#03 オンオフの切り替えはしっかりすること
心地よい春の夜風が、男女の間をすり抜ける。
ふわりとなびいた淡い栗色の毛が月の光に照らされ、きらりと輝いた。
<#03 オンオフの切り替えはしっかりすること>
「……何故ここにいる」
男は、自分を見つめる令嬢に言い放った。
栗色の長髪に山吹のドレス…どうしてかその明るい色が似合わないような冷めた目が、男を見ている。
「疲れてしまって。休憩中でした。」
淡々と事実のみを述べる口調は社交の場らしい野心が無く、かつ拒絶までしているような声色だ。放っておけ、疲れているんだと。
まあ、まさしくルカはそう思っているのだが。
「(おいおいおい…なんでこっちが先にいたのに追い出される雰囲気になってんだよ、お前が出てけ)」
自分が入力したコードを信じ切っているのか、愛想笑いすらしないルカ。互いが出方をうかがう中、最初に動いたのは男のほうだった。
ルカから少し離れた場所、しかし手すりに手を当て、どこか遠くを見つめる男。その横顔をちらりと見たルカは、自分の行動に賞賛を送っていた。
異世界に転移する場合、ある程度暗黙の了解が存在する。
それは、“業務を円滑に進めたい場合、顔の整った人物との接触を避けるべきである”というもの。
過去に女性職員が乙女ゲームを模倣した世界へ派遣され、そのまま任務もろくに遂行せず帰還もしなかった例があった。
帰還しない選択は自由だが、問題だったのは業務の怠慢。定められた期間を超過し、そのうえ成果も出さないとなれば罰せられる対象となるわけで。
「(この顔の整い方はまずい)」
切れ長の、少し憂いを帯びたような目。通った鼻と、夜を煮詰めたような黒髪。位の高そうな服はその人物が高貴な身分であることを象徴しており……。
これはまさしく、この世界におけるキーパーソン。つまりルカが一番関わってはまずい人種というわけである。
「(美形は我が身を滅ぼす……くわばらくわばら…)」
しかしルカが疲れているのは本当で、履きなれないヒールの高い靴と重苦しいドレスのせいでこの場から逃げ去ることもできないでいる。だからさっさとこの場から去ってほしい。そう願いながら平静を装っている。
「おい」
「……ハイ」
「名乗らないのか、お前は」
この世界の社交の場では、下の身分の者が先に名乗る習わしである。それをしろ、と言うのはつまり、自分の身分が確実に上だと理解しているということ。
それほどまでに高貴な一族か、はたまた自分より上の身分の者は全員覚えているということか。まあそんなことはどちらでも良く、しかしどうにも名乗りたくない。
「女性に名乗れと?」
あまり使いたくない手ではあるが。ルカは男の顔すら見ずに言ってのける。あれ、これはもしかして不敬だろうか?王族だったらどうしよう。ルカが考えている間に、男は眉間にしわを寄せる。
「質問に質問で返すのか」
「はあ、申し訳ありません。育ちが良くないもので」
「そうらしいな。私の顔も見ない」
「見知らぬ殿方の顔をじろじろと見る趣味はありませんから」
なにやら売り言葉に買い言葉。ルカも少しまずいとは思ったが、ただ今まで過酷な労働環境で、かつ女性職員として長くやれて来たのはこの性格のおかげだ。それを誇らしく思ってすらいるルカにとってこの態度を変える理由がない。
「態度だけ見ればかなり爵位のある令嬢のようだが」
「さあ?あなたが気に留めるような女ではありません」
「「……」」
なんだこいつ。
互いに口には出さないが、確実にふたりの好感度は下がっているうえに、同じ評価を相手に下している。
しんと静まり返ったバルコニー。春にしては暖かい風が吹くが、ここだけ極寒のようなうすら寒さがある。ことに及ぼうとして別のバルコニーに出てきた不埒な男女は短く悲鳴をあげて会場へと逃げて行った。
「……はぁ」
ルカは、いつまで経っても出ていかない男に痺れを切らし、会場へ足を向ける。
「休憩はもういいのか」
「時間もありませんから」
「……?」
カツコツ、ヒールを鳴らして会場へ戻ったルカ。
その後ろ姿を、男はぼんやりと見つめ、夜空へと視線を戻した。
・
ルカは元喫煙者である。
数年前激務に追われ続けた結果、吸っている時間がもったいないという理由で煙草を絶ったわけだが……一人の時間を得るために吸っていた節のある彼女は、先ほどの一人時間を男に邪魔をされ気が立っていた。
「(私の貴重な休憩時間を…!)」
5分の休憩をとることがどれほど大変か。どれほど後ろ指をさされることか。それがわからんボンボンの坊主に邪魔されたことへの恨みはあまりにも深かった。
「おや、ルカ?もう帰ってきたのかい?誰かいい相手は……」
「/curiosity_change」
「ママ~!領地の経営なんだけどね~」
「よし」
あんな場所にいられるか!とさっさと帰宅したルカ。そもそも仕事に来ているのだ。怪しいものを虱潰しに調査し、早いとこ帰還するのが目標なのである。あんな愛憎にまみれ権力や家の存続に命を注ぐ者たちや、自分の安息を邪魔する者にかまけている暇はない。
「このへんでいいか」
曲がりなりにも爵位のある家。広い庭を通って物陰に隠れながら、ルカは腕の機械にチートコードを打ち込んでいく。
「|/mode create 解放。ルカ一級管理官の名において権限を行使する。」
ルカの言葉に反応するように、視界に映る地面、空、そして建造物や木にまで青白いグリット線が浮かび上がる。
その状態を確認し、ルカは手早く入力を進めていく。
「麻のローブ、平民の男性服上下、ブーツ……あと馬」
ブツブツと呟きながら該当するコードを入力していけば、目の前に瞬間的に物資が現れる。
|/mode create……ゲームに馴染みのある者ならばきっと理解できるだろう。
必要な数、素材や入手経路を問わず目の前に一瞬にして物体を現すモードである。
異世界への転移が出来ると発覚したとき、天才的な発明家がこのチートコード入力装置「アーキテクト・コンソール」を作り出した。なんでも転移の副産物とかなんとかあるらしいが……何か犠牲を払って使っているとか、そんな物々しいものではない。
しかしむやみやたらに増やしては、それこそ世界のバランスを崩す。そのためある程度の制限がかけられた状態でこのクリエイトモードを使用することができるのだ。
使用頻度は24時間に1度。出せる物体は種類を問わず10が上限。しかし物体としてこの世界に生成された以上、この世界で存在を維持し続ける。そんな便利すぎるモードなのだ。
「……|/mode create終了。」
グリッドが消え、馬や服が目の前に並ぶ。それらを急ぎ身に着けていけば、薄汚い平民の恰好をした女の完成だ。
大人しく待機している馬に跨り、ルカは頭にある地図を思い出す。
「(ヴァレリーが姿を見せたらしい場所は、東の森と酒場。ここからすぐ行けるのは森だな)」
馬の腹を足で叩く。手綱によって制御されながら走る馬は、ぐんぐん人気の少ない夜の町をかけていく。
「(あっさり見つかってくれればいいんだけど)」
頼むから早くこの案件が終わりますように。
そんな儚い願いを胸に、ルカは禍々しい東の森へと向かうのだった。
24時間に1回でも全然規制としては緩い気がする




