#02 下調べをよくすること
世界の魔素が大幅に減る事例は数多く存在する。その度補充に走ったり、管理者となる存在(その世界の神など)の協力を仰いだりと、対処法は様々である。
「(増えるなんて初めて聞いたな……)」
過去の資料を良く漁ればそういった例もあったかもしれない。しかし世界によって時間の進みが違う事を考えると、悠長に資料室に閉じこもる訳にもいかないのが難しいところ。
まあ……異世界に行っても文章ぐらいはやり取りができるのだから、その時に調べてもらえばいいかと切り替えるルカ。指差し確認で所持するコンソールを確認していき、完了とともに深呼吸をする。
「……よし」
頬を軽く叩き、気合を入れ、無骨な筒状の装置に入る。そして厳重に扉が閉められた瞬間、ルカの体が眩い光に包まれた。
<#02 下調べをよくすること>
うすぼんやりと覚醒していく意識。水底から浮かんでいくようなその感覚は久しぶりで、ルカは眠気にも似た頭のモヤを少しずつ払っていく。
足先の感覚、手の感覚、息を吸うたび少し息苦しさのある締め付け。ゆっくりと目を開くと、心地よい風と共に水のしぶきを感じた。
「ここは……」
どこかの城の庭だろうか。夜にも関わらず室内からの光を浴びたその周辺はキラキラと輝く芝生が広がっており、手入れの行き届いた花が咲き誇っている。
低木に囲まれたそこには大きな噴水があり、先ほど感じた水しぶきはこれのせいだとわかった。ルカは噴水に近づいて、腕に取り付けられた機械を見る。
異世界に転移した際、言語や予備知識、常識など、習得に時間のかかる情報を瞬時に得る必要がある。
数年前までは転移者自身が時間をかけて習得していたのだが、物資の補充技術を応用し転移者の脳内に事前情報を送り込むことができるようになった。
そんな便利な道具が、ルカの細腕に巻き付く籠手のようなもの。名称を“|アーキテクト・コンソール《物資補填装置》” ……端的に言えばチートコード入力装置である。
「初手はとりあえず…」
/input とルカが画面に手早く打ち込むと、少しの機械音の後承認画面が現れ、ルカの脳内に情報の波が流れ込んだ。刺すような痛みに眉をひそめたが、任務遂行のための大事な準備である。ルカは極めて冷静に、流れ込んだ情報を反芻する。
「ルカ・モスウッド男爵令嬢……」
それがルカに与えられた設定だ。
ここホワイト王国の中でもあまり裕福ではない家柄で、領地も狭く辺境。両親もあまり政の才は無く、細々と暮らしているらしい。
「(一人娘か……せめて息子でもいてくれれば)」
そうすれば、自分が好き勝手歩き回っていても面倒なことは言われなかっただろうに。ルカは落胆するが、転移先での立場はランダム。その中では比較的良い設定である。公爵家なんかになっていれば王家が関わり面倒だったことだろうし、貧民や奴隷だったならば身の安全の確保が必要になる。
平民でもない、かつ貴族にしては位の低い男爵の爵位は都合がいいと言えよう。
「……」
ルカはちらりと明るい建物の窓を見上げる。
きらびやかな室内には煌々と輝くシャンデリアが吊り下げられ、優雅な弦楽器による演奏が聞こえる。そして手入れのいきわたった庭、外壁……ここは、ホワイト王国の国王たちが暮らす城であるらしい。
「(ヒビも無ければ欠けも無い……金のかかった建物だ)」
きっと頻繁に外壁の清掃や修繕を行っているんだろう。几帳面なことである。もしくは見栄っ張りと言うべきか……。
ちょっとぐらい自分の職場も見習ってほしいものである。長年使っている建物は古く、カビ臭く、それでいて各所にヒビが入っている。この前なんかは虫が大量発生して大変な目に遭った。どれだけ異世界で禍々しい生物を見慣れていたとしてもあれは頂けない。茶色いあれは本当に。思い出すだけで鳥肌がたつ。
「……任務に集中。」
頭を切り替え、腕に巻き付くアーキテクト・コンソールに”透過効果”のコードを打ち込む。
青々とした芝生の上を歩いて屋内へと入ると薄く聞こえていた音楽が大きくなり、まさに今は舞踏会の醍醐味であるダンスの最中であることがわかった。
華やかな服に身を包んだ令嬢たちが、男性と楽しげに踊っている。異世界ではよく見られる光景……しかし何度観ても、繊細で美しいドレスが舞う様は素直に美しい。
「(あれが国王か?)」
ちらりと上を見ればそこに鎮座している王族。国王、王妃、そして第一王子…悪役令嬢とされる令嬢と婚約破棄した男だ。なんだか妙に性格の悪さとワガママさが滲み出たような顔立ちだなと観察していると、耳に入る囁き声。
「——婚約破棄を言い渡されてから、お姿を見ませんわね」
「ご自身の悪行を暴露されたんだもの…社交界に戻ってこられるはずがないわ」
「なんでも東の森で見かけられたとか…」
「貧民街の酒場に現れたと私はお聞きしましたわ」
「……」
