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はざまの苦労人~異世界管理業務、できなくなりました~  作者: わぎり
Case3 隠居生活、目指してました
22/38

#22 自分の意志を貫くこと

「申し訳ありませんルカ様、ただいま急いでおりますので!」

「え?」


 慌てて、しかしそれを気取られぬように競歩で隣室へ移るセドリックとローワン公爵。

 その様子をぼんやりと眺めていたルカは、キアラに案内されるまま自室へと戻るのだった。




 〈#22 自分の意志を貫くこと〉




 

「なんですかあれは」

「いつもあんな感じなんです……」



 ところ代わり、無理やりというふうに戻されたルカの自室。キアラに紅茶を出され大人しく飲むと、以前飲んだものとは違う……どこかチャイにも似たスパイスの強い香りが鼻をくすぐる。



「美味しいですね、これ」

「よかったぁ……これ、私の村で採れるスパイスを使ってるんですよ!」


 嬉しそうに話すキアラのしっぽは相変わらず揺れており、なんなら今朝よりも激しいその振りによって毛が舞っている(ルカが動物アレルギーだったら発狂していただろう)。


「おかわりもありますからね!」


 そう言って容赦なくお茶を注ぎ続けようとするキアラに静止をかけながら、ルカは話題を戻す。



「……ところで、あの客間はいつも満員なんですか?」

「うーんと、全部で12あって、午後にいらっしゃる方々をあわせると確か……どの部屋も2度ずつ使われているかと!」

「……」



 一日のうちに来客が24件だと?ルカはそれを聞いて絶句する。

 何せ自分も来客対応に追われる日があったが、その時でも精々5件だ。

 部署を構えている訳でもないにも関わらず、当主が従者1人と共に対応するには多すぎるその数。ルカは思い切り眉を顰める。



 

「(って……だめだ、何考えてんだ私)」



 自分は優雅に何もしない人生を送ると決めたのだ。

 コンソールが直らない今、私には転機が訪れている。誰になんと言われようと私は仕事をしない。とにかく好き勝手に生きて誰からも仕事を振られないような人間になる。絶対に。


 独身貴族がダメになったなら、目指すは隠居生活だ。

 キアラのいれる紅茶を飲んで、ドレイクの作る料理を食べて昼寝もする。最高だ。そうしよう。私は働かない。首を突っ込まない。



「……キアラ、おかわりをお願いできますか」

「喜んで!」



 相変わらず天気のいい空は、森の木をより青く見せる。

 すぐ足の届く場所にあの化け物がいることを理解しながら飲む紅茶は、どうにも私の焦りを加速させた。





 ・





 あくる日も、そのまたあくる日も、私は何もしないことに努めた。食べては寝て、たまに屋敷内を歩いて。

 キアラはもちろんその都度着いてきたが、疑わしいような行動が見られないからかキアラも若干警戒が薄れてきているのを感じる(いいのかそれで)。


 でもいい調子だ。こうして何もしない日を過ごしていけばいずれ私は隠居生活に——







 


「ハッ」



 気づけば辺りは暗く、魔力を込めた魔石の光がゆったりと室内を照らしている。

 

 ついさっきまで見えていたはずの月明かりは、なりを潜め……今手元にあるのは魔の者の血がこびりつくコンソール。開かれた本には、〈生活の中で使う民間魔法〉の文字。……お察しの通りコンソールの清掃中である。



「何してんだ私……ッ」



 き、聞いてください。ちょっとやることが無くて、眠れなかったから手をつけただけなんです。どうせ汚れを取っただけでは直るわけが無いし……だから書庫にあった魔法学の本の中から〈しつこい汚れを浮かせる魔法〉を見つけ実践していただけで……。



「いや……いやいやいや、直ったら社畜生活まっしぐらだぞ私……大体にして1回壊してるんだから絶対始末書だし、それにこんなとこ見られたらまた色々疑われて面倒に……」



 慌てて顔を上げ、周囲の音を聞く。しかし足音なんかは聞こえず、念の為扉を開け窓を開け、カーテンの裏なんかも確認したが誰もいなかった。ひとしきり探し回った辺りでほっと息をつく。



 

「リスクを犯してまでやることじゃないだろ……」


 そりゃあ、魔法で直せるかもとは思った。でも直った先のことを考えるのを忘れていた。直れば社畜に逆戻り……この転機をみすみす無駄にするところだった。


 

「よっ……と」


 私は、ポロポロと取れた血の塊を下に敷いたハンカチに落とし、コンソールを天蓋の上に隠す。こういう負い目のあるものは下に隠しがちだからな……見たところ天蓋と天井の間はあまり掃除されていないようだったので、ありがたくそこを隠し場所にさせてもらっている。



「……2時か」



 この世界は1日を24時間としている上、時計が存在している。小さな懐中時計も存在しているようで、そのうち欲しいなとも思っているが……しかし2時か。この時間まで起きていると正直もう2時間は経たないと眠気が来ない。



「隠居生活といえば……」


 ……徘徊か?

