#18 違和感を軽視しないこと
彼女は……いったい何者なのだろうか。
彼女の見せた異様な魔力は、私に大きな違和感を抱かせた。
<#18 違和感を軽視しないこと>
ルカ・モスウッド男爵令嬢。モスウッド男爵家の一人娘であり齢は28。社交の場ではあまり姿は見せておらず、これまでの婚姻歴は無い。
私の管理する東の森で彼女を見つけた際、はじめは一体どこの平民が迷い込んだのかと思った。しかし、大きな傷のない栄養の生き渡った手足先、そして髪……彼女が平民ではないことはすぐにわかった。
ホワイト王国の貧富の差は大きく、口減らしとして魔物が生息し魔素が充満しているこの東の森に捨て置かれることはよくある。
大抵の場合最深部への侵入を阻む結界によって道に迷い、そのまま魔物に食われるか、なんとか逃げ出すかするのだが……彼女はいとも簡単に結界を抜け、魔の者が姿を見せるようになったポイントへと入りこんだ。
これは明らかに異常事態であり、彼女の侵入目的を突き止めなければならなかった。だから意識を失った彼女を屋敷で手当てしたというのに……その後の展開は知っての通り。
逃げた彼女の持っていた妙な篭手に探知魔法をかけていたおかげで、彼女がモスウッド家の令嬢であるということがわかったのは幸運だった。
「婚約者……か」
私もいい年だ。いい加減公爵家として妻を迎えていなければとは思っていた。
しかし見合いを申し出る家はほとんど私に流れる王族の血や爵位を目当てにしており……
『ローワン公爵、あなた様はトロイ・ホワイト前国王の血をひかれる御方……あなたこそがこの国の次期国王にふさわしい!ですからわが娘には貴殿の助けとなるよう教育を——』
「……」
廊下を歩く速度が自然と早くなっていたようで、足を止め、息を大きく吐く。自分の陰鬱な心境とは裏腹に外は明るく、芝が青々としている。
仕方のないことだとはわかっている。父が崩御され、その弟……叔父にあたるブリオン現国王が王位を継承されてから、東の森の管理を理由にアシュフォード家の養子に送られた。
アシュフォード家は公爵と言いながらも、その爵位を賜ったのはずいぶん昔のことで、目立った功績も無く実質的な権力はほとんど無いに等しい。しかし森の管理という誰しもができる訳ではない仕事を担っていたため、国はアシュフォード公爵家に対し爵位と森の領地のみを与え、ほとんど干渉しなかった。
しかしやさしかった養父は3年前老衰によって亡くなってしまった。元より妻を早くに亡くしていたこともあり、アシュフォード家の当主は早々に私に引き継がれ……そうして婚約をする暇もないまま今に至る。
森の管理は魔力量の多い者が適任だ。そのうえ魔物が現れることもあり、管理のできる者がいなくなるのは国にとってかなりの痛手。
だからこそ自分が養子に出されたことは理解している。理解しているが……婚約者の立候補に辟易していたからとこんな形で婚約者を迎え入れたのは、私としても責任を感じるところがある。
貴族らしからぬ肝の座りよう、そして俊敏な動きとためらいのなさ。魔物を食べたと聞いても動じないと思えば、魔法の扱いも知らず、男物のスラックスを履いたり……たまに見せる心の底からの軽蔑のような顔は正直意表を突かれた。
彼女は、一言も責任をとれなどと言っていない。うわ言のように呟いた言葉が違った事などわかっている。
ただ利用しただけだ。
彼女の監視と、自分に婚約の話がこれ以上来ないようにするための盾として。それだけのはず、だったのだが。
「……」
逆流してくるほどの魔力は澄み切っており、川のせせらぎが聞こえる草原にいるような……そんな言い知れぬ心地よささえあった。いつも無表情か嫌な顔をする彼女から発しているとは思えない、あたたかな魔力。
はたしてこんな澄んだ魔力を持つ者が、何かを企てるだろうか。体を巡る魔力はその人間性に影響を受ける。よからぬ事を考えていればヘドロのように息苦しいものになり、逆に悪意や敵意を持たなければそれは澄み切った水のように流れる。
「(……いや、悪意が無いだけで、行動は十分に怪しい)」
あの篭手は一体なんなのか。なぜ身分を隠してまで森へ入ったのか。彼女が魔法の使い方を知らないのは何故か。
なぜクニクルスの言語が読める?そして武芸に長けているらしいあの動き、使用人への異様な腰の低さは?魔力が急激に増加した理由は?
まだ、何一つ彼女のことは分かっていない。この国に仇なす者なのか、無害なのか。
「(だからこそ)」
気を抜くな、ローワン・アシュフォード。
豪胆だと思えば以外にも控えめに置かれた細く小さい手の感覚も、魔力が増加すると共に薄く微笑んだあの顔も全て……
ずっと頭から離れないのは彼女が怪しいから。
それだけだ。
・
「——それでローワン公爵はアシュフォード公爵家へ養子に出されたのですね」
ところ代わり、屋敷の中庭。訓練を終えて休憩としてティータイムを楽しむルカ、セドリック、ドレイク。紅茶やサンドイッチを持ってきたキアラもまた、ルカの後ろに立ち混ざっている。
「主は聡明な方ですから。当主を引き継がれて直ぐに公務に取り掛かられて、この森を完璧に管理なされているのですよ」
「いいって言ってんのに自分から森の中の巡回もしてるんだぜ」
「それは素晴らしいですね」
現場に赴かず立場に胡座をかきありがたいお小言を言うお偉方をよく見てきたルカは、心からの賞賛を拍手とともに送る。そんな様子を見てドレイクは笑う。
「はっはっは!そこは心配するところじゃねぇのか!」
「……もちろん身の危険はあるでしょうが、結局誰かがやらなくてはならない事ですから。
決裁権のある人間が現場を正確に把握するなど中々出来ることではありません。本当に素晴らしい。」
「薄々感じてはおりましたが……ルカ殿はお考えがほかの令嬢とは違いますね」
若干引いたようなセドリックにルカは首を傾げるが……そんな中、キアラは一瞬口角を引き締め、ルカに問いかける。
「ルカ様、発言してもよろしいでしょうか」
「はい。なんでしょうか」
「ルカ様は……クニクルスの言語を理解されておりましたよね。あの魔法の使い方も……私は一瞬しか見ておりませんでしたが、クニクルスでしか見たことの無い……周囲から魔素を集める方法を使われているように見えました」
「……」
押し黙る三人。緊張の走るルカの黒い目に、キアラは鋭さのある目を向ける。
「ルカ様。あなたは……
なぜ魔法論ではなく、古の魔法学に造詣があるのですか」
紅茶の水面に映ったルカの顔が、風によってゆらりと歪んだ。




