#17 先輩には気兼ねなく質問をすること
「(順調に進んでいるだろうか)」
魔法を初めて使ったと言った婚約者、ルカ・モスウッド男爵令嬢。セドリックに任せてからおよそ半日が経過しようとしている中、ローワンは執務の合間に裏庭へと向かっていた。
「(初めてとは言っていたが……あれほどの魔力を放出できるものなのか?一見して彼女自身の魔力量は並ほども無かったが、一体……)」
「ルカ殿!!何度言えばわかるのですか!!」
「……?」
視界が開けて裏庭の様子が見えた時。なにやら叫ぶセドリックの声がローワンの耳に入る。何事かと覗き込めば……
「魔法が出ないからといってどうして組手を始めるんですか!!」
「すみませんつい」
「筋がいいな!」
「……何をしてるんだ、お前たち」
「「主!?」」
怪訝な顔をする屋敷の主。
互いの拳を受け止めるルカとドレイクを、セドリックはその細い体で多い隠そうとした。
<#17 先輩には気兼ねなく質問をすること>
「————それで?どうして魔力操作の実践が取っ組み合いになるんだ」
「申し訳ありません主!これには深い訳が……っ」
その頭を忙しなく下げ謝罪を繰り返すセドリック。その様子を後ろで眺めているドレイク、そしてルカにそのじとりと半目になった薄紫の目が向けられる。
「そもそもその格好は?……やけに見覚えのあるスラックスなんだが」
「……女性物かと思っておりました」
「ブフッ」
「ドレイク!!」
「……」
ベストで隠れた腰元は細くベルトで絞られ、ローワンの眉間の皺を濃くする。不機嫌……というか、想像もしていなかった現状に困惑しているらしい。
いや、それ以上に女性物と言われたことへの不満だろうか。
「……キアラが昔のものを出してきたんだろう。必要なら後で用意させる」
「ありがとうございます」
「はぁ……セドリック。状況を説明しろ」
「はっ」
・
セドリックが話したのは、ほんの数分前までのこと。
『ルカ殿。魔力の制御は集中力が重要です』
人差し指を立て、そこに水の球を作り出すセドリック。その球体は膜でもあるかのように美しく丸まり、指の先で少しずつ大きくなっていく。
『意思が強すぎてしまっては魔力のある限り放出してしまう。しかし弱すぎれば今度は魔法として発動しない。ですから本気で、しかし冷静に自分の求める魔法の形を思い描くことが必要なのです』
『本気で、冷静に』
ルカは手のひらを目の前に出す。そこに風が吹くイメージを想像してみるが……しかし中々うまくはいかない。何度も想像しては目を開け、様子を見てみてもそこにあるのはただの手。風のひとつも吹かないまま、数分、数十分が経過する。
『……難しいですね』
『本来は数年かけて覚えていくものですから……家によっては寄宿学校へ通う前に家庭教師を雇って覚えさせることもあるほどです』
『……ならよ、実際に魔法を使いながら覚えるってのはどうだ?』
ドレイクが手をあげる。実際に使いながら……どういうことかとルカ、そしてセドリックが彼を見ると、にこやかに拳を突き出す。
『実践が一番早いだろ?』
『……待ちなさいドレイク、あなたご令嬢に向かって何を』
『確かに』
『ルカ殿!?』
うむうむと頷き同意するルカ。そんな二人の様子を見て、セドリックは驚愕に目を見開く。
『では軽く攻撃して頂けますか?』
『任せろ!』
『ちょ、待……』
程なくして始まったドレイクとルカの手合わせ。セドリックの静止を聞かず繰り出されるドレイクの攻撃は流石、元王国騎士団といった洗練された動き。洗練されたテンポの良い打撃は、ルカを着実に追い詰める。
その間ルカも攻撃を流さなければならず、魔法が出なければ護身術で流しを繰り返していた。何度も何度も……その結果、ただの組み手になっていたというわけである。
・
「……セドリック」
「申し開きのしようもございません……」
謝罪を繰り返すセドリックをよそに、ルカは自分の手をじっと見る。そこには見慣れた手のひらがあり、魔力のマの字も見られない。
あの時自分は、一体どうやって魔法を発動させたのか……。ぼんやりと頭の隅にある記憶をたどるうち、目の前に黒が映る。
「はぁ……手を貸してみろ」
「?はい」
どうぞ、と手を差し出すルカ。 品のいい光沢をもった手袋に包まれた手が、そっと添えられる。ただ支えるようにして出された手はあまり温度が感じられず、ただ手袋から反射したルカの体温だけがある。
飾り気は無く、しかし最低限きれいに整えられた爪。女性らしさに潜む独特のタコの跡にローワンは疑問を持ったが、ゆっくりとその目を閉じ、集中する。
自らの魔力を緩やかにルカへ流し込む。すると体に走る違和感に気づいたか、ルカはパッと目を見開いた。黒い瞳に、静かに発光する薄紫が映る。
「今、あなたに私の魔力を流している。わかるか?」
「これが……」
ほんのり体温が上がるような感覚。そういえばあの時も体温が上がっていたような……体内の水分が沸騰するようなあれは魔力のせいだったのかと気づくルカ。ローワンは続けて魔力の量を増やしていく。
「あなたがどの属性に秀でているかはわからないが……根源となる魔力は同じだ。この魔力を体内でめぐらせ、放出する」
「……?」
ルカはふと、本で読んだ理屈と違う部分に疑問を抱く。ルカの呼んだ本では確か、周囲の魔素を引き寄せ使ったはず。ローワンの理屈では個人の魔力量がものをいうことになり、誰しもが魔法を使えるわけではなくなる。ルカが本で得た知識から考えればそれで間違いないのだが、何かが引っ掛かる。
「(……風呂あがりみたいだ)」
ぽかぽかと暖かくなっていく体。周囲の空気との温度差が心地よく、それでいてどこか五感も晴れたような気がしてくる。いわゆる整う、というやつだろうか。ゆっくりと目を閉じて風を感じれば、髪がなびく感覚。身を任せるように息を吸い、吐けば、より鮮明に体を魔力が巡るのを感じる。
「(このまま、広い草原で昼寝出来たら)」
きっと気持ちがいいだろうな。そよそよと風が吹いて、木陰なんかがあって、それで——
「——い、おい!!」
「!」
はっとして目を開けるルカ。
焦った顔のローワンに首を傾げれば、ふとあの体温が消え、元の感覚に戻る。
あたりを見渡せば驚いた顔のセドリックとドレイクがこちらを見ている。
「……あの、なんでしょうか」
「いや……あれは……」
ローワンはまだ動揺して何かを呟いているが、ルカからその手を離せばハッとして口を開く。
「……今のは魔力の譲渡。緩やかに放出することはできていたので、あとは魔力量を自分の意思で決められれば問題なく魔法を使えるはずだ」
「わ……わかりました」
「では、私は仕事に戻る」
颯爽とその場を離れていったローワン。
ルカは少しの間それを眺めていたが、ローワンの指導力に感嘆の声を上げるセドリックやドレイクによって意識を戻される。
あの表情は一体?もしや自分の知らない魔法に関する文化があっただろうか。/inputで拾い切れていない情報の多さに眉を顰めたルカは、その後もセドリックたちと共に魔力制御の練習を続けるのだった。
260722 一部言い回しを修正しました




