#108 誠実な受け答えをすること
「たん、じょうび」
「そうよ。11月18日……まさか知らないわけないわよね?」
「……」
「……流石にだと思うわ、それは」
ドン引きのカリーナと、流石に自分もどうかと思っているルカ。妙な共通の感覚を持つ二人を、微妙な表情の従者二人が見守っていた。
<#108 誠実な受け答えをすること>
「あなたね……!それじゃあどうして急にパーティなんて言ったのよ!」
「……」
キャンキャンと小型犬のように吠えるカリーナ。つい先ほどまで菓子を食べて機嫌良さそうにしていたはずなのに、今はルカに噛みついている。
明確に理由を言うとすれば自分が動きやすくなるため、ではあるのだが……それを言ってしまえば元も子もない。ルカはオブラートに包んだ言い方をなんとかひねり出す。
「その……カリーナ様は仕事とはいえローワン様がお好きなのだと思うので……」
「だからパーティをしようと?頭がおかしいのではなくて!?」
「(ヤバいミスった)」
ダメだったか、とルカはうなだれる。何と言っても対応に急を要するローワンの救出。ここでつかまっている場合ではない。
余裕のない状態で決断する場面は、もちろん場数を踏んでいるルカにとって慣れたものだが……慣れたからといって得意な訳ではない。その上隠し通す必要があるのが厄介だ。
「大体ね、どうして婚約者のためのパーティに私のような婚約者の立場を狙う者を入れようと思うのよ!まさかとは思うけれど、他にも婚約を狙う女性を野放しにしているんじゃないでしょうね」
「……」
「はぁ……」
カリーナは頭を抱えている。ルカは思い当たる一件を思い出し、しっかり目を泳がせた。ローワンを古くから知るというあのホテルの支配人の娘……腹立たしい対応の数々に疲弊して放置したが、あれもしっかり婚約者を野放しにしている。なんなら好きにしろとまで言った。思い返せばあの発言は人の心が無さすぎる。いや、ルカの立場上問題は無いのだが……。
「……私に、喧嘩を売っていらっしゃるの?どうせ婚約関係は破棄されないから好きにしろと?」
「そういうつもりは……」
「では何かしら。私で遊んでいらっしゃるの?私だって一人の淑女よ、あまりお戯れが過ぎると冷静ではいられないわ」
「……申し訳、ありません」
ルカは眉間にしわを寄せ、頭を下げる。あまりにも人の心を利用しすぎた自覚のあるルカは、カリーナの言葉に言い返せない。ではどうするべきか?必死に頭を回しながら、何度もその思考の中でカリーナの怒りに触れそうな提案ばかりが渦巻く。
「(パーティは無しにするとして……この屋敷の中で何かをさせておくとしたら何が……)」
「…………なんだか、あなたにそうやって落ち込まれると私が悪者みたいでいやになるわ」
「え?」
「いつもの調子で言い返しなさいよ、あなたらしくない」
「……私、らしく……?」
「そうよ。何を言われても思われても関係なく、ずけずけと物を言って自分の意志を押し通す。……あなたってそういう人でしょう」
「……」
驚いた。その言葉が10も離れている少女から出たことにも、自分の言動をそこまで見られていたことにも。こういう人間でいようと決めているわけではない。そういう意志の強さは持っていないルカだが、それでも並べられた言葉は、貶しているように思えるが、その実ルカのことを深く理解しているように聞こえる。
だからこそルカに刺さった。今の自分は自分らしいのかと。回りくどく相手を動かそうとしている自分は今、納得して動けているのかと自分に問わせる。
「そうですね、カリーナ様のおっしゃる通りです」
「デュートさん……?」
「……カリーナ様があなたを訪ねるようになったのは、あなたがローワン様の婚約者だから、だけでは無いのですよ」
・
『っ何なのあの婚約者……!泥だらけで現れたと思ったら私を脅してきたわ!』
『カリーナ様、どうか落ち着いてくださいませ』
