#21 親しくなったら頼ってみること
魔法制御の実践から一夜明け、ルカは相変わらず精巧な作りの意匠に溢れた部屋で朝を迎えていた。
「ルカ様、おはようございます!」
「……おはようございます……キア……」
「?」
ただこれまでの数日と明らかに違うのは……キアラがより犬っぽいことだろうか。耳と尻尾が見えるような……いや、幻覚ではない。ターコイズ色の耳がぴんと立ち、尻尾はゆらゆらと機嫌よさそうに揺れている。
「どうされましたか?」
「……それは……」
「?……あっ!!」
頭上の耳を指摘され、キアラは咄嗟にそれを隠そうと手を回す。
頭隠して尻隠さずとはこのことか……ルカは寝ぼけながら、回らない頭でそんなことを思った。
<#21 親しくなったら頼ってみること>
「もっももも申し訳ありません!これはその、つい、と言いますか、不可抗力と言いますか!!」
頭を何度も下げて謝罪するキアラに、ルカは落ち着くように声をかける。
「何が無礼かわかりませんから、大丈夫です。……それより私はなぜ生えているのかが気になるのですが……」
コスプレなどという理由ではないことはわかるが、人体に犬のような耳や尻尾が生えることがルカには理解しがたく、じっと観察を続けてしまう。
そんな目線すら恥ずかしいのかキアラは顔を真っ赤に染め上げ、体を縮こまらせながら言う。
「私は……ヘルハウンドの血を引く獣人でして……」
「ヘルハウンド……」
昔担当していた異世界でもいたなと、ルカは思い出す。確か死を嗅ぎ分ける地獄の犬だっただろうか。自分が元より住んでいる世界では墓場に現れる犬として描かれることが多かったが……なんとも可愛らしい見た目のわりに物騒な血を引いているものだ。
「それでっその、————と、耳や尻尾が戻ってしまって……」
「……すみません、もう一度いいですか」
「~~~っ」
声が聞こえず、ルカはベッドから降りてキアラに顔を近づける。その瞬間キアラは体を硬直させ、より顔を赤くした。首まで赤いその肌にルカは首をかしげているが、起き抜けのかすれた声にキアラは思わず息を呑む。
「あの……?」
「ちか、ち、ちかい、ですっ」
「あ、すみません」
ぱっとルカが離れると、キアラはなんとか呼吸を整える。互いに認識の齟齬があることは……言わずもがなだろう。
「それより!本日は朝食後に何をされますか?また本を読まれるのでしたら、私がお持ちしますが……」
「……」
魔法の制御についてはローワン公爵やセドリック、そしてドレイクの力添えによって少しコツを掴めてきた。自分の属性とやらはよくわからないが、この調子で目当ての魔法(ものをキレイにする魔法など)を探すのみ。
となればほかには何をしよう……何度も忘れかけているが、自分の今の目標は“穏やかな第二の人生を歩むこと”。独身では無くなってしまったがまだ叶う夢のはずだ。
余計な魔法を覚える必要もなければ、自ら仕事を探す必要だって無い。
ならば————
・
「屋敷内を少し見て回っても良いでしょうか」
「構わないが……」
食事の場は基本的に屋敷の主であるローワン公爵と一緒である。婚約者同士なのだから当たり前だと言われるかもしれないが……ルカはたびたびその事実を忘れており、相変わらず自分が監視対象であるという認識だ。
「そういえば案内をしていなかったな……」
「警戒する者にそこかしこ歩き回られると困りますからね」
当然かと。と話すルカに、ローワンはかなり微妙な顔だ。なにせ疑ってかかったのは自分で、その評価が少し和らいでいるとしても自分の決断した対応が消えることは無い。
要するに、気まずいというやつだ。
「私が……案内をしようか」
ローワンはその申し訳なさから、ルカに提案をした。怪しさはあるが、面倒な身の上である自分の婚約者にしてしまった女。少しくらいは手を貸さねば男が廃る。それに婚約者を放置するなど、大抵の女性ならば婚約破棄が頭をちらつくだろう。
大抵の女性ならばの話だが。
「いえ、キアラに頼もうかと」
「……」
「良いですかキアラ」
「!?」
平然と婚約者の提案を断り、ルカはキアラのほうを見る。
もちろんキアラはおろおろとローワンに目線を向けているが、尻尾はぶんぶんと揺れている。何も隠せていない。
「……わかった、頼んだぞキアラ」
「は、はい!」
どこか空気の重いローワン。ルカはそれに首をかしげながらも、パンをちぎり口に入れた。
・
「お屋敷の部屋はほとんど使われていなくて……この辺りは全部客間です」
「……この廊下にある扉すべてですか?」
「はい」
案内役を任命されたキアラは、厨房から何から、使用人の住居となっている棟以外すべてを練り歩き、ルカを案内した。それぞれの場でルカを見る使用人たちの視線は好奇心に溢れていたが……ルカがそこまで敵意を感じなかったのは、ひとえにドレイクやキアラによる功績だろう。
小国クニクルスの言語も知るべきだと言われたキアラは、その態度をあからさまに変えるほどルカに懐いた。ドレイクのほうはというと、自分を不意打ちとはいえ打ち負かしたルカを気に入り、いつも魔物の肉や森で採れた新鮮な木の実を加えた料理をふるまっている。
ルカはそんな二人からの評価が良いことに疑問を抱いているが、ただ敵対視され続けるよりは良いか、と自分の抱える秘密を頭の奥にしまう。
「こんなにあって、使うことがあるんですか」
「もちろん!ローワン様を尋ねられる方は多いですから!」
「一度に?」
「ええ、一度に!」
キアラが鼻息を荒くしたところで、ガチャ、と扉の開く音がする。そこから出てきたのは煌びやかな服に身を包んだ小太りの男と、同じように着飾った若い令嬢。遠目からでもわかる手入れの行き届いた肌や髪は、高貴な育ちであることが一見してわかる。
「とにかく、わたくしの娘も公爵とぜひ婚約したいと申しております!ですから行き遅れた男爵令嬢など捨て置いて……」
ここで、ハッとした表情でルカを見る男。キアラはハラハラした様子でルカを見上げているが、当の本人は無表情のまま。
「(最近の子って発育いいな)」
なんて考えている。
「そ、それでは私共はこれで……ぜひ前向きにご検討を!」
「……フンッ」
さっさと気まずそうにルカの横を通って去っていく親子。娘は何やら悪態をついていたが……父親であろう男のほうもまた、男爵令嬢であるルカを見てどこか見下したような目線を向けていた。
「ルカ様!?どうしてこちらに……!」
部屋から顔をのぞかせたのはセドリック。奥には疲れ果てた様子のローワン。
さて、どうしたものか……ルカはこの何とも言えない穏やかでない空気を前に、小さくため息をついた。




