#107 嘘から出た誠も利用すること
「デュート、あなたって意外と有能なのね」
「……お褒めの言葉として受け取っておきます」
「(自分の従者に意外とって……)」
ルカが部屋へ戻ると、感心したと言わんばかりのカリーナの賞賛がデュートに投げかけられる。その失礼な言い方は二人の間では許されているようで、ルカは二人の距離に少し眉間の皺を薄くした。
<#107 嘘から出た誠も利用すること>
「デュートさん、先ほどはありがとうございました」
「いえ、私は当然のリスクをお伝えしただけです」
今回キアラの出した菓子はカリーナの好みに合っていたらしく、部屋を出る前から二、三個ほど菓子が消えていた。ルカが自分の席に座れば、以前にも同じような光景を見たことを思い出す。きっと甘いものが好きなんだろう。自分にヴァレリーのことを話した時も、同じように菓子が消えていたと思う。
「それにしてはかなり具体的な話ぶりだったわ。やったことでもあるの?」
「お嬢様は私を犯罪者にしたいのですか?」
「違うわよ!具体的すぎて驚いただけ!」
「……それは私も思いました。警戒心を弱める魔法を使う、とおっしゃったのがやけに具体的だなと」
「……」
少し考えるそぶりを見せたデュートは、ちらりとカリーナを見た後に口を開く。
「光魔法にそのような特徴があるんですよ。これは教本などに載っている訳ではありませんが、私も光魔法を使う者の端くれとしてその効果を知っていたというだけです」
「……安心感を与える、ではなく?」
「ええ。言い換えれば“心が浄化される”というか、相手への心の壁が取り払われるような感覚ですね。とは言っても私が使う側なので、感覚をお伝えするのは難しいのですが……」
使う?使うとはいつだ。今使われているのかと若干警戒したルカだったが、それを察してかカリーナが口を開く。
「デュートは私の身の安全のためになんでもするの。刺客相手には尋問もするわ」
「……それ、私に言っていいのですか?」
「あら、あなたは私に害をなそうとしないでしょ?」
「まあ……」
そりゃあ、害を与える必要はないが……いつの間に自分とカリーナの関係はそこまで深くなっていたのだろうか。今ここに海野とカメラがいなくて良かったと思うルカ。そんなルカを見てデュートは言う。
「便利ですよ。自白剤を使わずとも自分の魔力でどうにかなりますから。……しかし魔力量が膨大でなければ成立しない話ですし、あくまで仮説です。どんな企てをしているかも私には到底想像が付きません」
「……そうですね」
むしろ、そこまで考えられている時点で十分すぎるとルカは思う。ルカはそもそもこの世界の異変を知っていて、全てを疑ってかかっているからこそ些細な変化を見逃すまいと動けるが、この世界で生きていたとしたらこんな微細な変化と自分の知識を繋げるのは中々できる事ではない。当たり前に魔力があり、当たり前に魔法を使う世界……自分がこの世界の住人だったとしたら?そう考えるとデュートやローワン、セドリックたちはやはり切れ者だ。
「……それはそれとして、カリーナ様はどうして滞在されるのですか?西領と違って南領は比較的すぐにここへ来られるじゃないですか」
「……何よ、早く出て行けって言いたいの?」
「……いえ別に」
はいそうです、とは言えず、ルカは目線を逸らす。ただカリーナもまた事情があるようで、一口紅茶を飲んだ後重々しく口を開いた。
「……私に与えられた仕事なんですもの」
「?」
仕事とは。なんの交渉かと首を傾げたルカだが、カリーナはじっとティーカップを見つめたままだ。その様子は先ほどまでセルパンに見せていた“気丈な南領の令嬢”とは少し違って見える。
「私がローワン様と婚約するためにここへ通っていることはご存知よね?」
「はい」
「それが私の仕事なの。お父様は東領の資源を貿易の商材として使いたい……だから私が送り込まれたのよ」
「(……そういえば)」
