#106 焦らず迅速に対応すること
「——まあ、それでは西のワイナリーを複数経営されているのね」
「ええ!先々代より受け継いだ経営を、先代である私の父が拡大、そしてその後私が受け継いだのです」
「……」
あらかじめ言っておくと、これは暗に帰れと言われた貴族たちの会話である。応接間の机に広げられているのは、書類ではなく茶菓子たち。以前の失敗を繰り返すまいと客人用に用意された紅茶が、芳醇な香りを漂わせている。
「貿易の場でも西領のワインはよく名前を聞きますわね」
「ええ!レーヴのワイナリーが有名ではありますが、我々は安価に安定した品質のワインを提供したいと考えておりまして……」
「やはり同業の多い産業は差別化が重要ですものね」
「そうなのです!いやあ流石は公爵令嬢様、我々の考えをこうも汲んでくださるなんて……!」
「……。」
微笑ましげにその様子を眺めているデュート。その表情と空気に舌打ちをしたくなるルカだった。
<#106 焦らず迅速に対応すること>
「どーするんすかぁ?このままアンタが席外したら、この二人怪しんで色々聞いてくるんじゃ無いっすか?」
「(こいつ……)」
苛立っていることに気づきながら、半笑いでルカを煽る海野。わざと感情をかき乱し、何かボロを出させようとその言い方を選んでいたのかと思ったが……どうやら天性の才能のようだ。口を開くたび嫌味ったらしい猫撫で声がルカの視線を冷たくする。
しかしこれからどうするべきか。海野にローワンを奪還してこいと命じても良いがハンドリングに不安が残る。余計なことを聞かれては面倒だ。
では自分が動くためには?目の前の二人を上手く欺いたとしてもタイムリミットはある。ではそのタイムリミットをできる限り長く……往復の移動と想定外の対応時間も含め、せめて3日は確保したい。それを可能にする手立ては……
「……ちょっと、いつまでそこに立っているのよ。屋敷の者が立っていては私たちも立たなくてはいけなくなるわ」
「……ソウデスネ」
むすっと言うカリーナは可愛らしいが今は大変憎らしい。ルカは渋々二人と向き合うようにソファへ腰掛けた。気もそぞろなキアラが、ルカのティーカップに紅茶を注ぐ。
「それにしても、どうしてワイナリーの経営をされているあなたが東領に?ワインの販路拡大?」
「それがですね……実はワインの素となる葡萄に、魔石が関わってくるのですよ!」
「魔石が……?」
触れられたくなかった話題にカリーナが食いつく。さてどこで、どう却下するか……あらかじめローワンと情報を共有しておくべきだったと後悔しながら、話の行く末に耳を傾け紅茶を一口飲んだ。
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「——なるほどね、それであなたは東領から直接魔石を輸入したいと。」
「そうなのです!私の経営についてきてくれる農民たちの生活を豊かにするためにも……きっと寛大と有名なローワン様ならば、引き受けてくださる!そう確信しております!」
目をキラキラと輝かせ声を大にして語る彼の動機は、伯爵にしてはかなり純粋で一貫している。ただそれを叶える手立てに二つ返事ができないというだけで……。不安にならないのだろうか?出所のわからない魔石で数回効果が出たからと、それを成功例として扱うのは。運用化するにしては無謀である。
そしてそれを伝えるのはローワンの役目。彼ならばおおよそ調べをつけ、証拠を揃えた上で拒否しただろう。そしてルカもその証拠やデータがあればここで明確に断ることができた。しかしその情報は今ルカの手元にない。隣でマフィンを食べたそうにしている海野が頬杖をついている。
「(カメラに見られてる前で下手に話すのも……)」
「……あの、差し出がましいようですが発言してもよろしいでしょうか?」
「?」
「あらデュート、どうしたの?」
全員の視線が、カリーナに仕える男に注がれた。物怖じせず無表情のままで口を開く。
「お言葉ですが……現在効果を発揮しているという魔石の入手場所によっては、売り物にならないのでは?」
