#19 ハッタリは自信をもって
さて、大変にやべぇ状況である。
「お答えください。何故クニクルス語を読むことができるのか、魔法学に精通されているのか」
警戒心をもろに向けてくるキアラ。そしてこの場には元王国騎士団の男が二人。
逃げられない状況、しかも私が意図していなかった行動への質問は私を大いに焦らせる。
「(誰か助けてくれ~……)」
私は誰にも届くはずのない祈りを、天に送った。
<#19 ハッタリは自信をもって>
コンソールは大変に便利だが、それはあくまで“調査をするための道具”として。周囲にいるのはシナリオ通り動くNPCではなく、生きている。だからこそ様々な思惑があり、異世界から来た私と同じように警戒心や疑う心も持ち合わせる。
それを回避する術として意識の優先順位を下げるコードが存在するわけだが……
/inputはこの世界で任務を遂行するために必要な情報を頭に叩き込むコードだ。
しかしこれまで歯抜けになっていた知識(王家や魔法の発動方法についてがそうだが)を鑑みるに、恐らく任務を遂行するために必要だとコンソールが判断した情報のみが頭に入っているんだろう。
……これだからオートマは嫌なんだ。多少時間はかかってもマニュアル操作で精査したほうが良いに決まってる。
まあ、それが原因で起きた事件もあったが……救世主になった気になって預言者としてコンソールからの情報を悪用した職員が出ただか、なんだか。それが原因で全職員のコンソールが強制的にオートマ化されたのだから、全く迷惑な話である。クソ。
「(っと、危ない危ない……現実逃避してた)」
目の前に広がる光景は相変わらずで、私をじっと見るキアラは警戒心駄々洩れ。先ほどまで穏やかだった空気はどこへやら……セドリックは元より、ドレイクもまた硬い表情をしている。
「(コンソールめ……なんか知らん言語まで読めるようにしやがって……)」
そりゃあ言語はある程度読めたほうがいいけど。にしたってある程度識別できる上で読めるとかなんか……ただの翻訳文が頭に入る形式はどうにかした方がいいと思う。
「ルカ様、お答えにならないのは何か隠されているからですか。以前申し上げた通り私はクニクルスの生まれですから、今更読めないとは誤魔化せませんよ」
「(ですよね)」
なかなか追いつめてくるキアラ。尋問中に黙るなと言われれば私が悪いが……ここはうまく切り抜けるしかないか。私はわざとらしくため息をつく。
するとさらにひりつく空気。私は紅茶のカップを手に取り、キアラの赤い目を見返した。
・
「読めますよ、当然」
ルカの声が響く。その声はどこか威厳が感じられ、使用人である3人は背筋が伸びる。
「ご存じかと思いますが、私はもう28です。年齢や見た目で選ばれるような時期はとうに過ぎました」
「……だから教養をつけた、と?」
「……」
無言で紅茶に口をつけるルカ。その沈黙は肯定ともいえるが……キアラはやはりまだ納得がいかないようで、警戒心をあらわにしたまま口を開く。
「ではなぜクニクルス語を?教養で選ばれたいというならば、経済論や民生論を優先するはずです。古代語を学んだところで……何になるというのですか」
ぐっと眉間にしわを寄せ、苦し気に言うキアラ。自国の言語をけなすような物言いは容赦なくキアラの心をえぐるが……ルカはそれに触れずキアラを見据えて言う。
「キアラ。……あなたは、国力の低下が何によって起こるかわかりますか?」
「国力……ですか?」
「予想で構いません」
「ええと……」
質問をされるとは思ってもみなかったキアラ。何が聞きたいのかとセドリックも身を固くする。
「し、食料がなくなる、とか」
「そうですね、食べるものは無くてはなりません。……では質問を変えます。
自国への愛は何によって生まれますか?」