 私はこっそりと、魔石がぼんやりと灯る自室を出た。




 ・




 ヒールのない靴で廊下を歩けば、少し間抜けなペタペタという足音が小さく鳴る。寝巻きとはいえネグリジェほどうっすい生地では無いそれは、ヒラヒラと適度に足元に風を通す。



「(こうして冷静に見るとすごい屋敷だな……)」



 紫が中心に使われている各所の意匠は繊細で、ドアノブひとつ、壁の突起ひとつとっても手の抜かれた場所は見当たらない。ロココやゴシックのような曲線を帯びたそれらは、職人の技が光っており、その上使用人の仕事の丁寧さも見て取れる。1番手入れの頻度が高そうなドアノブは一切の色ムラが無く、腐食や酸化、メッキ剥がれも見られない(メッキ仕上げかはわからないが)。


 

「(この部屋はやけに豪華な扉だけど……)」


 目の前を通ると、ふわりと鼻をくすぐるコーヒーの香りと、扉の下から漏れる淡い光。



 

 

「入ってきたらどうだ」

「!」


 聞こえたのは公爵の声。まさか向こうから声をかけられるとは思っていなかったので、思わず左腕に手が伸びる。コードを打ち込もうとした手がぴたりと止まり、自嘲的な笑いが込み上げた。



「そこにいるんだろう。要件はなんだ」



 どこか気を抜いたような……いつも聞くわざとらしく取り繕った外向きの声に比べ、歳相応のように聞こえるそれは、早く私に姿を表わせと催促してくる。

 このまま去るのはむしろ怪しく見えるか……そう思い、観念して扉を開けた。


 

 するとそこには魔石を()めたであろうデスクライトに照らされ、なにか書類を書くローワン公爵の姿が。

 堅苦しい上着を脱いで、ベスト姿で作業する彼の姿勢の良さ。育ちが良い人間は所作も美しいなと感心する、が……



「明日も早いからと早く寝るように言ったのはお前だろう」 

「(セドリックと間違えてんのかな)」




 疲れていると区別がつかないもんな。課長かと思って話していたのが書類の山だったなんて、私も何度やったことか。



「おい、セドリ……」

「……こんばんは、ローワン公爵」



 シン……と気まずい空気が流れる。ようやく話しかけていた相手が腹心ではなかったことに気づき目を見開いている彼は、目元に色濃く隈を作っている。……もしや今までは化粧で隠していたのだろうか?昼間はここまでひどい隈は無かったと思う。

 そうやってじっと顔を見つめていると、その視線を切るようにバッとそっぽを向くローワン公爵。



「こっ……こんな時間に何を……?」

「寝付けず歩いていたらここに……」

「そう、か」


「「……」」



 再び沈黙が訪れる。その間にもゆっくりと時計の針は進んで……随分大きな時計だ。室内の装飾と少し雰囲気が違うあたり、先代か何かの趣味なのだろうか。良い趣味だと思う。



「いつもこの時間までお仕事を?」

「……昼間は時間が取れないんだ」



 ふと気になったことを聞けば、やはり隈が示す通り一日二日のことではないらしい。完全にキャパシティを超えていそうなその様子は見るに堪えず、いつか体を壊して辞めていった新人のことが頭をよぎる。



「(ここで()が首を突っ込んでしまうのは……)」


 悩ましいのは自分の人生。そして異世界の人間であるという立場。安易に干渉してしまうのは宜しくない。

 しかしこのままにしておけば彼はきっと体を壊す。セドリックやそのほかの従者ももちろん気にしているだろうし、世話をするだろうが……この手の、責任感のあるタイプは根を詰める上隠そうとする。それを私は、痛いほど知っている。



『先輩……俺、この仕事辞めることにしました……』


「……っ」

「?」



 ああ、嫌だ。

 私の悪い癖が顔を覗かせようとしている。


「……お仕事の邪魔をして申し訳ありません」

「あ、ああ」



 私は足早に部屋を出て、扉を閉める。相変わらず静かな廊下には、薄まったコーヒーの香りが漂う。



 

「……管理官規定第12条1項、異世界に転移し業務を行う場合、現地住民に対し業務上許容範囲を超える知的および物理的干渉を行ってはならない」



 今の仕事に就いてから、嫌というほど口にしてきた管理官の規定。私のエゴによってこの世界の住人に不必要な影響を与えてはいけない。

 例えこれによってローワン公爵が体を壊したとしてもだ。私が彼に口を出そうとしたのは単なるエゴ。自分の寝覚めのため。




「……はぁ」



 再び廊下を歩いて、自室に向かう。

 窓の外には、私の決断が愚かだとでも言わんばかりに(またた)く無数の星が光り輝いていた。

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