#30 目線を変えてものを見直すこと
「ギャハハハハ!お前マジか!」
「……そんなに面白いですか?」
カリーナ公爵令嬢が帰宅し、私室へと戻ったルカたち。
怪訝な顔をするルカと、大爆笑しているグラク。その様子に苛立ちを隠せないらしいキアラは、ギリギリと歯ぎしりをしながら二人を見ていた。
<#30 目線を変えてものを見直すこと >
「貴族様相手にクニクルス産の紅茶出したんだろ?そりゃ無礼にも程があんだろ!」
ゲラゲラ笑うグラクは、ルカの私室の高級な椅子にどっかり座って足を広げている。およそ護衛の兵士には見えない素行の悪そうな態度は、ルカではなくキアラの琴線を引っ掻き続ける。
「ルカ様!なんなんですかこいつは!主人にとっていい態度ではありませんよ!」
「俺はローワン公爵に仕えてっからいいんだよ」
「ルカ様は婚約者ですよ!」
「まあキアラ落ち着いて」
犬を宥めるように両手で制するルカ。そんな様子を鼻で笑うグラク。
「よく言うぜ、お前がクニクルスの茶葉使って出したんだろ?身分分かってねーのはお前の方だと思うぜ」
「っ……!」
本人の意図に反して、客人に対し、主人に謝罪をさせたキアラ。もちろんそれを気にしているキアラに今の一言はてきめんで、悔しげに顔を歪める。
「やってしまったものは仕方がありませんよ」
「ルカ様……申し訳ありません、もっと気をつけるべきでした……」
「まあ今後は私も気にかけるようにしますから、気を落としすぎないように」
「はい……」
「それはそうとして……キアラ、あなたそろそろメイド長の元へ戻らなくてはならないのでは?」
「あっ!」
来客の対応があったため臨時で抜け出していたキアラ。天気のいい今日は洗濯日和で、メイド総出で洗濯をしていたのだ。それを思い出したキアラは慌てて部屋を出ていく。
それを見送り、ルカは小さく息を吐いたあと、ゆっくりとグラクの方を見た。
「お尋ねしたいのですが。クニクルスは魔物との混血が多いことで忌み嫌われている、という感覚で間違いありませんか?」
「おまっ…それも知らねぇのかよ……クニクルスって言やぁ俺たち平民よりもずっとひでぇ扱い受けてる国さ。出稼ぎに出てきたクニクルス人が奴隷どして働いてるのはよく見る」
「混血だから?」
「まあそうだな、オーデル教の信者は特に嫌ってる」
「オーデル教……?」
どんな世界も宗教というものは存在する。その頂点に君臨するものが神でもなんでも……世界の住人たちが心の安寧を求め作り出す宗教は、時に平和をもたらし、時に戦争を引き起こす。正しく諸刃の剣。ルカはそう感じている。
「無宗教か?お前」
「まあ」
「あー……ならよ、親父の方が詳しいぜ。親父、よく聖書読んでっから」
「では交代して来てください」
「わかった」
部屋の外に立たせていたバルを呼べば、少し気だるそうながらも応じて部屋に入った。交代するようにグラクが部屋の前に立ち、他の人間が入らないよう監視する。
「オーデル教について教えていただけませんか」
「……存在も知らないのか?」
「存在は知っています」
今さっき知った。とは言わず、ルカはじっとバルの顔を見る。
「そんならオーデル様とフレイド様は知ってるだろ?この国の創生の話で出てくる聖なる方々の……」
「……ああ。」
そういえばキアラに持って来させた本の中に、そんなお伽話があった気がする。詳しく名前は書かれていなかったが、宗教の名前になる程有名らしい。
「不毛を憂い大地に生命力を与えたフレイド様、そして魔力をお与えになったオーデル様。この国じゃオーデル教の方が宗教としては大きい」
「他国もですか?」
「ホワイト王国ほど魔法を重要視する国も珍しいからな、他じゃフレイド教が浸透してるって話だ」
「なるほど」
オーデルにフレイド……ルカはそのふたりの後手後手な対応があたかも神聖かのように描かれた絵本を思い出す。果たしてあの内容で信仰したいと思うものなのだろうか?明確な恩恵は何だ?元の世界でも無宗教だったルカはその“信仰する”という感覚がわからない。
「オーデル教で魔物はどういった扱いなのですか?魔力を与えたのがオーデル様なんですよね?」
「魔物は欲の象徴にされてるな。魔力を独占しようとした卑しい人間が魔物になったと聖書には書かれてる」
「絵本を見る限り、魔力の吸収は受動的なものかと思ったのですが」
「そりゃあおまえ……魔力は他人から奪うしか増やしようが無いだろ?」
「……」
魔法学では、周囲から魔素を集めると書かれていた。それに対し世間一般的には魔力は個人が元々持っている量以上に増えないとされている。この認識の歪みがどう作用しているかはわからないが、ただ少し気持ちが悪い。
「王家はみんな目が紫だろ?ローワン様も薄い紫だ。……だからオーデル教は、王家をもっとも尊い存在として扱ってる。」
「現人神ですか?」
「あら……なんだって?」
「すみません、ええと……王家が神の直系であるとしているのか、です」
「ああいや、そうじゃない。あくまでオーデル様のご加護を受けた、選ばれし一族って話さ。その証拠が目の色と、属性だ。王家は皆、光魔法を得意としてる」
そこまで聞いて、ルカはおおよそ国の全容が見えてきた気がした。魔法を与えた神、オーデルを奉り、自分達が同じ瞳の色を持っていることを主張した。その上得意な属性が光魔法とくれば、擬似的な神格化が完成する。
ただここで問題なのは、魔法学が発展していたクニクルスの存在。
先駆的に魔法や魔物を研究したクニクルスは、何故か今ホワイト王国の属国で見下されている。魔物は強欲の象徴、そんな魔物と共存する道を選んだクニクルスは忌むべき国。そんな国が研究した魔法学を学ぶこともまた、オーデル教が好まない魔族と仲の良い者の手を借りることとなってしまう。
どうにもその薄寒い構図に、ルカは自然と眉間に皺を寄せていた。
「バル」
「なんだ嬢ちゃん」
「あなた方が雇われているのは、国王以外の権力者ですか?」
「……」
今までの和やかな雰囲気とは打って変わり、肌を突き刺すような緊張感が漂う。静かにルカを見る双眼。それを、目を逸らさず見つめかえすルカ。
「……さあな。それは答えられねぇ」
「わかりました。……情報提供ありがとうございました」
ルカはバルを部屋から出し、無意識に握った自分の手に集まる熱に目を向ける。
ふわふわと靡く自分の髪。周囲を舞うように流れるその魔素が、ルカの頬を撫でた。
260804 魔力・魔素の表記ゆれを修正しました