カリーナを初めて見た時、父親らしき人物と共にこの屋敷を訪れていたなと思い出す。その時は大して気にも留めていなかったが、確かに娘を是非婚約者にと売り出していた。
これまではカリーナがローワンに好意を寄せているからだと思って見ていたが、どうやら彼女にも色々事情はあるらしい。公爵の娘ともなると自分が政治利用されることもあるのか。可哀想とは思わないが、大変だろうとは思う。
「だから私もあなたに早く別れなさいと言ったのに、あなたってば何を言っても引かないんだもの……こんなに長期戦になるなんて思ってなかったわ」
「はぁ……私も婚約解消は打診していたんですが……」
「それよ!なんで先に打診してるの!?頭がおかしいんじゃないの!?」
「至って正常ですが」
「もうっ……でもいいわ、あなたってそういう人だもの」
「……すみませんどういうことでしょうか、喧嘩売られてます……?」
「野蛮よやめなさい!」
先ほどまでの少し暗い雰囲気が消え、またルカに世話を焼くような口調に戻ったカリーナ。その反応を微笑ましく見守っているルカは、同じく見守るデュートをちらりと見てから自分も紅茶を飲む。
「とにかく、ローワン様と婚約を結ぶまで私の仕事は続くの。あなたが早く結婚してくださればこんなお仕事しなくてもいいのに……」
「……それは……」
どう答えるべきなのだろうか。ルカの脳裏には様々な言葉が浮かぶが、口にする前に文章が組み立てられない。結婚はしない、と言い切れば、間違いなくカリーナに詰められるだろう。では結婚すると?それはできない。海野のコンソールがある以上、自分には帰還する手段が確立されている。
「……まあ、ローワン様もお忙しいですから」
「またそれなの?相変わらず多忙なのね」
「はい」
呆れた様子のカリーナ。ルカはふとそこで、妙案を思いつく。
「……カリーナ様。この滞在中のご予定はお決まりですか?」
「?いえ特には……今の時期は茶会も落ち着いているし……」
ルカの物言いに警戒心を隠せないカリーナ。突飛な言動に定評のあるルカだ、突然森に行って魔物を狩ろうと言いかねない。カリーナはルカをそんな人物だと思っている。
「お願いがありまして」
「……何よ、もったいぶらず早く言ってちょうだい」
「実は……
ローワン様が帰ってきた時、出迎えるパーティをしてはどうかなと思っていて」
「……はい?」
思考が止まるカリーナ。もちろん止まっているのはカリーナだけではない。キアラもまたその目を大きく見開いている。しかしこれはルカの作戦だ。自分が救出に出払っている間、カリーナに主導権を握らせパーティの準備をさせる……すると自分の行動を詮索されず、かつローワンの不在がむしろ好機に変わる。
あとは日数を調整し、共に西領でローワンの失踪を知った従者たちを説得すれば……。
「ですからパーティを……」
「わ、わかったわよ!聞こえてるわ!……突然言われて驚いているのよ、あなたってばそんなこと言うのね……」
「私をなんだと思ってるんですか……?」
これでも歓送迎会の幹事をさせられることもあるんだぞ。ルカは言葉にしないがそんなことを思う。
「日頃多忙を極められているローワン様ですから、多少の息抜きがあってもいいかと思いまして」
「……いつ開催するつもりなの?」
「そこまでは……」
「……だったら絶対に4日後よ。その日以外ありえないわ」
「?……何かありましたっけ?」
「はあ!?わからないで提案したの!?信じられない!」
立ち上がってまで驚きを表すカリーナに、ルカは困惑する。4日後……ルカとしては救出に時間を割くことができるためかなり良い日数なのだが……。
全く見当もついていないらしいルカ。カリーナは興奮したように声を張り上げる。
「4日後はローワン様のお誕生日じゃない!」
高揚する頬。キラキラと輝く瞳。
あっけに取られるルカの目の前には、年相応にサプライズを楽しみにする少女がいた。