「それは……しかし害が無いかは我々も試したのです!世に出す前に、魔石が現れた農園の従業員が数ヶ月試飲して……」
「もし、蓄積によって効果を表すものだとしたら?」
「え……?」
「魔力が使用者によって性質を変化させ、属性が付与されるように……魔石に込められる魔力もまた、悪意ある者によって何か細工がされているかも知れない。そうは考えなかったのですか?」
「っ……!」
さぁっと顔を青ざめさせるセルパン。……確かにここまでの話を聞いていると、全て都合が良すぎるのだ。警戒心が薄いというべきか、安心しきっているというか。元々性善説で生きている人物なのかもしれないが、その軽快の薄さは多くの農民を動かすには枷になる。
「っではどうして豊作に!?農民たちを想ってのことなのでは……」
「もし、私に悪意があったならば……これは仮定の話ですが、その魔力を通して警戒心を弱め、世に流通させます。一度自分の魔力を受け入れた人間は、その後も魔力を受容しやすい。……使える駒が増える、という算段でしょうか」
「「「!!」」」
まさか、魔力の受容が回数によって変わるとは知らなかったルカ。そしてその仮説を聞きセルパンは立ち上がる。……恐らく彼もまた、農民と共にワインを試飲していたのだろう。警戒心が無くなるという話を聞いて、何か心当たりがあったのか慌ててコートを持つ。
「わっ私、西に戻ります!確認しなければ……!」
「それがよろしいかと。流通も、該当の商品を止められては?」
「そうします!ありがとうございますっ!」
「…………」
「腰低い伯爵っすねー……」
バタンと閉められた扉。残されたルカとカリーナ、そしてキアラは驚きを隠さず露わにしている。セルパンの純粋さと行動力、そしてデュートの仮説の強さに。
「……見送りをしてきます。キアラ、あなたはここに残って給仕を。」
「はっはい!」
「え?なんで……うぉっ!?」
ぐい、と容赦なく海野の右腕を引き、部屋を出るルカ。廊下に出るなり海野はその手を引き剥がし、意外そうな顔をする。
「何すか、一人出ていったんだからあの女も適当言って追い出せばいいでしょ。それともこのまま行くんすか?!」
「……いいえ、このまま救出に行けば間違いなく怪しまれます。彼女を納得させてから行くつもりです」
「じゃあなんでわざわざ廊下に……」
ルカは周囲に従者がいないことを目視で確認し、ぴたりと足を止めて海野を見る。
「以前、妙な安心感を植え付ける魔力に遭遇したことがあります。あなたにはその原因を確認していただきたいのです」
「……え?俺?」
「あなた以上に人を疑うことに長けた方はいないので、適任かと」
「は……?なんで別れて行動できると思ってんすか!俺はアンタの監視を——」
そこまで言いかけた海野だが、ルカが彼の腕を掴み距離を詰めたことで黙る。
掴まれた腕にはコンソール。カメラに映らないそこにルカが文字を打ち込んでいく。使用の指示を出さなければ本部に送られることのないデータ。それを理解しての行動は、管理官としての海野の頭をこれでもかと回転させる。
「魔素増加の原因が西領の農園にあるかもしれません」
“沢下を見つけた時と同じ反応です”
「私では見つけられませんでしたが」
“元管理官によるものかもしれません”
「……コンソールがあれば、魔素の流れを見ることができますよね?」
「……。」
同時に進む二つの会話。書き込まれてはすぐに消されたその文章は、海野の頭にこびりつく。
「……はぁー、マジでアンタ人使い荒いっすね」
「適材適所に送ってるだけですよ」
「うわ、なんか上からでムカつく」
「事務方の仕事なので」
パッと海野から離れたルカは、踵を返す。
「お互い頑張りましょう」
「ったく……貸しっすからね」
「はい。よろしくお願いします」
ため息をついて部屋に戻っていくルカを見送る海野。
最後にルカの打ち込んだ文字を素早く削除し、セルパンの後を追う。
“魔力とコードの合わせ技だとしたら、対応できるのはあなたしかいません”
「……ほんと、人使い荒いっつーか……」
小さく呟いた海野は、ガシガシと頭を掻いた。




