#28 ケチをつけられても冷静でいること
「どういうことか説明してもらおうか」
「……ドレイク」
「わり、バレちまった」
呑気に笑う赤髪の男。その奥には笑顔でバチギレのセドリックと、眉間に皺を寄せているローワンの姿があった。
<#28 ケチをつけられても冷静でいること>
「なぜ森へ入った?あなたは以前森で大怪我を負ったんだぞ」
ローワンの声は疲れからか低く、それでいて淡々としている。てっきり怪しい行動をとるなと言われるものだと思っていたルカは一瞬固まったが、ドレイクと横並びでその頭をもたげ、真正面からそれを受ける。
「ドレイクも……お前が一番魔物の恐ろしさを知っているはずだ。どうして行かせた」
「こいつが自分で食いもんを調達してぇって言うもんだからつい……」
「……本当か?」
「……はい」
実際、ルカは今回調達しかしていない。後ろに控えるバルたちの手には赤く熟れたエルマの実がいくつもあり、無事に調達することができたことが見て取れる。
「あなたがドレイクの料理を好ましく思ってくれたことは嬉しいが……エルマの実に寄り付く魔物は弱くない。どれだけ危険な行為をしたかわかっているのか」
「……申し訳ありません」
ルカは今回、明確に悪いことをしている自覚があった。だからこそローワンの叱責を受け入れている。その上身長差のせいか、いつもは凛としているルカが肩を落としているからかわからないが、ローワンに叱られる様子はどうにも婚約者というより親子のように見える。
グラクはその様子を見て気まずそうに息を潜めていたが、ローワンはそちらにも目を向けた。
「お前たちは確か……新しく配属された兵だったな」
「はっ」
「此度は護衛ご苦労。森の魔物は手強かっただろう」
「いえ!我々は当然のことをしたまでです!」
とはいえグラクが戦ったのは一体のみで、大多数を追い払ったのはルカの知識によるものだ。それを言おうとしたグラクがちらりとルカを見ると、ものすごい目力で睨みつけている。それ以上余計なことは言うなと。
「ひっ!」
「?どうした」
「セドリックに怯えているのかと」
「ルカ殿、ふざけるのはおやめくださいませ」
「……スミマセン」
しゅんとして見せるルカに毒気を抜かれたか、ローワンは深くため息をつく。
「はぁ……もういい。今後はこのようなことはしないでくれ。」
「かしこまりました」
「おう!」
「ドレイク!主は今多忙を極められ来客の対応中にも関わらず出向いてくださっているのだぞ!余計な仕事を増やした上その態度は何だ!」
「どのような方ですか?」
「その……」
ルカが何気なく尋ねると、今度は気まずそうに目を逸らすローワン。一体どんな客人なのだとルカが首を傾げたその時、ローワンの背後から少女の軽やかな声が響いてきた。
「変人とは聞いていたけれど、まさかこんなに野蛮な方が婚約者だったなんて!」
「(変人?)」
焦った様子のセドリック、そしてどこかうんざりしたような顔のローワン。ルカがその声の出どころを見ようと体を傾けると、そこにはいつしか見たご令嬢の姿があるではないか。
美しい金の毛を編み込み交じりに束ね、自前であろうウェーブを存分に生かした髪型。白い肌によく似合う淡い青のドレスは下品でない光沢が品の良さを演出している。少しばかり気の強そうな顔立ちの令嬢は迷わずローワンの腕に抱きついて、ルカを睨みつける。ルカよりも低い背のおかげか、睨みつけられた方からはどうしても威嚇する猫に見えた。
「婚約者のお仕事を邪魔するなんてありえないことですわ!男爵家ではそういった最低限の品格すら教えられないのかしら!」
「こちらの方は……?」
「……カリーナ・ホメオ公爵令嬢だ」
「ホメオ公爵……確か南にあるホメオ領の……」
「あら、ご存知なのね。少しは教養があるようで安心したわ」
バサッと大袈裟に開かれた扇子。目線がゆっくりとルカ頭の先から足の先まで観察し、ふんっと鼻で笑う。
「汚らしい……一体どうしたらそんなにドレスを汚すことができますの?」
「洗いやすいものは選んだのですが……」
「そういう問題じゃないわよ!」
カリーナは金切声に近いハイトーンでルカにツッコミを入れる。そしてそのままローワンに子犬のような目線を送った。忙しいご令嬢である。
「お言葉ですがローワン様……このような野蛮な方と婚約されるなんて信じられません!あなたほどの地位と実力、品格も持ち合わせる方が、このような年齢に見合わぬ行いをする者を婚約者にするなんて……嘆かわしい限りですわ!」
「(そういえば)」
忘れがちだが、アシュフォード家は管理する領地が魔物の住む森というだけで、立場は高くローワンも公務を全うしている。その上顔も整っているとくれば、さながら現状は美女と野獣……ルカが野獣だろう、本人にもその自覚はある。
「ああいやですわ、そんな下賤の者と共に森に入るなんて……貴族の風上にも置けないわよ」
「はあ」
「大体ね!婚約は普通歳が下の女性とするものよ、生まれる子供に何かあってはいけないのだから!それに慎ましく当主の後ろを歩くのが令嬢としての品格でしょう!」
「……?」
年齢がある程度若い方が出生のリスクは確かに低いが、ルカの世界では米寿で元気な子供を産んだ例もあったためそのことは頭になかった。この世界の医療技術が高くないことが想像できる。が、そこではない。
「あらあら急に黙ってしまうなんて……もしかして上の階級の私を前に緊張してしまったのかしら?野蛮なくせに可愛らしいのね」
「ホメオ公爵令嬢、そろそろいい加減に……」
ローワンが腕を離そうと身じろぎながら、言いたい放題のカリーナを落ち着けようと口を開いた……その時だった。
「いや、可愛らしいのはカリーナ様だと思いますが」
「……な……っ」
少し遅れて反応したカリーナ。
まさか言い返してくるとは思っていなかったらしく、その顔は固まっている。
そんな様子の少女を前に、ルカはゆったりとした動きで土のついたスカートを持ち上げ、腰を折り頭を下げる。
「カリーナ様のおっしゃられるように私は野蛮で品のない女でございます。しかしながらカリーナ様……恐れながら加齢は平等に訪れます。
あなたさまも将来私と同じ年齢を迎えるのだということだけは申し上げておきますね」
「っひぃ……!」
笑みもなくうっそりと言ったその言葉。ルカの声はカリーナを恐怖させ、金切声のような悲鳴をあげて逃げさせた。器用にヒールで走り去っていく様子を見てルカはハッとし、顔を抑える。
つい先程まで仕事をしていたものだから、そのテンションのまま話してしまった。やってしまったなと後悔する中、ブフッと吹いたのはどこの竜人か……。
もろに真正面からルカの様子を見ていたローワンは固まっており、セドリックはドレイクの頭を叩く。後ろに控えるグラクたちは、つい先程自分たちがされたことを思い出し、顔色を悪くさせている。
まさに地獄絵図。その状況を作り出したルカは、静かに天を仰ぐのだった。




