#15 礼儀を忘れずに
「どういうことなの!?うちの娘が悪役令嬢になってひどい扱いを受けてるって聞いたわよ!!」
「その件につきましては我々も原因を探っておりますが、異世界側の事情もありますので……」
「うるさいわね!大体あんたたちはいつも対応が遅いのよ!!発覚する前に対応するのが——」
ああ、うるさいな。
私は資源管理のためにこの課にいるのに。
「聞いてるの!?」
「誠に、申し訳ありません」
頭からかけられたぬるいお茶が、ひんやりとワイシャツに染み込んだ。
<#15 礼儀を忘れずに>
「ん……」
「ルカ様!」
お目覚めですか!と高い声が耳をつんざく。なかなかの破壊力を持ったその声は寝起きの私には効果覿面で、思わず顔をしかめた。ひとまず起き上がるとそこが自分にあてがわれた部屋だということがわかって、働かない頭でなんとか状況を思い出してみる。
「ええっと……確かローワン公爵の前で倒れて……」
「魔力の使い過ぎで倒れていらっしゃったんですよ」
「魔力……」
ああ、そういえばそうだ。あの風はどうやら自分の魔法によるものだったらしく、制御のしかたもろくに知らない私はまんまと倒れたらしい。ただの仮説だったが、確実なものになってしまった。
にしても……
「キアラ」
「なんでしょう?」
「魔力切れになると悪夢を見るものなんですか?」
「え?……聞いたことはありませんが……」
「……。」
久しぶりに嫌な夢を見た。夢というか記憶か?定期的に行われる転移者の状況報告会……希望する親族に限りその情報を一部提供しているのだが、その際にクレームになることは大変多く……。
「(大体にして自分の娘が悪役令嬢にって……こっちだって管理しきれねぇっての。管理課つったって資源のほうだぞはき違えんな)」
「る、るるるルカ様?お顔が怖くなっておいでです……」
「あ゙ん?」
「すみませんっ!」
「あ……こちらこそすみません」
あまりの苛立ちでキアラを睨みつけてしまった。ふるふると見えない犬耳を震わせている気がするキアラに謝れば、若干涙目だったが許してくれた。悪いことしたな……。
「あの……差し出がましいようですが、なにか悪い夢を見ていらっしゃったのですか?」
「まあ……」
「それはどんな……」
「……自分の管轄外のサービスを要求されて、拒否することもできず頭からお茶をかけられる夢?」
「なんですかその生々しい悪夢は」
全力で嫌そうな顔をしているキアラ。まあそんな顔にもなるだろう。私もまさか今思い出すとは思ってもおらず、気を抜いていただけにダメージが大きい。悪役令嬢……あれ、悪役令嬢って……。
「ヴァレリー・アレキサンドリア!!」
「!?」
頭の片隅にあったその令嬢の名前。そうだった……アレキサンドリア公爵令嬢……元は沢下ユイだったか。彼女が行方不明になったこととこの世界の魔素量増加に何か因果関係があるんじゃないかと踏んで噂を集めてたんだった。
まあ結果的に私は彼女を探しに入り込んだ森で魔の者とかいう化け物に襲われて、こうしてアシュフォード公爵に目をつけられることになったわけだけど……。
「ルカ様……本当に大丈夫ですか?もう一度お眠りになられた方が……」
「いえ……また悪夢を見そうなので遠慮します」
窓の外はすっかり朝。きっと日を跨いでしまったんだろう。お陰様で体はスッキリ……を通り越してバキバキ。少し伸びれば軽く骨が鳴る。
「お召し物をお持ちします」
「ありがとうございます」
せわしなく動き回るキアラ。私はまだ寝ぼけている頭を掻いた。
・
「魔力操作……ですか」
ところ変わっていつしかシェフをぶっ飛ばした食卓。相変わらず遠い席で優雅に食事をとるローワン公爵に言われた言葉をオウム返しにすると、彼は頷く。
「魔力切れは命に関わる。使えるようになったのなら制御も覚えてくれ」
「かしこまりました」
まあ当然っちゃ当然のことである。もしあの突然の突風が火サスのような崖で起きてみろ。公爵やその他誰かを飛ばしたらどうする?私の首が華麗に飛ぶだろう。
そうならないように制御するのは納得だ。
「では書庫をまたお借りしてもよろしいですか?」
「?それは構わないが……何故?」
「……制御を覚えるんですよね?」
はて?何を言われているのだろうか。私はベリー系の何かが入ったソースがかけられた鳥肉(魔物ではないらしい、残念だ)を1口大に切って口に入れる。
こんがりと焼けたそれは皮がパリっとしていて油の旨みがベリーのソースと合っている。
「……書庫を使うのは構わないが、あそこは物置同然で先々代が読んでいた本が入っている場所だ。本で覚えたいと言うのなら新しく購入しよう。」
「既にあるのならそれを使えば良いのでは……私ごときの為に新しくご購入頂かなくても……」
「あそこに置かれている書物の内容は、まだ魔法論が確立される前のものが多い。安定性に欠けるんだ。」
「……ああ、そういうことでしたか。」
確かに本は古ぼけていたし、私が見たのは魔法学という別の名称の本。なるほどこの世界に魔法が定着してからある程度時間が経っているらしい。
「では恐縮ですがよろしくお願いします」
「……それはそれとして、実践も必要だ。セドリック」
「はっ」
長たらしいテーブルに沿って歩いてくるローワン公爵の従者、セドリック。私の目の前まで来ると、深々と頭を下げてから口を開く。
「僭越ながら、私がルカ様の魔力制御をお手伝いさせていただきます」
「……いいのですか?ローワン公爵から離れてしまって」
「一時的ですから。それに主は私よりもずっとお強い。」
セドリックが向けた目線は尊敬の念が込められており、当の本人…ローワン公爵は優雅に食事を続けている。
「昼食後、少しお休みになられましたら早速始めましょう」
「わかりました」
相変わらず胡散臭さのある糸目。貼り付けたような笑顔の彼は、用は済んだとばかりにさっさとローワン公爵の隣へと戻っていく。
「(実践かぁ)」
手のひらを開いては握り、随分昔の記憶を思い出す。
「(あんまり痛くなきゃいいな)」
もうすっかり無くなってしまった拳ダコを撫でるように、私は指の付け根をさすった。
260804 魔力・魔素の表記揺れを修正しました




