#14 体調に気を配ること
「誠に申し訳ありませんでした」
書庫での暴風事件の後、私はいつぞやのようにローワン公爵、そしてセドリックと共に執務室にいた。
<#14 体調に気を配ること>
「それで……どうしてあんなことになっていたんだ」
「突然風が吹いて……すみません、わたしもよくわからず……」
これはあくまで仮説だが……さっきの風は、私が魔法を使ったんじゃないだろうか。
だってタイミング的にそうとしか言えない。ホコリが鬱陶しくてどこかに飛んで行けと本気で願った。そしたら突然風が吹いて窓が開き、室内のホコリが一掃されたのだ。……もし自惚れでなければ、私の仕業と言える。
「突然吹いた……?あなたが魔法を使ったんじゃないのか?」
「これまで魔法を使ったことなどありませんでしたので、あれが自分によるものかどうか確証が持てません」
「使ったことが、無い?……ただの一度もか?」
「はい」
「……」
何かを考え込むローワン公爵。……なにかまずいことを言っただろうか。私の呼んだ歴史書やおとぎ話の本によれば、この世界ではほとんどの人間が魔法を使えないはず。回答として問題ないと思うんだが……。
「セドリック」
「はっ」
「——、————」
「……かしこまりました」
「?」
何かを命じたのか、セドリックは部屋を出ていく。そして訪れたのは公爵と私の超絶気まずい空間。
カチコチと時計の針が進む音が聞こえる。その間私と公爵はずっと黙っていたが……ローワン公爵のほうが咳払いをし、声を上げた。
「あー……それで、どうして書庫に?」
「……私室でやることが無く、キアラに無理を言って書庫へ案内させました」
「必要なものは持ってこさせればいいだろう」
「いえ、自分のことは自分でやります」
「……貴族らしからぬ発言だな」
「そうでしょうか……?」
いやだって……目当てもない状態で本を持ってこさせる方が効率悪いだろ。暇つぶしのものくらい自分で選びに行くわ。
「それで言うとバルコニーから飛び降りたのも貴族らしくは無いが……」
「そ…れは、必死だったものですから」
コンソールを奪われ、あの時はとても平静ではいられなかった。しかしまさかその時の目撃者の屋敷にまた来ることになるとは……自分の行動を改めなければ……。
「……私はなにも、あなたを軟禁しようと思っているわけではない」
「え?」
突然そう言われ、私は思わず固まる。何か会話の途中を聞き逃したかと思ったが、そういうわけでもないらしい。本当に突飛に言われたそれは、妙に私の胸中を見透かしたようで居心地が悪い。
「最初こそ厳重に監視しなければと思っていた。だが自力で逃げ出す力のあるあなたが、屋敷から出て行かなかった。それにあの夕食の後……あなたは言っただろう。疑われるようなことをしている自覚はある、と。」
「……」
「その行動と言葉で、あなたが全くの悪人ではないことぐらいわかる。」
ほんの少し、穏やかな目をされたローワン公爵。……なんというか、落ち着かない。こっちだって悪人扱いされたくはないが、面と向かって言われるとこう……。ムズ痒い。
「……アリガトウゴザイマス」
「なんだその反応は」
「いえ……大変嬉しいなと……」
「そうは見えないんだが……」
じっとこちらを見るローワン公爵だったが、ふっと息を吐いて俯いた後、再び私を見る。
「疲れてはいないか?初めて魔法を発動したなら、魔力の消費は体に堪えるだろう。」
「疲れ……」
そういえば体がだるいような?頭もあまりうまく回っていないし、なんなら吐き気に似た胃のムカつきも……
「あれ……」
「っおい!!」
大きな音を立てて私の体が床に倒れる。
そのままぐわんぐわんと揺れるような感覚が頭を襲って、私は眠気にあらがえず、意識を手放した。
・
「魔力不足による失神でしょう」
医者を呼び容態を診させたところ、なんてことはない魔力不足の症状だった。今婚約者は穏やかな顔をして眠っており、これまでのこちらを拒絶するような雰囲気はなりを潜めている。
書庫での一件……轟音の原因を確認すべく私とセドリックが向かった時、身震いするほどの魔力を感じた。それは初めて魔の者を見つけた時と類似しており、まさか侵入を許したかと肝を冷やしたが……結果としてそれは婚約者となったルカ・モスウッド男爵令嬢によるものであったことがわかった。
「あんな魔力の放出を行うなど……自殺行為ですよ!」
セドリックは少し声を荒げて言う。
「もしこの屋敷で自殺でもされれば、アシュフォード家の評判に傷がつきます!」
「セドリック。……彼女は魔法を使ったことがないんだぞ。制御できなかったんだろう。」
「……それについても、本当なのでしょうか」
「……」
本人は平然と言っていたが、セドリックの反応が正しい。
なにせ魔法について学び、使いこなすことは貴族として当たり前のこと。
爵位のある家の息女が通う寄宿学校では義務教育として“魔法論”を勉強し、生活するうえで必要最低限の実技を学ぶ。そのためこの屋敷でも使われている魔石への魔力の補充や火起こしなどの小規模な魔法はできて当たり前なのだ。なにも東の森に隣接する屋敷だから使えるというわけではない。
「ですが、ルカ様から魔力は感じられませんでした」
おずおずとキアラは言う。魔物の血を引く彼女は人間よりも魔力探知に優れており、最初に彼女を屋敷で看病したときにも怪訝な顔をしていたことを思い出す。
「だがクニクルス語を理解していたのだろう?魔法論……いや、魔法学に出てくる原初の魔法で使われる言語だぞ」
「それは……」
「セドリック、キアラを責めるな」
「し、しかし」
「お前の忠誠心は頼りにしているが、むやみやたらに敵意を向けるのは悪い癖だ」
「……申し訳ありません、主」
なにかと、多方面に気を張る身の上である私の従者、セドリック。私がホワイトの姓を名乗っていた頃から彼は私に向けられる善意や悪意に多く触れてきた。
だから彼女に対して過敏に警戒してしまうのは仕方がない。とはいえそれを野放しにしては……
「う……」
「「「!」」」
ベッドの上でうめき声をあげるモスウッド嬢。その顔は苦し気で、口が薄く開き何かを呟いている。
「……れは…………で……」
「ずいぶんうなされていますね」
「ルカ様……」
両手を組むようにして握り、不安げな顔で彼女の顔を覗き込むキアラ。
警戒しているとはいえ仮にも自分が侍女として仕える人物だ。純粋に心配しているのだろう。
『目的を果たす理由はもはや無くなり————』
「(あなたは)」
何が目的だったのかはわからない。
しかし魔法も使えないという彼女が今までどんな境遇で生きてきたのか、私に魔の者について質問攻めにしてきたときの、どこか熱のある黒曜の目は一体……そんな疑問が頭をよぎる。
「……行くぞ、セドリック。キアラ、彼女が起きたら私に知らせろ」
「はっ」
「かしこまりました」
私はセドリックと共に部屋を出る。
窓の外では、魔の者の目の色のような、禍々しい夕焼けの空が広がっていた。
260722 一部矛盾点を修正しました




