#16 適材適所を見抜くこと
「ルカ様……その格好は……?」
「実践とお聞きしたので……」
馬術で使うようなスラリとしたスラックスに、動きやすさを重視した装飾の少ないワイシャツとベスト、そして高い位置で結ばれた髪は、さながら高貴な生まれの男子のようだった。
<#16 適材適所を見抜くこと>
「なぜ男装を……」
「……これで男装に入るんですか?」
胸は潰しておらず、化粧も施されたままのルカ。しかしそのパンツ姿がドレスよりもずっとしっくり来ており、セドリックは困惑している。
女性がスラックスを履くのはこの世界ではまだまだ主流ではない。乗馬もスカートのまま行う令嬢が大半を占める中、堂々とスラックス姿を人前に晒すというのはしきたりを重んじる貴族社会では“はしたない”と言われることの方が多いのだ。
つまりこのスラックスが誰のものであるかというのは……キアラはルカに何も伝えていない。
「それより……」
チラリとセドリックの隣を見るルカ。そこには中々屈強な体躯をした赤髪の男……ドレイクが立っていた。
その表情はどこか気まずそうにしており、ルカは首を傾げる。
「……」
「……ドレイク」
「わ、わぁってるよ!」
セドリックにせつかれ、おずおずとルカの前に立つドレイク。2mはあろうかという大男らしからぬ態度を、ルカはじっと見つめている。
「……ルカ様、先日は大変な無礼を働いてしまい、誠に申し訳ありませんでした!」
ガバッとその巨体で頭を下げるドレイク。若干風が起こるほどのその勢いに驚きながらも、しかしルカはそれを止めようとはしない。
「俺は主が婚約者にすると決めた女性に手を上げちまった。その上料理で嫌がらせをするなんざ……シェフの風上にも置けねぇことまでしちまった。
許されるとは思っちゃいねぇが……謝罪させてくれ。すまなかった」
「謝罪……ですか」
果たしてあれ以降何かあったのか。驚くほど素直に自分の非を認めるドレイクに対してルカは困惑している。それを察してかセドリックがルカに対し口を開く。
「彼はドラゴンの血を引く亜人なのです。ドラゴンは血統を重んじる風習がありますが、それ以上に相手の強さもまた重んじる。……不意打ちとはいえあなたがドレイクを床に叩きつけたので、心変わりしたようですよ」
「つったって、もう随分血は薄れてんだ。だからこれは俺の意思……あんたの言葉を聞いて改心した。本当にすまなかった」
「……」
ドレイクは再び頭を下げ、謝罪の意志を示す。
しかしルカとしてはドレイクの行動が正しかったと思っており、謝罪の必要性を感じていない。冷たいようだが、良くも悪くもルカにとって起こってしまった事象やされたことは記憶から消えない。全くころっと仲良くするという選択肢は、特にない。しかし……
「……頭をあげてください、ドレイクさん」
「……」
ドレイクは思い詰めたような顔を上げる。
「今回の件……私は謝られるような立場ではありません。怪しいのは当然。そしてどんな手であれ、怪しい者を警戒し主人を守ろうと思うのは正しい判断だったと思います」
「ルカ様……」
「まあ料理人として料理を脅しの道具にしたことが、あなたの美学に反するかどうかはわからないのですが……もし気にされるということなら、1つお願いを聞いていただけますか?」
「っああ!なんでも言ってくれ!」
「ドレイク……っ」
口調を窘めたセドリック。慌てて口を塞いだドレイクだったが、そのキラキラとした、自分が何で償えばいいのかを早く聞きたい目は隠しきれていない。
少しの沈黙が走る中、セドリック、そしてドレイクが固唾を飲んだ頃。
ルカははっきりとこう言った。
「私……魔物の肉ってあまり食べたことがないんですよ」
「……は?」
セドリックは思わず声をあげる。
ドレイクも呆気にとられたようにその口をあんぐりとあけたままだ。
「この前頂いた大蛇の肉……でしたっけ。あれ凄く美味しくて。虫はちょっと抵抗があるんですが、もし食べられる魔物がいれば是非出してください。カエルぐらいなら食べられます。」
ルカは心の底から美味だったとあの日の食事を評価していた。元より敵対視していたドレイクにとっては嫌味に聞こえていたようだが……ただそれを理解したドレイクは、再びその顔をパッと明るくさせる。
「任せろ!俺の故郷じゃ魔物の方がよく食われてたんだ!」
「ですからドレイク!口調を改めなさいと何度も……」
「構いませんよ。意思の疎通はスムーズな方が良いです」
「だってよセド。お前が堅苦しいだけだ」
「お前も主には敬語だろうが……!」
「……。」
このふたりは随分仲がいいらしい。ドレイクを窘めながらも、結局言い負かされている……というか圧されているセドリックは、案外悪い人物では無いのかもしれないとルカの目には映った。
「おふたりは同郷か何かですか?」
「ああ、いえ。私は人間ですよ。彼とは……」
「俺たちは元々王国騎士団にいたんだぜ」
「そうなんですか」
どこか居心地悪そうなセドリック。なるほど、だから彼に実践をという話に……しかし。
「騎士の方が料理人に……?」
「元々得意だったんだが、主が王城を離れるってんですっぱり転職したのさ」
「セドリックさんは……」
「……私は元より父が宰相でしたから、おおよそ主人の補佐ができる程度には教育を受けています」
「(まあ、宰相顔ではある)」
どうやら中々の戦闘力を持つ従者たちらしい。ルカは無闇に手を出したりしなくてよかったと心から思った。ドレイクを叩きふせられたのは不意打ち故の奇跡だったと言えよう。
「さあ、それでは早速始めましょうか」
「俺の方が魔法に耐性があるから、相手は俺が務めるぞ」
「よろしくお願いいたします」
「ルカ殿……我々は従者なのですから、頭を下げたり敬称をつけるのはおやめ下さい」
「……善処します」
日本人の癖をやめろと言われると中々難しい。体に染み付いた他人行儀を取り払うべく頭を振り、ルカはドレイクと向き直る。
「ではまず基礎から。小さな風を起こせるように特訓致しましょう」
心地の良いそよ風が吹く屋敷の庭。
ルカの淡い栗色の髪が靡いた。




