#105 予定外の案件は迅速に処理すること
アシュフォード家当主、ローワン・アシュフォード公爵が姿をくらませて約3日。予定よりもかなり早く東領へ到着した一行は、ローワン捜索に思わぬ足止めを食らうこととなる。
「これはこれは婚約者殿!ローワン公爵はどちらに?」
「……こちらは?」
「ルカ様!こちらはセルパン伯爵です。ローワン様が西領に行かれたとお伝えしましたら、こちらで待たれるとおっしゃられて……」
「西領は良いところだったでしょう!是非そのお話もさせて頂ければ!」
「………………。」
スッとルカの表情が抜け落ちる。
それを見て怯える従者たち。一人で爆笑する海野が誰にも見られないままそこにいた。
<#105 予定外の案件は迅速に処理すること>
「申し訳ありませんセルパン伯爵、ローワン様は別件で外しておりまして……」
「そんな!……せっかく西領のお話をと思ったのですが……」
悲しげにシュンとして見せるセルパン伯爵。橙に近い金髪と、西領の風景を思わせる緑の目。これまで出会ってきた貴族とは少し違う雰囲気を持っている。
「申し訳ありません、恐らくあの方も是非お話したかったと思うのですが。大変恐縮ですが、後日改め「それでは婚約者殿とお話させてください!」……はい?」
笑顔で近づいてくる伯爵。ルカは思わず目を瞬かせる。
「第一王子の婚約披露宴で“ナイト”と呼ばれた婚約者殿……是非一度お話したいと思っていたのです!」
「あの……」
がっしりとルカの手袋に包まれた手を掴み、上下に振るセルパン伯爵。もちろん権限チップは別の場所に隠し直したためその心配は無いのだが……。
「まさかローワン公爵がいらっしゃらないとは驚きましたが、それでもこうして婚約者殿とお話出来たのならそれだけでも十分幸いです!」
「はぁ……」
「ワイナリーは見てまわられましたか?特にレーヴ殿の農園!あそこはよくヴァルモント公爵がお客様を連れて行かれますし、レーヴ殿もとても良い方で……」
「……」
さていつまでこの状況が続くのだろうか……ルカの表情……特に目が死んでいくその様子に、一筋の光ならぬ一声がかけられる。
「いつまでお手を握っていらっしゃいますの!?紳士としてあるまじき行為ですわよ!」
「……え?」
妙に聞き馴染みのある声。ルカは咄嗟にそちらを見る。そこには……
「お久しぶりですわねルカさん。ご機嫌麗しゅう!」
「……ご機嫌、麗しゅう……
カリーナ様……?」
・
「……ええと、どうしてこちらに? 」
「もちろんローワン様にお会いするためですわ!」
「あ、そうですよね」
「ちょっとなんですのその反応は!」
「いえ深い意味は……」
ただ予想通りだっただけで。ルカはその言葉を飲み込んで目をそらす。その反応がお気に召さなかったらしいカリーナはぷりぷりと怒りを露わにしている。
「なんすか?この2人。お知り合いっすか」
「……はぁ……カリーナ様は南領の公爵令嬢です」
「へぇー」
頭を抱え顔を覆ったルカ。小声で答えてやれば興味なさげな抜けた返事をする海野。しかしそれに怒りを覚える暇もないほどルカの脳内では、忙しなく現状をどう回すべきかのパズルが組み立てられては崩れていく。まるで引き継ぎなしに飛んだ社員の仕事を肩代わりしている時のような気持ちだ。
「カリーナ様……もしやカリーナ・ホメオ公爵令嬢でいらっしゃいますか!?」
「ええそうよ。あなたは……」
「お会いできたこと、光栄に存じます。私は西領にて葡萄農園をいくつか経営しております、マリブ・セルパンと申します。伯爵家にございます」
「あら葡萄農園を?今年は収穫量が随分多かったとお聞きしたけれど……」
「そうなのです!お陰様で農民たちの給与を増やすことが出来て……」
「(なんで人の屋敷で世間話してんだよ……他所でやってくれ)」
ルカの死んだ目が2人の会話する姿を見つめる。しかし追い出すにはどちらも大物で、特にセルパン伯爵は魔石の件がある。ローワンと別れて調査していたこともあり、ルカはあまり情報が無い。どう扱えばいいものか判断がつかず困っている。
そしてカリーナの方は……
「ところでローワン様はどちらに?私、婚約のお話をしに来たのだけれど」
「……急用ができましたのでお屋敷には戻ってきておりません。本日……いえ、恐らく1週間ほどは戻ってこられないかと」
「「1週間!?」」
カリーナとセルパンの声が重なる。
さすがに1週間もの間自領に帰らないのは問題だろう。移動時間も加味すれば1週間どころの騒ぎではない。
「それはかなり長いですね……なにか重大なお仕事が……?」
「1週間……困りましたわね……」
「「……」」
さあこのまま諦めて帰ってくれ。早くローワンを取り戻す作戦を進めたいルカは、無礼にも上の階級の2人にさっさと帰れと念を送る。
黙ってしまった2人は……
「どうしましょう、ドレスを少し着回すことになってしまうわ」
「……?」
「念の為着替えは多めに持ってきておりました!私はお待ちしますよ!」
「……はい?」
この流れはなんだ?まさかこの2人……ちょっと楽しくなってないか?