キアラは質問の意味がわからず黙り込む。しかし、頭に浮かんだ言葉に目を見開き、俯き、またもや辛さを噛み締めるような顔で言った。
「……歴史を、知ること」
「私もそう思います」
キアラの故郷、クニクルスは年々その人口を減らし続けている。
それは人攫いであったり口減しであったり、そもそも出生率の低迷が原因であったりするのだが。しかし自分の意思で故郷を出る者もまた多い。未来のない小さな国にいるよりも、発展している隣国に移り住んだ方が良い。たとえ魔物との混血を理由に迫害されるとわかっていたとしても。
キアラがルカに自分の故郷を明かしたのは、ルカの素性を暴くためだった。クニクルスなどという混血の者が蔓延る国の生まれとなれば、きっと普通の貴族なら自分への態度が横柄になるなり、嫌悪を抱くだろうと。
なのに見えたのは、嫌悪も、ましてや同情すらも感じられない、起伏のない反応。そしてまだ自分を使用人の一人か、もしくは人間の一人として対応するルカの本性。
今キアラを見るルカの表情もそうだ。冷たく拒絶するように見えて、混血である事実を情報として受け止めている。
いつしか尋問は意見の交換会、もしくは教鞭をとる教師と反発する生徒の関係のように変わっており、セドリックもドレイクもそんな空気に飲まれていた。
「まあもっと言えば自国愛を育てられるような、アイデンティティにも似た自信を国民が持つことこそ国力に繋がると思いますが……しかしそういった国の過去、苦難にどう立ち向かったか、過ちをどう精算したか……それは口伝や文章として後世に語り継がれる。
もしそれを理解できる者がいなくなったらどうなるか。わかりますね?」
「歴史が……消える」
「その通り」
「……」
しばしの沈黙が訪れ、ルカは優雅に紅茶を飲む。しかしその内心は一切穏やかではなかった。
「(っ……ぶねー、キアラがクニクルス出身って知らなかったら適当な嘘つくとこだった……)」
ルカはこれまでの情報を何とか組み立て、今の話をした。なるべく嘘が少なくなるように、ボロが出ないように。
「(もうこれ以上質問してくれるなよ……妙な設定を増やすと忘れてボロを出すかもしれないし……)」
「……ルカ様」
「(最悪だ!!)……なんでしょうか」
「私は……
私はずっと、ルカ様が国王の送った諜報員だと思っていました」
「ッキアラ!」
「諜報員……?」
セドリックが立ち上がり、キアラの名を叫ぶ。国からの諜報員とは。一体どういうことか。
「今まで何度も送り込まれてきました!メイドや執事、庭師に至るまで……その度主に関する変な噂が流されて……っ」
「(暗殺ではなく諜報員か)」
追いやった兄の息子を疎ましく思うのだったら、暗殺して適当に森の魔物のせいにでもすればいい。しかしそうではなくわざわざ印象操作をするというのは…陰湿だな。自殺でもさせたいのだろうか?元々自分で手を下す訳でもないのに、気持ち悪い。
「……申し訳ありません。キアラはクニクルスからこの国に売り飛ばされ、途方にくれていた所を主に助けられたのです。そのため人一倍、この件には過敏でして……」
「そうでしたか」
慌てて謝罪をするセドリックと、眉を顰め、ぽろぽろと涙を零すキアラ。ルカは紅茶のカップをソーサーへもどして立ち上がり、自分より少し背の低いキアラに近づいた。
「キアラ」
「っ!」
「紅茶、美味しかったです」
「……え」
「不意打ちに薬を盛らない所は、あなたの美点だと思います」
自白剤すら入っていない、香り高い紅茶。
尋問しようと意気込んで来たにしては真っ向勝負だったキアラに対し、ルカは短くそれを伝える。
ルカはセドリックたちを置きざりにその場を離れ、結わえていた髪を解きガシガシと掻く。
屋敷を繋ぐ渡り廊下に響くヒールの音。それに紛れるように呟いた。
「……かっこつけすぎた、かも」
あっつ、と呟くルカの熱を持った頬を冷やすように、ふわりと風が吹いた。




