#104 相手の気持ちを考えること
「本当にいいのか?うちはどれだけ滞在されたって……」
「公爵家同士、長期の滞在はあらぬ誤解を招きます。……お気持ちは感謝しますが、もし何か手がかりを見つけた時には文か何かでお知らせください」
「……わかった。くれぐれも気を付けられよ」
「お気遣い感謝いたします、ヴァルモント公爵」
馬車を背に頭を下げ、従者の手も取らず乗り込んだルカ。ひらりと体をひねり、車内からコナーの顔をまっすぐ見る。
「必ず見つけ出します」
どっしりとしたその安心感のある声は、とても一つ下の令嬢には見えないと思うコナーだった。
<#104 相手の気持ちを考えること>
パシン、と馬に鞭打つ音が鳴り、それを皮切りに馬車が動く。ルカはあらかじめ口に入れていた酔い止めの味を感じながら窓の外を眺める。
西領に到着したときはにぎやかだった車内も、今はルカただ一人。静寂が……流れるわけもなく、光学迷彩コードを解き、にやついた顔で海野はルカに言う。
「なんすかあれ。言ってる事、超矛盾してるじゃないっすか」
「……何故解いたんですか、戻してください」
「まあいいじゃないっすか、話逸らさないでくださいよ。……あんた、ローワンとかいうやつに随分肩入れしてますよね。探す必要あります?現地住民の消息っすよ」
そのにやけ顔は、何も状況を楽しんでいるというだけではない。ルカが散々語った“管理官の介入”と相反することをしていることへの非難も含まれている。
「あれじゃあもはや妻じゃないっすか。何アンタ、結局現地住民に情がわいたってこと?」
「……」
冷たく重苦しい空気が二人の間を漂う。
そんな中で、ルカは小さく、わざとらしくため息をつく。
「海野さん、そのわざとらしく相手をおちょくる口調どうにかなりませんか?ふさぎましょうか、私が」
「あっちょっ、図星だからって暴力に走るんすか!?」
「あなたは言葉よりも拳骨のほうが効くようなので」
「んっだよこいつマジでかわいくねぇ!」
「あなたこそ、私に何を期待しているんですか」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ海野に、ルカはわざと作った拳を下げて言う。
「ローワン・アシュフォード公爵……彼は東領を治めている人物で、立場上多方面に顔が効きます」
「そりゃあ聞きましたけど……南領の公爵令嬢から求婚されてて、西領の公爵とは旧友なんすよね。だからって探す義務は無くないっすか」
「義務はありませんが必要はあります。彼は王家から頻繁に諜報員を送られていた……つまり王家の中に、彼に強い関心を持つ人物がいるということです」
とある人物を思い浮かべながら、ルカは情報を整理していく。規則正しく揺れる車内は、朝日によって明るい。
「……その諜報員、どうしたんすか」
「/input代わりに利用させていただきました。どうにも/inputの精度が悪くて……あの、どうにかなりませんかあのポンコツオートマ機能。魔法についての知識が一切入ってこなかったんですが」
「あのぉ……俺のこと睨んでるみたいで嫌なんすけど」
「すみませんつい」
もちろん、カメラからの反応は何も返ってこない。そのレンズの奥で誰が困り果てているのか、おおよそ想像はつくが……ただ、海野は咳払いをする。
「で、その王家がなんすか。ローワン様って人を助ける理由になるんすか?」
「……」
窓に映るルカの顔はぼんやりとしているようで、遠くをじっと見つめている。
「……彼の現在位置はどこになっていますか?現地住民なら出るはずです」
「ええ~?理由言ってくんなきゃ調べないっすよ」
「いいから調べてください。私に報告しなければいいでしょう」
「ハイハイ、ったく素直に言やあいいのに……」
コツコツと液晶を叩く音の後、拡張画面が現れ地図が映し出される。
ゆっくりと動く自分たちの現在地のほかに、ローワンの位置が赤い点で示される。
そこは……
「……あれ……これ、って……」
歯切れの悪い海野の言葉。ルカはその目を伏せる。
「……例の転移者は第一王子の婚約者。そして恐らく沢下ユイと交流があり、光魔法を使えるのだと思います。この国の王族は魔法の属性を相当気にするようですから」
「光属性……ってことは」
「ええ。……転送したのでしょうね、彼を自分のテリトリーに」
おおよそ、ルカの予想は当たっていた。ローワンの位置を示す点は王城に被っており、それを見てルカは舌打ちをする。
「チッ……この一連の出来事、どうにも腹が立つんですよね。私が管理官であると知っていて、その婚約者にあたる現地住民を攫う……ここまではいいんです別に。何かの嫌がらせかなと予想できるので」
それはそれでどうなんだと海野は思うが、ルカの顔が徐々に険しくなるのを見て口をつぐむ。
「実際、沢下ユイは“管理官ならば現地住人と仲良くならなきゃ!”と言ってきましたし、きっと私のことは嫌いな部類の人間なんでしょう。
ですが沢下は自分で転移魔法を使わず私の目の前から消えた。でも今回は、目の前でローワン公爵を消さなかった。そしてそれはどちらも、沢下の裁量ではないように見える」
消えるとき、沢下ユイは“もう時間みたい”と残念そうに言った。つまり決められた時間の中で自由に動くことを許されたにすぎないということ。
「……イラつくんですよ、誘導されているようで。相手の動機は見えませんが、管理官が証拠を掴みかけるその瞬間を狙って罠を張っているように見える。餌をちらつかせているようで……」
手袋の中に忍ばせていた金属片……自分のものではない権限チップを改めて見るルカ。カメラから見えない絶妙な角度に気づいた海野は、少し瞬きをする。
「大変不快です」
ギチ、と握り込まれた手から手袋の布が引きつれる音が鳴る。
先ほど脅かすために握られたものとは全く違う、怒りの籠った拳……感情を露わにするルカを前に、海野は若干の居心地の悪さを感じるのだった。
・
「ルカ様、本日の宿なのですが……」
「ああ、はい。……そうですね、これぐらいなら問題ないと思います」
「……うっわ、一晩でどんだけ金飛ばすんすか」
休憩のために停まった馬車。キアラの提案した宿に許可を出したルカの、隣からちゃちゃを入れる海野。もちろん再び姿と声を遮断しており、それに安心しきって堂々と値段への文句を言っている。
「もしその宿に空きが無かった場合のために、ほかの候補も2件ほど出しておいてください」
「わかりました!」
「ひゅ~女当主!」
「……さっきから楽しそうですね」
「いーじゃないすか、暇なんすよ俺」
「はぁ……」
まるでやかましい幽霊でも憑りついたようである。ルカは地図を広げる使用人たちの輪に戻るキアラを見送りながら、小さな声で海野に返事をする。
「しかたないじゃないっすか、俺、アンタのこと監視しなきゃいけないし」
「まさか部屋まで入ってくるつもりですか?」
「場合によっちゃあ」
「……」
恐らく自分も同じ立場ならばそうしただろう。そう思うからこそ、ルカは大きくため息をつくことしかできない。
秋空の澄んだ青さが、ルカの重苦しい気持ちを眺めていた。




