#23 ON/OFFをはっきりさせること
「おはようございま……キャア!?」
「……おはようございます」
どうしたんですかそのお顔は!?
そう叫ぶキアラと、後ろでざわつく身支度の手伝いのためについてきたメイドたち。
ぽかぽかの日差しが部屋を照らす中、人を一人くらい殺していそうな酷い顔をしたルカがキアラたちを出迎えた。
<#23 ON/OFFをはっきりさせること>
「(結局眠れなかった……)」
ローワンと話をした翌日。結局あの後ルカは一睡もしないまま、部屋に置かれた椅子に腰かけていた。
丸い天板の装飾が美しいテーブルには裏返された紙束があり、一緒に本が置かれている。
「何かお勉強をされていたんですか?」
「……まあ」
ルカは、いまだ慣れない他人の手を借りる身支度にくすぐったさを覚えながら、視線を逸らす。
勉強などしていない。紙にはおびただしい文字数の“管理官規定”が書かれてあるだけだ。まるで写経ともいえるそれは、ある程度ルカの頭を冷静にする役割を担い、代わりに睡眠時間を奪ったらしい。
「寝不足は美容の大敵ですよ!」
「おっしゃる通りで……」
顔に化粧を施していくメイドが、少し怒ったような口ぶりで言う。手慣れた手つきで顔のクマを消されていくのを見ながら、ルカはふと、あることが気になった。
「……そういえば、ローワン公爵は化粧を施されているんですか?」
昨日見たローワンの顔。そこにははっきりと隈があり、薄暗い照明によってできた陰ではないことは明白だった。だから化粧をしたのではないかと考えたルカだったが……メイドたちは顔を見合わせる。
「その……あまり公にはしていないのですが、セドリック様に施すように言われておりまして……」
「セドリックが?」
「はい……」
聞けば、来客の多いローワンが隈を晒していては、いつ弱みを握られるかわからないと判断したらしい。そのためコンシーラーを塗っていると。まあ確かに印象も随分変わるので賢明な判断だと思われる。
「で、ですが!そういった癖のある方ではありませんので!」
「……癖?」
「その、女性らしく……と言いますか……」
「……ああ」
そういえばスラックスを着た時、セドリックに「男装か」と聞かれたことを思い出した。往々にしてあることだが、自分のいた世界と異世界では文明の発達と同時に性別に関する価値観も変わる。この世界では恐らく異性の身なりをすることへの抵抗感が強いのだろう。なんとなくそれを察したルカは頷く。
「大丈夫です、身なりを整えるためであることはわかります」
「ルカ様が聡明な方で本当によかったです……」
ほっと一息吐くメイド。特段そういったものに抵抗のないルカは、鏡に映る自分をぼんやりと見ながら考える。
誤解を招くかもしれない化粧を施してまで来客対応をしなくてはならない環境……そして以前キアラが言っていた“諜報員”の話……アシュフォード家の養子となったローワン公爵は、相当敵が多いらしい。気の抜けない立場かつ多方面から止め処なく降りかかる仕事の多さは精神をゴリゴリと削ることだろう。
「(……子ども扱いするな、私)」
流石に彼も自分の許容量ぐらいわかっているはずだ。
ルカは化粧を施されながら、その眉間にしわを寄せるのだった。
・
ここ最近、頭が働かない。
ルカ・モスウッド男爵令嬢を迎えてからというもの、噂を聞きつけた者が押し掛けるようになった。
元々多かった来客の対応はさらに増えて、そのうえ無くなると踏んでいた婚約話は留まることを知らず、ついには賄賂を出す者も増えてきた。
王家から公爵家へ養子に出されたとはいえ地位はあるし、金銭も、森の管理を行う報酬としてほかの公爵家よりも幾分か多くいただいている。……婚約者である彼女の反応を見ているとどうにも忘れがちだが、客観的にみれば中々の優良物件だろう。まさか婚約の噂が流れても尚婚約の話が絶えないとは思わなかったが……。
「だったら早く披露の場を設けるべきでは?」
「……お前は反対していたと思ったんだがな」
来客の対応が始まるまで時間があり、私はセドリックの用意した紅茶に口をつける。キアラが婚約者のために用意したらしい茶葉だが……スパイスがよくきいていて目が覚める。コーヒーには飽きていたので、なかなかいいなと舌鼓を打っていると、セドリックがじとりと半目で私を見る。
「反対するにきまってるでしょう。侵入者として追っていた相手を婚約者に迎え入れるなんて話……いまだに私は彼女が怪しいと思っていますよ」
「キアラとドレイクは随分打ち解けたと聞いている」
「あれは単純すぎるんです!全く、これまでの諜報員にだって気づけないまま……」
セドリックはそこで言葉を止める。
「主……あなたは魔の者とルカ殿の関係を怪しんでおられましたが、この1か月ほど、彼女の行動と魔の者の出現に因果関係は見られておりませんでした」
夜な夜な執務を行う私の代わりに、セドリックは巡回兵と共に魔物、そして魔の者の状況調査を行っていた。その中で分かったのは、彼女の侵入後もこれまでと同じように魔の者が確認され、元の生態系を荒らしていたこと。
婚約者の部屋はわざとらしく森に近い方角に置かれ、脱出も容易な場所だったのだが、監視していた兵からは一切脱出する様子は見られなかったと報告が上がっている。まだ1か月とはいえ、あの身体能力を持つ彼女が脱出を試みないというのは、ある程度の信頼につながってくる。しかし……。
「ですが彼女は聡明です。こちらが警戒を続けていることには感づいているでしょうし、昨晩の徘徊についても脱出経路の確保か、もしくは別の企てのための行動とも読めます」
「……疑いすぎじゃないか?」
「いいえ主。これはわが父の教えですが……緊張状態の中で警戒心をあらわにせず、反射的に動かない者は、戦況をひっくり返すほどの手腕を秘めています。彼女にはこのほかにも爆発的な魔力放出の才能と、令嬢にしてはあり得ない体術スキルがあります。……過ぎたるは猶及ばざるが如しですよ、主」
「……」
セドリックの言うことは最もだ。ここが戦場だとすれば真っ先に警戒すべき者だろう。戦場でなくとも警戒は必要だ。なにせ彼女は自ら森に入り、魔の者に接触している……私たちの知りえない情報を何か握っているかもしれない。
「とにかく彼女については引き続き警戒を続けますが……主が彼女を利用してやろうというのなら、披露の場を設けることは頭に入れておいてくださいね」
「……そんな暇がないだけだ」
「重々承知の上です」
痛む頭をおさえていると、ノックの音が思考を止める。
「アード伯爵がお見えです」
「今行く」
連日入れ代わり立ち代わりに訪ねてくる客人たち。
一体どんな無理難題を言われるのか……気の重さをごまかすように短く息を吐き、私はジャケットに袖を通した。




