#25 欺くならば自分から
翌朝、ルカは思考の整理に使った紙からインクを取り除いた。要領はコンソールにこびりついた血を取り除いた時と同じ。生活魔法の応用である。
紙の繊維に染みこんだインクを浮かせインク瓶に戻す作業はかなり骨が折れたが、自分のメモが見られたときの方が面倒だ。ホワイトボードでもあれば良かったが、生み出すためのコンソールが死んでいる。魔法でどこまで何を作り出せるのかもわからない今、一番現実的で証拠が残らないのはこの方法だろう。
ルカはそう自分を納得させている。
「おはようございますルカ様!」
「おはようございます、キアラ、みなさん」
便秘でもしているのか、というような葛藤が少し解決したおかげか、機嫌よさげなルカは薄く微笑む。
その表情に顔を赤くしたキアラたちは、慌ててルカの身支度に取り掛かるのだった。
<#25 欺くならば自分から>
「森に入りたいだぁ?」
「はい」
朝食を食べ終え、その足で厨房へ向かったルカ。キアラはメイドとして仕事があり一時的にルカのそばを離れており、現在厨房の入り口にはルカとドレイクの二人だけだ。
「お嬢様よぉ、あんた元々警戒された理由が森に入ったことだってのに、また入りたいってのは無理じゃねぇのか?」
「無理な話だとはわかっています。ですが……」
いつの間にか呼び方がお嬢様に変わったドレイクは、俯くルカを見て並々ならぬ理由があるのか?と思案する。しかしそんな想像を裏切ってくるのがルカなわけで……
「私も魔物を調達してみたいなと」
「……調達?」
「はい、小さい個体でもなんでも。自分で採った獲物は格別だと思うんです」
「……」
食事を事務的にこなしてきたルカだが、美味なものに全く興味が無いわけではない。むしろ毎日美味なものを食べられることに感謝している。
そしていつもソースもほとんど残さず食べるルカを見ているドレイクだからこそ、この申し出には心を打たれていた。魔物を調達することに臆さないその姿勢……この屋敷でシェフを勤める者として、そして食糧調達も担う者として、この頼みを無碍にはできない。
「……わかった、その頼み俺が叶えてやる!」
「恩に着ます」
「そんじゃあ主に聞いて……」
「待ってください」
「なんだよ!」
上機嫌でローワンの元へ行こうとしたドレイクをルカが止める。
「ローワン公爵は今来客対応中のはずです。……要は私が怪我をしたり怪しい行動をしなければ良い話ですから、私の部屋を監視されている兵士の方に監視をお願いするのはいかがでしょうか」
「兵士にか?」
セドリックが用心して設置した兵士たちの存在に、ルカはもちろん気づいていた。そして同時に、ローワンに対し執念に諜報員を送る相手ならば、この屋敷に現れた自分のことも情報を流すだろうとも。
「俺は構わねぇが……もしバレたらセドがうるせぇぞ」
「大丈夫です。元より妙なことをするつもりはありません」
ただコバエを炙り出すだけだ。ルカはそこまで言わなかったが、ドレイクはルカをある程度信頼しているらしく、兵士に話をつけてくれると言う。
ルカの部屋の真下に控えるようにいた兵士を見つけ、ドレイクが声をかけると、後ろについてきていたルカの姿に酷く驚いた顔を見せた。二人いるうち一人は特に緊張したような顔を見せており、ルカはそれに気づかないふりをしたままドレイクを見る。
「お嬢様がな、森に入りたいらしい。俺も今忙しいんでついでに食料の調達を頼んだんだ。お前らも手伝ってくれ」
「し、しかしドレイクさん……」
「あー……お前らが監視を頼まれてんのはわかってる。お嬢様が森に入るのが良くねぇってこともな。
でも大丈夫だ、こいつは変な真似はしねぇ!俺が保証する!」
まさかの主人の婚約者をコイツ呼び。ルカは気にしないがセドリックが聞いいてたらドレイクの頭に拳を叩き込んだだろう。兵士もまた顔色を悪くしている。
「んじゃ、よろしくな!」
「待ってくれドレイクさん!ドレイクさーーん!!」
「……行っちまった……」
呆然としていた兵士ふたりは、ちらりとルカの方を見る。
ドレスのよく似合う妙齢の女性。とても魔物が現れる森で無事ではいられなそうなその見た目に、兵士たちはため息をつくのだった。
・
「そこまで深いところへ行くつもりはありませんから、大丈夫です」
無表情に近い、何を考えているかわかりにくい顔でお嬢様は言った。つい1か月ほど前、旦那様が婚約者として招き入れたこの方は、一度森に入り“魔の者”と対峙したという。その際かなりの重傷を負ったと聞いたが……。
「……ルカお嬢様、今回はまたどうして森に……?」
「先日食べたエルマの実が本当においしくて、ぜひ自分で採りたいなと」
「エルマの実、ですか」
エルマの実は、少し奥まった場所に生える樹木に生る実だ。採取のしやすさと採れる時期の広さから、シェフのドレイクさんもよく使っている食材だったはずだが……しかしそれを採りに行くのは正直現実的じゃない。
「本当に行かれるのですか?」
「?はい」
「……恐れながら、エルマの実を採るには魔物の討伐がセットです。お嬢様には荷が重いかと……」
あの実を好むのは俺たち人間だけじゃない。周辺に住む“ロングホーン”がエルマの樹を守っている。
「ロングホーンは巨大なカミキリムシに似た魔物です。我々だけで対処できるか……」
「カミキリムシ……」
お嬢様は少し考えるそぶりを見せた後、パッと顔をあげて一言。
「まあ、何とかなると思います」
さっさと森の奥に進んでいくお嬢様。俺たちはその後ろを急いでついて行くしかなかった。




