#109 待ち合わせは互いに知っている場所を選ぶこと
「ろっ……ローワン様がっ……さら、攫われた!?」
「はい」
「デュート!デュート馬を!!今すぐ行かなくてはローワン様が!!」
「お嬢様落ち着いてください、乗馬は嫌いだとレッスンを投げ出していたでしょう」
「デュート!!」
ローワン様ぁ!と顔を青くして慌てふためくカリーナ。正直に言ったことが正しかったのか、隠し通した方が良かったのか……ルカは、話せと言われた手前どちらが正しいのかわからなかった。
〈#109 待ち合わせは互いに知っている場所を選ぶこと〉
「どうしてあなたはそんなに冷静なのよ!」
「私も焦ってはいるんですよ。そしたらあなた方がいらっしゃったから……」
「もっと早く追い出してくださいませ!」
「追い出してよかったんですか?」
「追い出さないで!!」
「(どっちだよ……)」
自分よりも焦っている人間を見ると、だんだんこっちが冷静になってくるな。ルカは自分が思ったよりも焦っていたことに気づき、密かにカリーナへ感謝さえし始める。
先程までは穏やかな空気が流れていたはずの応接間……今や慌てふためき顔色をコロコロ変えるカリーナを見守る会と化している。ルカはもちろん、キアラでさえその慌てように驚いて……いや若干引いているまである。アシュフォード家にはなかなかいないタイプの女性であるためそういう反応になるのは仕方がない。
「カリーナ様、落ち着いてください。ある程度筋道は立てているんです」
「なら早く救出してくださいませ!!」
「それをするには落ち着いていただかないと……」
「落ち着いていられるわけがないでしょう!?公爵がさらわれたのよ!?」
「……まあ、そうですけど……」
ルカは、てっきりカリーナがローワンのことが好きだからこんなに慌てているのかと思ったが……先に”公爵が”となるのか。とやけに冷静に言葉を見る。貴族の恋愛は難儀だ。気持ちよりも身分が優先されるらしい貴族社会は、こんな緊急事態であっても言葉に規制をかけてくるらしい。
「私も、この件を長引かせる気は無いんです。ですから」
「あたりまえよ!早く!早く連れ戻して!」
「ですから、カリーナ様は一度落ち着いてお座りに」
「ああどうしましょう……っ今頃きっと酷い目に……!デュート!!」
「はいお嬢様」
「……カ、」
「そうだわ私もやはり一緒に着いていくわ!そうすれば戦力も増えて」
「……。」
パァンッ と乾いた音がカリーナをとめた。
その音はカリーナの目の前にあるルカの手から鳴ったもので、目を見開いたカリーナはその手の主を凝視する。そのままゆっくりと開かれた両手。その奥には苛立ちを露わにするルカの鋭い目線がある。
そのまま両手はカリーナの頬に伸び、むに、と柔らかい頬を摘む。次第に力の込められていく指はまるで拷問器具のようである。
「カリーナ様……どうか話をしている時は静かにしてくださいませんか……?」
「痛い!痛いわルカ!」
「うるさい。口を塞いでやったっていいんですよ」
「!?」
紅の引かれた口元を凝視して、それに負けぬほど顔を真っ赤にするカリーナ。
ようやっと黙ったことにルカがため息をつけば、頬を伸ばされ涙目のカリーナはルカを見つめている。いつもは見下ろされているルカだが、カリーナの方が小さいからかその威厳が存分に発揮される。
「いいですか。あなたは今重大な秘密を知ってしまいました。これを外に漏らせば……どういうことが起こるか、聡明な貴方ならわかりますね」
「っ……っ……」
「よろしい」
コクコク頷くカリーナに、ルカは指の力を抜く。
「……なにも、あなたに責任を背負えと言っているわけではないんです。……貴方が、私をらしくないと言うならば……貴方には、私が私らしく仕事できるように見守っていてほしい。それだけなんですよ」
「……」
静かなルカの声は、先ほどカリーナを衝撃的な言葉で脅したとは思えない程優しさを孕んでいた。それは確かにカリーナがルカに望んだ本心で、飾り気も無く直球すぎるその言葉は、カリーナを誘導しようとしたものよりもずっと強くカリーナの心を動かす。
「……聞こえてます?」
「え……ええ……」
少し熱を持った頬は、今や少し温度の低い手に包まれているだけ。するりと離れた手に名残惜しささえ覚えたカリーナだったが、ルカの表情をまだ凝視している。
「はぁ……これから私は屋敷を離れて、目星をつけている場所へ向かいます。帰るまでに3日は見ていますが……その間、屋敷の決裁権を持つ者は不在。それなのに客人がいるというのはあまり良い状況とは言えません」
その良くない状況が今まで続いていたわけなのだが……しかし野放しにして良いわけではないことは、もちろんカリーナにも理解できる。
「ですからその空白期間を、カリーナ様に埋めていただきたいのです。屋敷内がせわしなく動いていれば、来客対応ができないことの説明がつく。ただでさえ仕事が滞っている上ローワン様はあの調子ですから、恐らく来客の予定が今後も詰まっているでしょう」
「……だからって、どうして私に……」
何故従者や兵士がいるというのに、自分で動くのか。カリーナが言葉にしない疑問を感じ取ったルカは、少し目を細める。
「……それは——」
・
ところ変わって、ルカはキアラと共に地下へと降りていた。アシュフォード家の地下には簡易的な牢があり、国の警備隊へ引き渡す前の一時的な留置場所となっている。
基本は人のいないそこだが、薄暗いその牢屋には今、二人の人影が見える。
最低限の衛生を保証された、土壁に囲まれているその部屋。眉を顰めるキアラの前でルカは迷いなく足を進める。
「お疲れ様です。少々外していただけますか」
「はっ、ですが……」
「大丈夫です、何かあればキアラが対応しますから」
「……かしこまりました」
兵士を下がらせ、ルカは牢屋の前に立つ。魔石の光がルカの髪を照らし、透き通る黄色い光を反射しているのを、牢屋の奥で4つの目がとらえた。
「お久しぶりです。その後いかがですか」
「……」
「口もきけなくなったんですか。食事は十分に貰えていたはずですよね?」
「っルカ!?」
ガチャンと大きな金属音を鳴らし、牢屋の中から人影が近づいた。最低限の水浴びしか許されていないこともあってか饐えたような匂いがルカの鼻をつく。キアラは口元をまるごと覆った。
「なんでここに……っもう会えねぇのかと思ってた!」
「……緊急事態でして。あなた方に協力していただきたいなと」
「何すりゃいい!?」
「……まずは風呂に入っていただきたいですね」
「…………く、臭いか?」
「環境的には仕方がないことですが……」
目を逸らしたルカに、ものすごい勢いで後ずさった男。そんな様子を見て、ルカは咳払いをする。
「……あなた方には、その立場を利用して道となっていただきたいんです。
バル、グラク……もう一仕事引き受けてくださいませんか?」
静かだが、芯の通った声。
グラクが焦がれたその声が再び自分に向けられたことに、青い目がきらりと輝いた。




