#20 先輩の背中から学ぶこと
「あーあ……先輩が調査に行って3日かぁ……」
元気かなぁ、と情けない声で呟くのは、灰色の空間で今日も異世界の管理業務に勤しむ若い女性。いつも隣の席にいたスっと伸びる背筋が無いことを嘆き、深くため息をついた。
<#20 先輩の背中から学ぶこと>
「山本ぉ、手止まってるぞ」
「だってぇ……」
古い蛍光灯に照らされ、薄暗い室内。相変わらず息苦しさを感じるそこは、ルカが勤めている“異世界管理課”にあてがわれた部屋である。
業務量の多さに見合わない狭い室内は隣接する資料室の4分の1程度しか面積がなく、所狭しと置かれた机は1つの島になっている。机の数は7つ。うち3つは現在出払っており、座っているのは山本を含めた4人だ。
「まあ山本はルカにおんぶにだっこだったもんな」
「ちょっと!言い方酷いですよ!」
「いや比喩じゃなくて本当にそうだったじゃねぇか……」
べたべたとルカにくっついては甘えていた山本という女性。彼女は最近入った新人で、隣席のルカによく懐いていた。それはもうべったりと。
「だって数少ない女子ですよ?それに先輩かっこいいし美人だし頼りになるし~……」
「始まった……」
うっとりしたように言う山本。一本に結んだ髪型はルカを意識したものであるし、ルカからもらった菓子は大事に袋を保管しているほど(本人がたまに見かねて捨てていた)。それほど懐き、頼りにしていたルカが不在になったことで、彼女は非常に落ち込んでいた。
「ちょっと、アタシだって女子よ」
「いや、早見さんが入るとややこしいので……」
「酷ぉい!女子同士お菓子交換だってしてるのに!」
「それはそれです」
くねくねと体をゆらす銀縁眼鏡の男性(?)にビシ、と言い切った山本はルカの座っていた椅子に縋りつく。
「ええ~~ん!私が相談なんてしなければ!!」
「いや、対処できなかっただろ」
「だとしてもですよ!ルカ先輩が行くことになるなんて思わないじゃないですか!!」
「異例よね~、アタシたち事務方が現地に行くなんて」
通常、実働部隊が現地に派遣されるものだが、毎年人員不足が嘆かれるこの課に余裕はない。常に募集を出していても人が来ない課で急遽人員確保などできるはずもなく、事務方で唯一実地調査ができるルカが行くしかなかったのだ。
「ルカちゃんはまだ“体術試験”もやってた時に合格した子だからね~」
「その……体術試験って何なんですか?別に体術できなくても異世界には行けますよね?」
ふてくされたように課長に文句を言う山本。課長は笑いながら書類をカリカリと書いている。
「今は分業で実働部隊と事務方に分かれてるけどね、8年前までは全部一緒だったんだよ。その分合格率も低かったんだけど、まあそれは置いといて……」
実働部隊とは、体術試験に合格し、ある一定の基準の学力を持つ者の入れる部隊である。学歴については事務方のほうが求められるものは高いが、それでも公務員だ。容易に入れるようなものではない。
『私の時の試験は結構簡単でしたよ』
ルカがよく、この手の話題で言っていたことだ。
体術試験に重きを置いていた当時……護身術が使えて、コンソールを問題なく使える転移者予備軍であれば合格することができた。実際、現在求められる基準よりは低かったのだが……
「でもそれって合格率上がるんじゃないんですか?だって試験簡単だったんですよね?」
「馬鹿言え、文武両道の人間がどんだけいると思ってんだ」
「あっ」
口調の強い多田は、眉を顰めて山本に言う。
「あの人の簡単は簡単じゃねぇ。そもそも学力で測れるような人じゃねぇよあの人は」
「んふふっ多田くんはルカちゃんのこと大好きだものね~」
「気持ち悪いっす早見センパイ」
「乙女になんてこと言うのよ!!」
「ぐえっ……!」
華麗なヘッドロックを決める早見。そしてそんな対岸のやり取りを見ていた山本は、課長に問いかける。
「それで課長……あの、8年前までってどうしてなんですか?そりゃあ人員確保は難しいかもですけど……分業にしたところでじゃないですか」
「……そうだね」
課長は書類を書く手を止め、山本を見る。優し気だが、どこか冷たさを持つ目に山本は背筋が冷えるのを感じた。
「まあそろそろ話してもいいか。……8年前、ある管理課職員が失踪したんだ。コンソールを持ってね」
「それって……規約違反じゃ……」
「そうだよ。だから当時は大変だったみたい。探しても見つからなくてね……結局今も未解決のままなんだけど」
「……たしか、実働部隊の一部はその捜索にあたってるらしいわよね。ずーっと。」
「おかげで人手不足に拍車がかかってるけどな」
「ルカ先輩……」
嘆いても戻ってこないルカ。山本は眉を八の字にして、空席の隣を見る。
「その職員は元々異世界に対して過干渉になりやすい人だったらしくてね、厳重注意されてたんだ。世界の権力のバランスを崩すなって」
課長の声に全員が耳を傾ける中、山本のパソコンに通知が入る。
「だからコンソールはオートマになったし、単独で動けないように指示系統は事務方が責任を持つことになって——」
「かっ……課長!」
ガタンッと席を立つ山本。その顔は青く、ただ事ではないことがわかる。
「どうしたの?」
「せ、先輩の……
ルカ先輩のコンソール反応が……消えました」
通知欄に赤文字で表示されている「コネクション ロスト」の文字。
多田、早見が目を見開く中、課長は静かに手を組んだ。
ここまで読んでいただき誠にありがとうございます!
いつもビュー数を見てはニヤついていましたが、中にはリアクションをお送りくださる方もいらっしゃって……めちゃくちゃ励みになっております。ありがとうございます!
さてここでひとまず第一章終了と相成りましたが、なんだかんだまだ異世界に来ただけっていう……婚約者の自覚が無さすぎる仕事人間が、果たしてどうやって仕事から離れた生活をするのか。ぜひこの後もお読みいただけましたら幸いです。
わぎり




