#26 大胆さも忘れないこと
「お待ちくださいお嬢様!」
「なんであんなに足速いんだよ……!」
兵士たちが息を切らす中、ルカはヒールのある靴とは思えない速度ですいすい足を進めていく。コンクリートジャングルで鍛え上げられた足が火を噴く中、三人は着実にエルマの実に近づいていくのだった。
<#26 大胆さも忘れないこと>
「(さて、どこで本性を現すやら)」
ルカはエルマの実について事前に調べていた。日当たりの良すぎる場所は好まず、森の中の薄暗い場所で群生するというエルマの樹。もちろんロングホーンも調査済み。視野が広く触覚による空間認知は相当厄介だと書かれていたが……しかし弱点もまた記されていた。そう珍しい魔物ではないのだろう。
ご丁寧にどんな調理方法が適切かまで書かれていたので討伐後食すまで試した猛者がいるということだ。
……ちなみにルカは虫を食すことにはしっかり抵抗があるためごめん被るわけだが。でもエビは好きだ。
「お嬢様ぁ!お待ちください!」
「(一人は本気、一人は……ありゃ演技臭いな)」
自分を弱く見せるのは潜伏操作の基本。警戒心を解くには、相手よりも下だと思わせることが大事である。それが兵士として潜入した者にとって得策かは知らないが……少なくともルカがたまに使う手法なため、下手な演技はすぐにわかる。
荒い息遣いにしてはリズムの崩れない軽快な足取り。移動に手いっぱいで利き手を木につけながら移動している兵士に対し、常に左手を鞘に添えるその所作は手練れと見受けられる。
流石に元王国騎士団員が二人もいる屋敷への潜入だ。相手も手練れをよこしているらしい。
「もう少し奥に進めばあると思うんですが……」
ふう、なんて少し息を吐いてやれば、それを冷静に見る目がルカを捉える。
だがルカはここで戦いたいわけではない。目的は情報だ。
そうやって、ルカを筆頭に森の奥へと進む三人だったが……ふと奥から聞こえてきた轟音と、髪をなびかせるほどの風によって足を止める。
ヘリコプターかと思うほどの轟音はルカと同じサイズの体から発せられており、一体ではなく複数の個体によって作り出されている。木の奥から見える鈍い光がその個体数を見せつけ、抗えない嫌悪感を刺激した。
「ひ、ヒイィ!!」
「!」
兵士の一人が逃げ出し、もう一人は剣を構える。手練れに見えた兵士だ、さすが反応が早いとルカは感心する。
しかしそんな関心など他所に、ロングホーンは迷いなくルカ達に迫る。バラバラと轟音をかき鳴らし、そのまま突進して…………
「……!」
その時先陣を切っていたロングホーンの体が真っ2つに割れた。ルカの目の前で割れたそれは兵士の手によって切られており、右手に握られた剣には体液と思しき粘着質な液体がついている。
「お逃げください!!」
「……」
ルカはその言葉に驚いて目を見開く。しかし兵士の頭上に現れた影を見た瞬間、そのドレスの裾をたくし上げ、隠し持っていた液体入りの瓶をその巨大な虫めがけて投げつけた。
兵士の体を抱え込むようにしてその場から離れると、焦げるような匂いが二人の鼻をつく。同時にロングホーンの目元が解け、金切り声に似た声が発せられた。その声を聴いた瞬間ぶわりとムスクに似た香りがあたりを包み込み、後続のロングホーンが方向を変えその場を離れていく。
顔が解けたロングホーンもまたその場から逃げるように離れていき、あたりには芳醇な香りと、リンゴのような赤い実……エルマの実が実った木だけが残っていた。
「今のは……」
「……ロングホーンは飛翔能力が弱く、突進によって攻撃を仕掛けてくると文献で読みました。警戒臭を発するとも書かれていたので、一体撃退すればほかの個体も離れていくかなと思いまして」
淡々と説明するルカの腕の中、目を見開いている兵士。まさか保護対象である人物に助けられるとは思ってもみなかったのだろう。同時にこんなにも密着することになるとは思っておらず、身動きが取れないでいる。
「お、お嬢様……そろそろ離していただけませんか……っ」
「離してほしいですか」
近づく顔。ルカの整った顔立ちにたじろぎながらも、兵士は口をわなわなと震わせ言う。
「婚約者がいる女性が何を……」
「では」
もうすぐ鼻が触れてしまうかもしれない。そう思う位置まで顔が接近した……その時。
兵士の首に、冷たさが走る。
「もうお一方が出てきてくだされば、離してさしあげます」
・
ぎらりと光ったダガーナイフ。およそ令嬢が持っているものではないが、兵士はそれに見覚えがあった。なにせ、自分が懐に忍ばせていたものと似通いすぎている。同時に自分の胸元にあったはずの感覚が無く、それが自分の物であることを理解してしまった。
「なに……を……」
「どうされますか、私は隠れたままでも構いませんが」
顔は目の前の兵士を見つめたまま、冷たい声で逃げた兵士に語り掛けるルカ。しばらくの間沈黙がその場に流れたが……ガサガサと音がして、足音がルカと兵士の耳に届いた。
「いつから気づいていた」
とても先ほどまで息を荒げ、必死に歩いていた兵士とは思えないその風格。くるりと体制を変えて兵士を盾にしたルカは、引き続きその首筋にナイフを宛てがい出てきた兵士を見据える。
「本当に仲間だったとは」
「……なんだと?」
「カマかけてみるもんですね、引っかかっていただきありがとうございます」
ぺこりと律儀に頭を下げたルカに対し、兵士は拍子抜けと言った顔でぽかんとする。そしてその後すぐに大声をあげて笑った。豪快な笑い方は、無精ひげを生やした男によく似合っている。
「っはっはっは!こりゃ一杯食わされた!!」
「わっ笑い事じゃねぇよ!早く助けろよ!」
焦る腕の中の兵士は先ほどまでに比べ幼い印象が強く、ルカはその顔立ちの近さから親族であろうと予測を立てた。そんな冷静な様子のルカを見て諦めが勝ったか、無精ひげの男はドカっとその場に座る。
「いやはや怪しいお嬢様だとは聞いてたが……とんだやり手だな。本当に男爵家の令嬢か?」
「らしくないとは言われます」
「らしくない?そんなもんじゃねぇ。あんたは歴戦の猛者だ、違うか?」
「歴戦ではありませんよ、まだまだ若輩者です」
「へえ、そうかい」
ひとしきり笑って満足したか、無精ひげの男は自分で巻いたであろう紙の煙草を出し、火をつける。慣れた所作には余裕があり、それが余計に若い男を焦らせた。体をガタガタと震わせ、なんとか逃げる手立てを探している。
「それで?そんなアンタがなんで俺たちを誘い出したんだ?逢瀬ってわけじゃねえんだろ」
「……」
じっと自分を見つめるルカの黒い眼からは感情が中々読み取れず、かといってふざけられるほどの余裕は無い。無精ひげの男のこめかみに汗が滲んだ頃……ルカはようやく口を開いた。
「実はお願いがありまして……
私と、取引してくださいませんか?」
淡々とした物言いに2人は硬直する。
ルカの持つダガーの刃が、ぎらりと狂暴に光った。




