#29 品性は行動に現れる
ルカが森に入ってから数日。当然森への立ち入りは禁止され、グラクとバルもルカの部屋の前で警備を行うことになった。これならばキアラの目があるため、ルカがグラクたちをそそのかして森へ入ることは無いとセドリックは考えたらしい。
しかし森へ入ることを決めたのは諜報員を見つけるためであったルカ。その目標が達成された今むやみに森へ入る必要はなく、一切の不便を感じない生活を送っている。
「ルカ・モスウッド男爵令嬢!」
「……ご機嫌麗しゅう、ホメオ公爵令嬢」
この、元気なご令嬢が尋ねてくることを除けば。
〈#29 品性は行動に現れる〉
「いい加減、ローワン様との婚約を辞退してくださらない?」
「何度も申し上げておりますが、私にそれを決める権利はありませんので」
来客用の部屋を一室借り、カリーナ・ホメオ公爵令嬢と対峙するルカ。ルカたちの婚約後、元々3日に一度のペースでアシュフォード邸を訪問してはローワンに求婚していたカリーナだったが、どうやら最近は目的の人物が変わってきたらしい。その原因に自覚があるルカは、ため息をつくことも出来ず目の前のご令嬢を見つめる。
「決定権がなくとも進言はできるでしょう。ローワン様はお優しいもの、聞き入れてくれるはずよ」
「多忙な方にこれ以上ご負担をかけるのは、あまりに酷ではありませんか?」
「あなたの奇行のほうがよっぽど負担をかけていると思うけれど」
「……。」
たしかに。
この世界の常識に疎いとはいえ、森への侵入はやり過ぎたと反省しているルカ。だがルカだってこの婚約に前向きな訳ではない。
「ただ、婚約解消についてはすでに進言したことがありまして」
「……どういうことよ」
「私も分不相応なことはわかっていますから、同棲し始めの頃に進言したんですよ。その後は何も進展がありませんが……」
嫌がらせで言ったというのに、この目の前の野蛮な女はそれをすでに実行していたという。
ありえない、という顔でルカを見るものだから、その顔を向けられたルカは困惑している。お前はやれと言っただろう、と。
「あなた……ご自分がなんと噂されているかご存知なの?」
「噂?」
「アシュフォード家は婚約を公にできないほど野蛮な令嬢を迎え入れた。そう噂されているのよ」
「……」
実際このホワイト王国では、婚約は一大イベントでありお披露目するのが通例である。ローワンも謝罪したうえでルカとの婚約発表をしていない。ただそれが自分と婚約したおおもとの理由や多忙のせいであることはわかっているため、ルカとしては異論ないのだが……本人たちが良くとも周囲はそう思わないもので。
「婚約を公に発表しないなんて、相手に相当の問題があると思われても仕方がないことなのよ」
「ですがそれは、私の裁量ではどうにも……」
「でもあなたは十分噂通りだったわ」
「そんな人を蛮族みたいに」
「東の森に自ら入る令嬢がどこにいますか!!」
いつしかローワンと婚約を解消する話から、ルカに対する叱責に変わっている。ルカは薄々それに気づいていたがカリーナは必死である。
そんな温度差のある二人の間に、ティーカップが置かれた。金の模様が美しい浅いカップは飲み口が薄く扱いの難しい高級品。ルカも好んで使うそれに、アッサムとシナモンが混じったようなさわやかな香りの紅茶が淹れられる。
「あら?不思議な香りね……これは?」
「私の侍女の故郷で飲まれているそうです。私も好きでよく飲んでいるんですよ」
ルカのティーカップに紅茶を注ぎながら、嬉しそうにするキアラ。来客中は耳や尻尾を隠しているらしい。しかし尻尾をぶんぶん振っているように見えたルカは思わず目を瞬かせた。
「そのメイドの故郷はどこなの?」
「クニクルスです」
「ブッ……ゲホッゴホッ」
ルカの言葉にむせるカリーナ。まさかそんな反応が返ってくるとは思わず驚いて目を見開くルカだが、紅茶を一口飲んでから声をかける。
「大丈夫ですか?」
「っ大丈夫なわけないでしょう!なんてもの飲ませるのよ!」
「カリーナ様、お口元を……」
カリーナの連れてきた執事がハンカチーフを取り出し、その口元にあてがう。こちらもまた顔の整った男でルカはこの世界の顔面偏差値の高さを感じたが、それよりなぜ咽たかがわからない。毒を盛ったわけではないよな?と思いながらキアラを見れば、それを察してブンブンと首を振っている。
「お口に合いませんでしたか?」
「っあなた正気!?クニクルスのお茶を私に飲ませるなんて!」
「……!」
この言葉で、キアラは理解してしまった。ルカが喜ぶからと出していたこの紅茶は忌避されている属国からの輸入品。誰しもが歓迎するような代物ではない。
「魔物との混血が好む紅茶など飲めませんわ!私への報復のつもり!?」
「あ……あ…っ」
キアラは顔を青ざめさせルカを見る。自分のせいで主人たるルカの顔に泥を塗った。この事実は忠誠心の強いキアラに十分すぎる罪悪感を与える。
しかしルカは毅然とした態度のまま、平然ともう一口その紅茶を飲む。信じられないと言うように目を見開き、嫌悪感をあらわにするカリーナ。執事もまたそれに顔をしかめている。
「報復の意図はありませんでした。美味なものを共有できればと思った次第です」
一切この紅茶を出せなどと指示は出していない。しかしルカは怯えるキアラに目を向けず、冷静に話す。
「美味だから何!?クニクルスのものを出したことに変わりはないわ!!」
「……大変失礼いたしました。すぐに取り換えさせます」
「いらないわ!出されたものを残すほうが無礼だもの!」
「そ……うですか」
今度はルカが意表を突かれた。なんだかんだ美味ではあったのか、紅茶をコクコク飲んでいくカリーナ。その際一緒に出された甘味も美しい所作で食べ、食べ終えると共に立ち上がる。
「モスウッド男爵令嬢、次は客人に出すものくらいしっかりお考えくださいませ!」
「はい、肝に銘じます」
「今日はこのくらいで失礼しますわ!」
執事が扉を開けると鼻息荒く出ていくカリーナ。それを見送っていたルカだが、執事が振り返り口を開く。
「カリーナ様は不器用であらせられるのです。どうかこれからも仲良くして差し上げてください」
「はあ……」
「デュート!早くいくわよ!」
「はい、お嬢様」
愛想のない執事はカリーナの後を追い、部屋を出ていく。
泣きそうになりながら謝るキアラをなだめながら、ルカはカリーナの言動を思い出し思案するのだった。




