#12 パワーバランスに気を付けて
「……」
「……っ」
凍り付いたままの食卓の空気。
相変わらずガラの悪さが前面に出ているルカは、シェフを下敷きにヤンキー座りをしたまま、じっと公爵を見つめていた。
<#12 パワーバランスに気を付けて>
「ローワン公爵、貴方様の部下に手を出され心に傷を負いましたので、発言権をいただいてもよろしいでしょうか」
「心に傷……」
「……」
「きょ……許可する」
「ありがとうございます」
では。とようやく立ち上がり、優雅に一礼して近くの椅子の背もたれを掴む。
そのままズリズリと椅子を引きずりながら、ルカは涼しい顔で話を始めた。
「これはあくまで予想ですが……今回の婚約の目的、私と家族の連絡を絶ち、私が怪しい動きをしないか見張るためなのではありませんか?」
ズリズリと音を立て近づいてくるルカに、ローワンは無意識のうちに両手を握りこむ。
「ですが……このような小娘一人、婚約という形をとってまで合法的に軟禁するのは手間がかかりすぎている……そこがずっと疑問でした」
ようやく重たい音が止み、ローワンの目の前に椅子がドン、と置かれる。
そこにどっかりと座るルカ。粗雑な行動をするわりにやけに姿勢よく座るその姿がちぐはぐで、しかしその膝が当たりそうなほどの距離の近さにローワンは目を見開いている。
「魔物が出る森に入り、怪しげな機器を持つ私はさぞ怪しいでしょう。……それに手当をしていただいたにも関わらず屋敷を逃げ出しました。これは疑われて当然だと思います」
目を伏せるルカ。遠くを見つめる黒曜石のような目に、ローワンは目を奪われる。
「ルカ様……それは」
「セドリック様は……婚約に反対なのでは?」
「!」
「まあ、あなただけではないと思いますが……」
ルカがちらりと後ろを見れば、そこにはびくりと肩を揺らすキアラの姿。少し寂しげに細められた目は、ローワンの方に戻される。
「私は……元々目的があって森へ入りました。しかしその目的を果たす理由はもはや無くなり、今や日々を浪費するだけの年増。婚約のメリットは自分から見てもありません」
「そんなことは……」
「ああ、お世辞は不要ですよ。事実ですから」
ローワンは、はっきりと拒絶され眉間に皺をよせる。妙な距離感のあるルカに少し苛立ちを覚えたらしく、その感情のまま口を開く。
「っよほど疑われたいのだな」
「望んでいるわけではありませんが……実際疑っていますよね?」
「……」
「いいんですよ本当に。……疑われるようなことをしている自覚はあります」
ルカはこれまで仕事を完璧にこなしてきた。
多少のイレギュラーはあれど、その世界の住民の記憶に残るようなことはしなかったし、覚えられたとしても必ず痕跡をすべて消し、記憶を削除してきた。だから現地の人間とこれほどまでに会話することは初めてなのだ。初めてとも言える失態。ルカは自分のふがいなさにため息をつく。
「……どうしますか、それで」
「どうとは」
「どれだけ辺境に追いやられようと、あなた様は公爵であり王族の血を引く方です。疑わしき私を罰する権利があるのではないですか」
「……」
すべてを諦めたようなその目に、ローワンは胸の内がざわざわと落ち着かなくなる。
月の光も、ましてや魔石の光すら無い漆黒はどこまでも遠くを見つめ、まるで目の前の自分など眼中に無いような……そんな顔をしている。
「罰せられたいのか、あなたは」
「まさか。死ぬときはベッドの上で穏やかに死にたいです」
「だったら……命乞いのひとつでもしたらどうなんだ」
「命乞い……」
考えたことなかったな……と呟いたルカは、顎に手を当て考え込む。
正直今ルカは手詰まりで、元の世界に帰ることもできなければ仕事に復帰することもできず、しかも自分の境遇を誰かに話すこともできない。
そんな状態で命を繋ぎとめたところで、待っているのは目の前の男との謎の婚約関係と、自分の素性を隠し通すという大変気を遣う人生。
まともに生活することすらままならないのにどうして命を乞わなければならないのか。死にたい願望が無かったとしてもこういう結論に至ってしまうのは仕方がない。
だが……ローワンはそうではないらしい。
「……確かに、私が婚約を申し込んだ理由のひとつは、あなたが私の管理する森で怪しい行動をしていたからだ」
「!……良いのですか、主」
「良い。いずれ話していたことだ」
「……」
「私はこの森を管理する立場にあり、最近増えてきた“魔の者”の調査を行うべく森を巡回していた。そこに現れたのが、“魔の者”に襲われていたあなただ」
ローワンが言うには。
この頃、魔物とは違う生体をしている魔力を持った生命体、魔の者がこの森に現れるようになった。もちろん、ただ魔力を持つだけならば問題ないが、どうにも森の生態系に悪い影響を与えており、ローワンはそれを正すべく魔の者を調査、見つけ次第討伐するようにしていたという。
「魔物、魔の者……やはりこのふたつは違う存在なんですね」
「まだこの森に住まう者しか知らない情報だ。魔物は元よりこの森に住まうものたちであり、魔の者は……人間の魔力が暴走したような、まさにあの日あなたを襲ったものをそう呼んでいる」
「なるほど…では、その魔の者はいつ頃から発生したんですか?個体数は?分布は割れていますか?魔力量や質は従来の魔物とどんな違いが——」
ルカは、そこで口を噤む。不自然に止まった言葉にローワンたちは不思議そうな顔をしている。
「(これ以上聞いて何になる?)」
ルカには今、仕事を続けるための道具がない。第二の人生を歩むと決めたというのに、何を調査しようとしているのか。
馬鹿馬鹿しい……これ以上聞くのはやめよう。
何事も、知らないままでいる方が懸命だ。
「……無礼な行いをした事、心よりお詫び申し上げます」
椅子から立ち上がり、深々と頭を下げるルカ。それを呆然と見つめるローワンたち。
「今の状態で信じていただくことは難しいと思いますが……少なくとも私は、アシュフォード家や国家に仇なそうとは思っていません。心ゆくまで監禁でも尋問でもしてくださって構いません。ただ……婚約については、一度考え直された方が良いかと存じます」
「……それは……」
「僭越ながら、部屋に戻らせていただきます」
「おい、待て。まだ話は……」
ローワンの声に振り向くことなく、ルカは部屋を去る。
すっかり空になったデザートの皿に魔石の光が反射していた。




