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はざまの苦労人~異世界管理業務、できなくなりました~  作者: わぎり
Case1 管理業務、できなくなりました
11/40

#11 アイスブレイクは慎重に

「おぉ……」


 目の前に置かれた美しい一口前菜(アミューズ)。お偉方との会食でしか見たことのない繊細なそれに、ルカは思わず感嘆の声を上げた。


 

 <#11 アイスブレイクは慎重に>



「改めて婚約を受け入れてくれて感謝する、ルカ・モスウッド男爵令嬢」

「こちらこそ、素敵なご縁をいただき大変うれしく思います。ローワン・アシュフォード公爵」


 少し遠い場所に座る公爵に、ルカはテンプレートのような返事で答える。

 長いテーブルには室内の装飾とあわせて落ち着いた色味の花々が飾られており、魔力を込めた魔石の光源によってその色を鮮明に発色している。そんな飾りつけにルカは小さく感動しているが、その表情には特に表れておらずローワンは距離を測りかねているらしい。従者のセドリックとキアラもまた、ルカの反応をじっと観察している。


 

「本来ならば婚約を発表する宴の場を設けるべきなのだが……今日は疲れただろう。宴については後日開かせてくれ」

「お気遣い感謝いたします」

「ではいただこうか」

「はい」



 本来貴族であれば婚約の契りをかわしたその日、むしろ披露宴の最中に婚約の契りを交わすことのほうが主流だ。だからこそローワンはどこか気まずそうにしている。

 しかしルカはそのようなものにこだわるつもりが無く、むしろそういった披露の場なんてものは好きではないため、後日開くという宴の場が無くなればいいとすら思っている。

 なんなら婚約も早く解消されろとまで思っていることは、ルカ以外知る由もないだろう。


「ルカ様、この度はご婚約誠におめでとうございます。私はシェフのドレイクでございます」

「ルカ・モスウッドと申します。……美しいプレートですね」

「光栄にございます」



 恐らくこの森の近辺で取ることのできる材料を使っているのだろう。ムース状のソースに乗ったベリーやナッツがコーティングによってきらきらと輝き、その下の根菜を美しく飾り立てている。



「(いただきます……)」


 小さく1口分を切り分け、口に運ぶ。すると思っていた以上に濃厚な旨みが口に広がり、後を追うようにベリーの酸味が口をさっぱりさせる。

 食感や彩りで食事の最初を飾るアミューズに相応しいその料理は、シェフの力量が存分に発揮されていた。



「今宵のディナーには、()()()()()()()()()をふんだんに使用しております。どうぞご堪能くださいませ」

「ありがとうございます」

「……!」



 頭を下げ、後ろに捌けるシェフ。ルカはどんなものが出るかと内心ウキウキしているが、セドリック、そしてローワンはそうでは無いらしい。途端に表情が固くなり、シェフに鋭い視線を送った。

 しかしシェフのドレイクはというとそれを気にすることなくルカから離れた場所に立っている。


「?」


 空気が少し重いような、そんな雰囲気を感じてルカはローワン公爵に目を向けたが、ハッとしたローワンが食事に口をつける。釈然としないままではあったが、しかし深追いする気もないので、目の前の料理を堪能することにした。




 ・




「——味は、どうだった?」

「どれも大変美味でした」


 一切会話のなかった食事が終わり、あとは席を立ち部屋に戻るばかり。

 そんな時ローワン公爵はルカに声をかけた。その顔は涼しげではあったものの、しかし声は固い。およそ婚約者を前に出す声ではないが……そんなものを気にするほどルカは繊細ではない。

 淡白に問われたので淡白に返事をし、腹に収まった料理に思いを馳せる。


「(メインディッシュもこの森で採れたらしいけど、何の肉だったんだろ……。ジビエ系?もみじ鍋なんかも気になってるけど、言ったら出てくるんだろうか?異世界の熊ってめちゃめちゃ強そうだよな……)」

「……この森には、“魔物”が多く住んでいる」 

「?……はい」


 何を今更。ルカは口もとを拭いていたナプキンを置き、神妙な顔で話し始めるローワン公爵を見る。


「あなたは……“魔物”を料理に出されたんだぞ」

「そう……なんですか?」

「フォレスト・ボア……つい先日討伐した大蛇を使ったな、ドレイク」

「……」


 

 シェフはその顔を歪ませ、キッとルカに鋭い目線を送る。


「このアシュフォード邸に嫁入りするってんなら、このくらい食えてもらわなきゃ困りますよ、主。そもそも俺たちは主が突然婚約するって言い出して心配してんだ。ちょっとばかし婚約者を試したっていいだろ?」

「ドレイク、お前!」

「セド!おめぇは黙ってろ!」


 セドと呼ばれた従者。

 その親しい仲はわかったが、いかんせん何が火種になりこんな状況になっているのかが分からないルカ。試した、と言ったドレイク。……まさか魔物の蛇肉を食わせることが試練であったと言うのだろうか?おいしく平らげてしまったルカはきょとんとしている。



「なぁ婚約者さんよ、上辺ばっかりで褒められたってなんにも響かねぇ。本当は魔物の肉なんて吐き出したくて仕方ねぇんだろ?なぁ!」

「……」


 こちらを睨みつけ、そろそろ胸ぐらでも掴まれそうな勢いでまくし立てられるルカ。叱咤されることも妙なクレームを入れられることも慣れたものではあるが、だからといって全くの無感情という訳では無い。

 理不尽ともいえるその怒声に、ふつふつと、ルカの怒りが溜まっていく。



「ドレイクやめろ、彼女はまだこの屋敷に来たばかりで……」

「主!聞いたぜ俺は……この女は森に不法侵入したんだろ!その上看病した恩を返さず逃げた!そんな奴をどうして婚約者にしたんだ!」

「それは……私が、責任を……」

「ドレイク!先程から令嬢に向かって無礼だぞ!」

「うるせぇ!」


 ガッと勢いよくルカの襟元が掴まれる。

 ふわりと持ち上がる体。

 ブチブチと嫌な音を立てるドレス。装飾でつけられた数個のパールが落ちた時……ルカはその腕を掴み、その全体重をかけた。




 ——異世界管理課は特殊な課だ。転移者予備軍であり、頭が回る人間でなければならない。しかし8年前まではそれだけにとどまらず、()も求められていた。


 そう、管理課事務方の古株……ルカが採用試験を受けた年である。

 

 

 


 重さが加わり前に重心を持っていかれるドレイク。

 護身術に覚えのあるルカの動きは鮮やかで、少し破れたドレスもそのままに、慣れた動きで体をひねる。


 そのまま投げ飛ばされるようにドレイクの体が宙を舞い、轟音と共に衝撃が床に走った。


 

「「「!?」」」

「がはっ!?」


 受け身が取れず、呼吸が浅くなるドレイク。ルカは緩んだ手を胸ぐらから離し、倒れているドレイクに跨り屈む。

 シンと静かになった食卓。ルカは紅が少し落ちた口を開いた。


「……あなたの主張はよくわかりました。婚約については、実は私も思うところがありまして」



 ジロリと黒い目がローワンを睨みつける。およそ令嬢とは思えないそのガラの悪さは、相手を怯ませるのに十分すぎた。



 

「ちょっとお話しましょうや、ローワン・アシュフォード公爵」



 

 ローワンは思った。目の前のドレスを着たチンピラは、本当に自分の婚約者なのか、と。

 先に手を出した方が負け


260715 あとがきが重複していたので修正しました

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