#27 多くは望まないこと
「お願いがありまして……私と取引してくださいませんか?」
「……取引しろ、の間違いだろ」
「そう聞こえるならば、それで」
ダガーナイフを構え続け、人質を盾にするルカ。
およそ令嬢には見えない女の冷たい目に、男は冷や汗をかいた。
<#27 多くは望まないこと>
「……取引の内容は?」
「っおい親父!乗るのかよ!」
声を荒げる兵士を偽っていた男は、やはり目の前の男の息子だったらしい。ため息をつかれたことが余計勘に触ったか、ナイフが首元に刺さるのを気にする暇もなく叫ぶ。
「ふざけんな!こんななよっちい女一人ぐらい……」
「そのなよっちい女に油断して無様に盾にされてるのは誰だ、バカ息子」
「っ……!」
ギリ、と奥歯を噛みしめ悔しがる男。ルカはそれでもなお動じることなく、腕の力を抜かない。
「今ので分かったと思うがな、そいつは俺のせがれだ。……せめて目の前で殺すのは勘弁しちゃくれねぇか」
「交渉に応じていただければ」
「はっはっは……情には流されねぇか」
「今のところ情が湧かないので」
「……恐れ入ったよ」
降参だと両手をあげれば、ルカはより強く息子の首にナイフを突きつける。まるで“一切信用していないぞ”と言っているようなその行動は、場数の多い男も中々見ない非道ぶりだ。
「では交渉内容なのですが……あなた方には今後、二重スパイをしていただきたいなと」
「俺たちの雇い主の情報を渡せってか?そらあできねぇ相談だな」
「あ、いえ。そこはどうでもいいです。どちらかというと、他に聞けない情報を教えていただきたくて」
「どうでもいいだと……っ雇い主よりデカい情報なんて俺たち持ってねぇよ!」
「……まあ予想が当たっていたっぽいので、雇い主に関しての情報はもう大丈夫です」
「バカが……」
「は!?なんだよお前ら!」
あの言い方では国王が雇い主だと言っているようなものだ。不服そうな息子を放置して、ルカは話を続ける。
「見ていただいてわかる通り、私相当な箱入り娘でして。世の常識に疎いんですよ」
「……それで?」
「ですから……
貴方たちの正体を公爵たちにばらさない代わりに、今後私に、この世の常識を教えてくださいませんか?」
先ほどまでの身のこなしは、明らかに令嬢ではなく戦闘員だった。そのうえ冷酷さも持ち合わせている。……それなのに、知りたい情報は常識だと言う。そのちぐはぐさが余計にルカの正体を掴めなくさせ、二人は混乱した。得る恩恵に対し、与える情報が軽すぎると。
「……ふざけてるわけじゃねえんだよな?」
「もちろん。……ああただ常識を教えてもらっていることに関しては黙っていてほしいですね。面倒なので」
「そりゃあもちろん飲むが……しかしいいのかそんなことで?俺たちは命を握られてんだぞ。もっとデカい情報を求めたって……」
ルカは首を振った。そんなものは不要であると。
「そのデカい情報を握って損するのは私ですから。余計なリスクはいりません」
「……意外と堅実なんだな」
「心外ですね、私は臆病者ですよ」
「ふっ……そうかい」
面白そうに笑う男。ようやくルカが腕の力を抜くと、ぐっしょり汗をかいた息子はその腕の中から飛び出し、父親の近くに逃げた。怒っているような恐れているような顔は、ルカを睨みつけている。
「この交渉、引き受けてくださいますか?」
「わかった、わかったよ。息子も返されちゃ俺に拒否権はねぇ。さあ、聞きたい事何でも聞いてくんな」
「親父!」
「てめえは黙ってろ。……俺たちは生かされたんだ、この好意を無駄にしちゃいけねぇ」
「ッ……何者なんだよ、お前」
「……箱入りの男爵令嬢ですよ」
