから。
「私もそう思います」
酷く優しい声だった。
私はクニクルスの生まれだと知ってなおこんなに優しく、対等に会話してくれる人に出会ったことがなかった。メイドのみんなの優しさは、可哀想だから、をひしひしと感じた。だけどこの人は、私の意見を求めた。この人は……ううん、この方は初めから、クニクルスを見下げたりしてない。国の一つとして見ていて、知ろうとしてくれている。
私はなんてバカなことをしたんだろう。この人は私をはじめから普通の人間として見てくれたのに。
だから素直に話した。諜報員だと疑っていたこと。そして今までどれだけ困らされたか。彼女はそれを冷静に聞いていた。聞いて、飲み下していた。セドリックさんが私の生い立ちを話しても変わらず、淡々と。
「キアラ」
「っ!」
「紅茶、美味しかったです」
「……え」
「不意打ちに薬を盛らない所は、あなたの美点だと思います」
そのまま去っていったルカ様を、私はずっと目で追った。多くは言葉にしないあの人は、一体何が見えているんだろう。わざとらしい甘さのない言葉が、私の心臓をトクトク鳴らした。
・
「ルカ様、今日の朝食はウッドコッカーの卵で作ったエッグベネディクトだそうですよ!」
「ウッドコッカー?」
「火を吐いて獲物を焼いて食べる鳥ですね!」
「あ、コッカーってそういう……」
朝の準備を進めながら、ルカ様とお話しするこの時間が大好きだ。
ルカ様のミルクティみたいな髪を、頑張って編み込んでいく。まだ慣れなくて不恰好なそれに、他のメイドは苦笑い。
「申し訳ありません、他の者にやり直しを……」
綺麗にふんわりと結べなかった後髪を合わせ鏡で見せると、ルカ様は少し瞬きをした後に一言。
「いえ……このままにしていただけませんか?」
にっこり笑うこともないけれど、それでも、ずっと髪を結ぶ間私を見てくれていたルカ様。
「っはい!」
朝食を食べるために食卓へ向かうルカ様。その髪型を見てはにやけてしまう私の頬。
なんとか尻尾を収めようと頑張ったけど、結局丸一日耳も尻尾も出たままだった。
・
「ねぇセレス、今日は新しいドレスが見たいわ」
「ああもちろん!君との婚約を正式に広めるパーティなんだ、とびきりの上等品を用意しよう!」
「嬉しい!」
月明かりすら霞むほど室内を煌々と照らす魔石のシャンデリア。
豪勢な金の装飾を惜しみなく使われた室内で、大きなソファの真ん中、べったりとくっついたふたりは笑いあう。
しなやかな白金の髪を持つ男、セレスティン・ホワイト第一王子は、自らの膝の上に乗る可愛らしい令嬢に夢中である。
「あ、でも……」
「どうしたんだい?マリア」
「ヴァレリーはどうしても呼べないかしら?私、彼女にもこの幸せを分かち合いたいの……」
口元を覆い、目を潤ませるマリア。口元を覆い、目を潤ませるマリア。その金色の瞳は磨き上げられた真鍮のように光を返すばかり。
「なんて優しいんだマリア……自分に嫌がらせを働いた女に慈悲を与えるなんて!まるでオーデル様のような女性だ!」
「やだわセレス、言い過ぎよ」
クスクス笑いながらセレスティンの頬に小さな手を添え、しなだれかかる。セレスティンから贈られた真珠のネックレスがマリアの肌の白さをより強調し、少々露出の高いようなドレスは年頃の青年の喉を鳴らす。
「どうしてもだめ?」
「っ……か、代わりにローワンはどうだ!?あいつは最近婚約者が出来たらしい」
「まあ、ローワン様が?ぜひお呼びしましょう!」
セレスティンの手が腰に伸びようとしたとき、するりとその手を避けて離れるマリアの体。残念がる彼を置いてマリアは笑う。
「ドレス選び、楽しみね」
彫刻のように計算された美しい笑みは、底冷えするような淀みをたたえていた。
260807 キアラの過去を前話にあわせて加筆・修正しました