「まあ元々少し滞在したいと思っておりましたの。問題ありませんわ」
「(問題あるだろ他人の家だぞ)」
「カリーナ様、事前にお伝えしておくべきだったのでは」
「あら、私たちの仲ですもの、問題ないでしょう?」
「……そうですか」
「(そうですかじゃねぇよ!負けるなデュート納得すんな!)」
「今までも滞在させて頂きましたし、それが延長されるだけです。それにここの食事は本当に美味しくて!」
「……光栄でございます(ぶぶ漬けでも出してやろうか)」
「またドレイク殿の食事が食べられるとは……私、とても嬉しいです!」
「(ざけんな帰れ)」
本格的にルカは頭を抱える。
一刻を争う事態だというのに、目の前で繰り広げられる緊張感の無い来客たち。
これが立場に差のない相手であれば問答無用でつまみ出せただろうに……どうやってこの2人の目を掻い潜って救出しに行こうかと、若干馬車に酔って回らない頭で考えるのだった。
・
「っ……ここは……」
「お目覚めですか、ローワン・アシュフォード公爵」
「あなたは……!」
カーテンが閉め切られた薄暗い部屋の中、ベッドで目を覚ましたローワン。体の痛みは無いものの、長い時間眠っていたのか起き上がった時に体が軋む。
「お体はいかがですか?」
「っ私に何をした……!」
「そんなに睨まないでください。私たちは何もしておりません」
暗い室内、目が慣れてきてようやく声の主がメイド服を着ていることに気づく。茶髪を三つ編みにし、メガネをかけた金の目の少女……
「……まさか、ヴァレリー殿か?」
「!……よく、お気づきになられましたね」
ローワンは狼狽える。このメイドはマリアと共に居た。ということはやはりヴァレリーの言うあの子、とは、マリアだったのだろうか。にしては呼び方の距離感に違和感が残る。
「……答えろ、あなたが言った“あの子”は、マリア・ロバーツ男爵令嬢で間違いないのか」
「……ええ、間違いありませんよ」
「では……どうしてメイドの格好を……」
「……」
無言のまま、ヴァレリーは閉められたカーテンに近寄る。質のいい毛足の立った絨毯に、足音が吸われる。
「マリア様から、言伝を預かっております」
「!」
「“あなたはただここに居るだけでいい。下手に脱出しようとしても無駄です”」
「っ……悪いが私も帰らなければならないんだ。大事な人を探さなければ……」
「“ルカ・モスウッドの居場所は掴んでいます”」
「!!」
「“あなたの行動次第では、彼女や、あなたの領に何が起きるか……保証はできませんよ”」
「クッ……!」
明確な脅し文句に、ローワンは歯を食いしばる。その様子を見てヴァレリーは特に感情を示す訳でもなく、ただ言伝を伝え続ける。
「“私はあなたを人質として利用したい。ですが、私の協力者はどうやらあなたが欲しいようで”」
「……協力者……?」
ローワンの返事と被るか被らないかというところで、カーテンが開かれる。
夕暮れの陽の光が降り注ぎ、ローワンは一瞬目を強くつぶった。しかし現れた光景に、今度はその目を見開く。
「“あなたには、ここでナイト様を待ってもらいますよ”」
床に敷かれた豪華な装飾の絨毯。埃が舞う中、いくつも壁際に置かれた箱の中には子供用の玩具や剣術用の道具たち。
置かれた本や、かけられた制服……それらは全て、ローワンに見覚えがあるものばかり。
「どう、して……」
「……どうぞごゆっくりお過ごしください。
ここは、あなた様の部屋なのですから」
ホワイトの姓を名乗っていた頃の自室は、昔と一切変わらない様相で部屋の主を出迎えた。