ルカに睨みつけられ、涙目で屋敷を飛び出し馬車に乗ったカリーナ。その様子に一体どんな令嬢だったのだと驚くデュートだったが、どうやらこれまでカリーナが出会ってきたご令嬢とは随分違う人物だったらしいことだけはわかった。
異動する馬車の中、とにかく文句を言い続けるカリーナ。それをデュートはただじっと聞く。
『あんなに野蛮な方が婚約者!?ローワン様は気が触れてしまったの!?』
『東の森に入るなんて正気じゃありませんわ、狩猟をされるご令嬢もいらっしゃいますけれど、魔物とただの動物では比べ物にならないわよ!』
『……』
『でも……』
『?』
やっと落ち着いたか、カリーナの声のトーンが下がる。
『……でもあの方の言うことも正しいわ。私だって今後、あのご令嬢と同じ年齢を迎えるんですもの。それに身分差別なんて……公爵家が軽々しく言っていいものでは無かったわ』
『(……これは……)』
デュートは、反省するカリーナに驚いていた。日頃自分をもてはやす声ばかりに囲まれた彼女は、その態度を少しずつ大きくしていた。もちろん度が過ぎれば釘を刺していたデュートだったが、それにも限界は来る。その上彼女は気が強く、特にヴァレリーと疎遠になってからというもの、少し自暴自棄にも似た尊大な態度が目立っていた。
それが今、彼女に反省をさせるほどの令嬢が現れた。しかもそれはローワン公爵の婚約者で、野蛮だと噂される28の女性。どんなお灸をすえたのか、想像はつかない。ただ確実にカリーナを変えた。その事実にデュートは驚く。
『……ねえデュート、またアシュフォード邸に行くわよ』
『それは構いませんが……よろしいのですか?またそのご令嬢と口論になられたら……』
『いいえ、あの方を正面から打ち負かしてこそ私の箔がつくというもの!言われっぱなしでは侯爵令嬢の名が廃りますわ!』
『……かしこまりました。スケジュールを調整いたします』
そうして、カリーナはローワンの婚約者であるルカの元へ通った。そのうち婚約者の座を奪うことから、ルカと気兼ねなく話すことが楽しくなり……
・
「……私はね、ルカ。貴方の物怖じしない態度が好きよ。でもそれ以上に飾らない、表裏のない素直な言葉が好きだったの。……それが何ですか、何を企んでいるのか知りませんが、私をだまそうとしていらっしゃるの?そういう小細工は私とても嫌いですわ!」
「……」
びし、と指をさされ、ルカは眼を見開いた。もはやその言葉はルカを照れさせる隙も与えず、ただじんわりとその心を溶かす。
味方にするには幼すぎる、しかしまっすぐに自分を見ていたという彼女の言葉は、ルカのらしくない行動に釘を刺す。
「さあ、正直にお言いなさい。私は公爵令嬢……あなたが隠そうとしたことなど、ほんの些細なことですわ!」
高らかに笑い声をあげるカリーナ。そんな彼女にルカは微細にだが、口角を上げた。
・
「ったくよぉ、何が楽しくて単独で西領見に行かなきゃなんねーの?」
馬車に揺られながら、やはり光学迷彩と音声遮断のコードで存在を隠されている海野。きっと彼の姿が見えていればどれだけ親しい人間でも怒鳴っただろう。今彼は馬車の座席に土足で寝ころがり、ぶらぶらと足を揺らしている。
「おおい事務方さーん、あの人いっつもあんな感じなんすか?自由過ぎてこまるんすけどぉ」
カメラから返事があるわけでもない。海野は反応のないそれにため息をつく。
「(カメラに見えねーとこで動きたいのはわかるけど、あんな露骨にやって大丈夫かよ。しかもあの権限チップ……)」
海野もはっきりとは見えていない。しかしチップの古さと刻印された名前ぐらいはわかる。実働部隊でも有名な名前……見間違えるはずがない。なにせその人物は有能さを惜しまれながら殉職認定され、今も尚教官によって語り継がれているのだから。
「(鮫島薫子……何年も前に異世界で殉職した、有能な管理官……。なんでそんな人の権限チップをあの人が持ってんだ)」
脳裏に残るルカの目線。まるで追悼するような静かな黒は、やけに海野の心をざわつかせた。




