#24 相手の裏をかくこと
「今まで諜報員はどう処理してきたんですか?」
「ゲホッ」
いつも通り夕飯に舌鼓を打っていたローワンは、ルカの言葉に大きく咽る。
「っ急に何だ!」
「すみません、ただ気になっただけなんですが……」
「ゴホンッ……夕食の場で聞くことなのか、それは」
「夕食の場でしかお会いしませんから」
何が悪いのか全く分からないというふうに、ルカは料理を口に運ぶ。今日は牛のような肉を出され、そのほろほろと崩れるほどの柔らかさを堪能している。
「気分のいい話ではないぞ」
「公爵が気にされるのであれば無理にとは言いませんが」
「……セドリック」
「はい」
口元を拭うローワン。後ろにいたセドリックを呼ぶと、引き受けましたという顔で頭を下げる。
「婚約者としてアシュフォード邸へいらっしゃっておよそ1か月……こちらもそろそろお話しなくてはと思っていたころです」
にこりと浮かべられた胡散臭い笑みは、ルカの後ろに控えていたキアラの背筋をうすら寒くさせる。
「それではお話させていただきます」
セドリックの堅い声に反応するように、魔石の光が揺らめいた。
<#24 相手の裏をかくこと>
「主が養子としてホワイトからアシュフォードの姓を名乗るようになってからというもの、諜報員が従者や客人に紛れるようになりました」
以前キアラが口走った話だ。そこに同席していたセドリックも、ルカがその話を聞いていたのを知っている。
「セドリック、確認しても良いですか」
「どうぞ」
「それは……明確に誰からの刺客かは分かっているのですか?」
キアラが肩を震わせる。セドリックはそれを見て、ふるふると首を振った。
「いえ、これまで口を割った者はおりません」
「……そうですか」
キアラは以前、諜報員は国王からの手先だと言った。しかしそう易々と決めつけられるようなものなのか……ルカは少し疑問に思っていたのだ。国の最高権力が送る刺客ならば、簡単に口を割らないのではないかと。
「では何故諜報員だと?」
「我々の目を盗み情報を流している現場を抑えたためです。……キアラは、そういった匂いをかぎ分けるのが得意ですから」
「すごいですね」
「光栄です!」
えへへ、と嬉しそうに笑うキアラに、ルカは少しほだされる。
「だからキアラをわたしにつけたんですね」
「は、」
はい、と答えそうになったセドリック。あまりにも自然にルカが言うものだから、流されそうになった。そんなセドリックを睨みつける薄紫。咳払いをして立て直す。
「か……彼女が一番メイドの中では腕が立ちますから。婚約者様に何かあっては」
「面目がつぶれる」
「そっ……んな理由ではございません!もちろん身の安全のためでございます!」
「そうですか」
さして興味が無いような返事に、セドリックは妙な汗が噴き出る。やはりこの女は食えない。食えないどころかのせられ、まずいことまで口走ってしまいそうになる。
すべてを見透かすようなその目にたじろいでいると、状況を見かねたローワンが口を開いた。
「私の腹心であまり遊ばないでくれ」
「?……すみません、そういった意図はありませんでした」
失礼しました、と簡単に謝ったルカ。セドリックも慌てて頭を下げる。
「しかし大変ですね。……処理はどなたがされているんですか?」
「それは……」
「俺かキアラだな」
「ドレイク!」
セドリックが声を荒げる。ルカの後ろから近寄ったドレイクは、空になったルカの皿を下げ、代わりに木の実と金箔が美しくちりばめられたケーキの皿を置く。
「エルマの実のコンポートだ」
「(リンゴに似てる……)」
「ドレイク、突然ルカ殿に声をかけるな!無礼だぞ!」
「なんだよセド、お嬢様がこの前気にすんなって言ってくださったんだぞ?」
な、と確認を取るようにニカッと笑うドレイク。ルカが一口コンポートを口に含み頷くと、満足そうにする。
「(おいしい……)」
「だがよぉ、なんでお嬢様は急に諜報員の始末なんて気にしてんだ?もしかして自分でやりてぇのか?」
「ど、ドレイクさん……セドリックさんの顔が怖いことになってます……!!」
何を言っても聞き入れないドレイクに苛立ちをあらわにするセドリック。そんな空気をものともせずゴクンと喉を鳴らしたルカは、ドレイクを見据えて言う。
「いえ、興味本位です」
「……ふーん、そうかい」
ドレイクはそれ以上何も聞くことなく、しかし着実に減っていくコンポートを見て機嫌よくする。
そしてルカはそれ以降黙々とデザートを食べ、口元をサッと拭くと立ち上がった。
「ごちそうさまでした、今日もおいしかったです」
「おう!食いてぇもんがあったら言えよ!」
「あ、でしたらアイアン・ラムが気になっていて……」
「わかった!調達して料理してやる!」
「ドレイク!いい加減にしろ!」
「セドリック、お前も落ち着け」
少し騒がしい夕食時。自由奔放なルカはセドリックたちを放置し、キアラと共に私室へと戻る。
その間キアラはルカの聡明な顔をチラチラと見て、再び褒めてもらえないか機会をうかがっていたが……ルカがそれに気づくことは無く、私室に到着し気づけばキアラはしおしおに落ち込んでいた。
・
「バレなきゃいいのでは?」
カリ、とペン先で紙をひっかく音を鳴らしたと思えば、それを皮切りにハッとするルカ。寝間着に着替え、思考の整理をするべく紙に様々文字を書いていると、いつも通りすっかり夜が更け、現在の時刻は午前1時。窓から見える森は相変わらず薄気味悪い雰囲気が漂っているが、ルカにとっては大きな問題ではない。
それよりもルカの頭を埋めるのは、この屋敷に現れるという諜報員の存在である。
キアラは明確に国王からの刺客だと言っていたが、セドリックの反応を見るにそうとは断言できないようだった。それにキアラはクニクルスの生まれであり、元々ホワイト王国の属国であるクニクルスの待遇はあまり良くない……と、これまで読んだ歴史の本を通してわかる。キアラが、ルカがクニクルスの言語を理解できると知った時の反応からもおおよそ想像がついたことだ。
だとすれば国に少なからず不満を持っていることはわかるし、自分が慕う主を養子に出した国王のことは好きではないだろう。となれば正常性バイアスがかかるのも頷ける。
ただこれが、キアラの妄想ではないとしたら?
キアラはなんだかんだ疑り深く、事実をしっかり確認できる子である。感情的になってしまう部分はあるだろうが、火のない所に煙は立たない。つまり……
「良い情報源が勝手に近づいてくるってことだ」
ルカはたびたび漏れ出る悪人面でニタリと笑う。
仕事をしないとは決めたが、自分の住処となるアシュフォード家が平和でなければ自分の隠居生活は成り立たない。ならば不安要素を摘み、同時に情報収集を行えば良い。誰にもバレなければ自分が影響を与えたことにはならないし、せいぜいコバエがいなくなったくらいの変化だろう。しかも諜報員を送っている側が公に文句を言えないのもポイントが高い。
それに……
「……まあ、衣食住面倒見てもらってるし」
ちょっと負担を減らすぐらい、いいだろ。
散々葛藤した末に、ルカは腹を決めたのだった。