誰、と言わずともこれは件の悪役令嬢…“ヴァレリー・アレキサンドリア”のことだろう。
ヴァレリー・アレキサンドリア公爵令嬢。
この世界に転移した人物であり、元の名前は『沢下ユイ』
魂のみが転移した女性で…まあよく見る事例だ。
確か資料にはこう書いてあった。
第一王子の婚約者であるヴァレリーは、性格のキツさから疎まれやすかったと。単純に厳格な人物であったらしいが……妃教育を受けていたのならば当然ともいえる。
しかし第一王子はそんな厳格な性格が嫌だったようだ。甘ったれのような顔だと思ったがその通り甘やかされて育った第一王子。度々ヴァレリーに行動の軽率さを窘められていたらしい。
そしてそこに現れたのが、マリア・ロバーツ男爵令嬢である。
彼女は学園内で第一王子に取り入って、あろうことかヴァレリーの悪評を広めた。
第一王子を侮辱し貶めようとしている悪女であると。
それによってヴァレリーは学園内で嫌がらせを受け、社交の場でも壁の花だったという。
「(単純に考えれば、未来の王妃として人の心を掌握できなかったヴァレリーの落ち度とも見れるけど)」
この世界の魔素量が増えたのは、悪役令嬢ヴァレリーが第一王子から婚約破棄を言い渡されてすぐだと報告されている。同時に姿を消した彼女の身に何があったのか、何が原因で増えたのか。…それさえわかればあとの事情はなんだっていい。面倒な権利争いだの、愛憎だの色恋だの、そんなことは知ったことではない。犬も食わない。
「……」
「やだ……何見てるのよ」
「そんな顔で睨まないでくださる?」
「(あ、やべ忘れてた)」
ルカはアーキテクト・コンソールにあるコードを入れるのを忘れていた。
/deprioritize ……周囲からの認識優先順位を下げるコードだ。
これさえ入れておけば、よほど相手の魔力が多いとか、気配に鋭いなんてことがない限りモブどころかそのへんの雑草ぐらいの認識に書き換えられる。てっきりそれを入れたつもりで聞き耳を立てていたので、距離は確かに近かった。転移しての任務が久々だったため気を抜いていたらしい。
タタタ、とコードを打ち込み、ルカは深々と頭を下げる。
「……大変失礼いたしました。クロエ伯爵令嬢、モルガナ子爵令嬢、ベルベッド子爵令嬢。」
「あら…あなたとお会いしたことはあったかしら?」
「いえ。…社交界で皆さまを知らない者はいないかと」
あらまあ、おほほ、なんて扇子で顔を扇ぎながらあからさまに上機嫌になる令嬢たち。
「(あっぶねー…/inputあってよかった……)」
もちろんこんな令嬢たちのことを知るわけがない。誰なんだこいつらはとルカは下げた頭の下でうんざりした顔をさらけ出す。
しかしこうして接点ができたのならば使わない手はない。礼をやめ、ルカは話を切り出す。
「アレキサンドリア公爵令嬢のお話が聞こえましたので。…その時のお話をぜひお聞きしたいなと。」
にこりと笑えば、待っていましたと言わんばかりにルカを囲み噂話を続ける令嬢たち。やれ婚約破棄の宣言は痛快だっただの、生意気な女だっただの……報告書の内容との相違が無いかを確認しながらも、その野心が見え隠れする会話にうんざりしながらルカは心にもない相槌を打つのであった。
・
「あ゛~~~~疲れた……」
噂好きの令嬢たちから情報を聞き出し、何故か同調して集まってきた令嬢、そしてそのパートナーから聞いてもいない学園生活の噂話を聞かされ……私は逃げるように会場を飛び出した。
「ほとんど報告書の内容と同じ……誰だよトーマスって…学内で浮気したとか知らんわ……勝手にやっとけ……」
バルコニーは思った以上に人がおらず、もしやワンチャン色ぼけた男女のそれに遭遇するかと覚悟したが、そんなことは無かった。
椅子もテーブルもないそこでバルコニーの手すりに寄りかかり、うなだれる。
「はぁ…酒飲みたい」
長らく禁酒(不本意)しているが、こんなに疲れた日はきっと酒がうまいことだろう。コンビニでよく冷えた缶チューハイ…その味を思い出して思わずゴクリと喉を鳴らす。
「大体なんで私しか現地いけないんだ…組織体制としてどうなんだよ、全員出払ってんじゃねぇよ誰か残っとけよ……」
つかないようにしようと思っても出てくるため息。
ドレスは重いし、髪飾りも刺さって痛いし。途中ではあるがもう目的は果たしたわけだから帰ろうかな……そう思っていた時だった。
ガチャ
バルコニーの扉が開く。
ガラスから洩れる光に照らされる黒髪。薄いラベンダー色のその瞳が、ゆっくりとこちらを見る。
「……あ」
目線が合う。私はとっさに腕に手を伸ばし……
|/deprioritize《認識順位降下》を打ち込んだ。
話は端的に結論から。
260730 コードの表記が分かりにくかったので微修正しました
260802 公爵の表記が侯爵になっていたため修正しました
260804 魔力・魔素の表記揺れを修正しました