ではさっそく、と切り出したルカ。その目は、先ほどまでの冷酷さを失い、新しい本を読む子供のように輝いた。
・
「お前……本当に何者なんだよ!」
「すみません、常識に疎くて」
「疎いとかじゃねえよ!馬鹿かお前!魔法の属性なんてそのへんのガキでも知ってるわ!!」
ギャアギャアと騒ぐのは、アシュフォード家に潜伏する諜報員である男(息子の方は名前をグラクという)。対していたって真面目に聞くのはルカ。ドレスの汚れも気にせず座り、グラクの暴言にも屈しないどころか無礼だとも咎めない懐の広さはさすがである。
そんな二人を眺める無精ひげの男(こちらはグラクの父で、名前をバルという)はぷかぷかと煙草の煙を吐いており、最初に見せたような非力な男の印象は消え去っている。
「いいか一回しか言わねぇぞ!この世にある魔法の属性は全部で7つ!光、闇、土、火、水、雷、風だ!王族は大体光属性で、俺たちみてぇな平民で属性魔法を使える奴はほとんどいねぇ。魔法論とかいうのを勉強すりゃ使えるって噂だが、そんな金も時間もねぇ。文字だって読めない俺たちが、魔法なんて使えるわけがねぇ。だから属性魔法は貴族のたしなみってやつだ」
「なるほど」
勉強になるな、と純粋な顔をされるものだから、グラクはやりづらそうにしている。
「お前な……マジで分かったのかよ」
「7属性あって使用者はほとんど貴族か、まれに平民にもいるんですよね?」
「……そうだ。そんでお前が言う魔法学ってのはめちゃくちゃ古い……えーと……」
「概念な」
「それだ!観念!」
「……」
頭を抱えるバル。グラクに変わり、その口を開く。
「魔法論は、貴族が魔法を使うようになってから生まれたんだ。その前まではクニクルスの学者が研究した魔法学だけが魔法についての学問でな。……だから魔法学ではクニクルスの第一言語が使われてる」
「……その、第一言語って何なんですか?第何まであるんですかそれは」
「クニクルス語は言語体系が難解でな、第一は古代から使われてて、第三が今じゃ主流らしい。第二も存在はするが……ほとんど第一、第二を使いこなせる奴は生き残っちゃいねぇよ」
「……」
やたらとクニクルスの第一言語を読めることに驚かれたのはそのせいか、とルカは合点がいく。しかしルカからすると形の差は少なく、文字の形状を認識する前に単語として頭に入ってしまうため見分けがつかない。そのうえクニクルス語とホワイト王国の母国語の違いすらもわからず、これはなんとかして隠し通すか覚えるかしないといけないなと反省した。むやみやたらに魔法学の本を読んで魔法を発動させたことを今になって後悔する。
「……学と論では何が違うんですか?」
「そこまではわからん。あんだけ立派な書庫があるんだ、自分で調べてくれ」
「……」
残念そうにうつむいたルカ。まあ平民という時点で貴族社会の常識を教えるというのは難易度が高いのだ。無理もない。
「……ありがとうございました、今日のところはこれで十分です」
ルカが立ち上がり辺りを見渡すと、そこには赤く熟れたエルマの実が生っている。手に取り匂いをかいで、それを躊躇なく口に運べば、リンゴに似た芳醇な香りが口に広がる。
「美味しいですよ、食べます?」
「……そういうのは先に毒味させるもんじゃねーのかよ」
「ああ、そうでした」
うっかりうっかり……なんてわざとらしく言うルカに、グラクは溜息をついた。本当に何者なんだ、目の前の女は。自分たちが嫌悪する貴族らしさの欠けらも無い令嬢は、さっさと目当ての実を吟味し、収穫していく。
「持つの、手伝っていただけますか」
「……わーったよ」
溜息をついて、嫌々ながらも仕事をこなすグラク。こうしてここに、ルカの欲しかった“情報源”が出来上がるのだった。




