#103 場の統括者に指示を仰ぐこと
肌を突き刺す冷たい風。冷え切った何かがルカの胸中に充満する。
「行方不明、とは?」
自分でも驚くほど冷たい声が出た。
ルカは、自分を見る海野の目線に気づかないまま、コナーの顔を見上げていた。
<#103 場の統括者に指示を仰ぐこと>
「あなたが居なくなった後、ローワンには部屋にいるように言ったんだ。もしかすればあなたが戻ってくるかもしれないと……だが……」
「……セドリックはどうしたんですか」
「あいつもいないんだ。それに……」
「……?」
言い淀むコナー。その視線に何かの迷いを感じる。
「……どうぞ仰ってください。ここには私たち以外誰もいませんから」
「……ブフッ」
静かに音の鳴った方を睨むルカ。光学迷彩処理をされ、その上声すら遮断されている海野が笑っている。
「アンタ詐欺師になれるんじゃないっすか?」
「……」
「……ああ、そうだな……」
眉をひそめ神妙な面持ちでルカに近寄るコナー。耳を貸すため、ルカも横を向く。
「……マリア・ロバーツ男爵令嬢がいない。来客の対応をしていたんだが、いつの間にか姿を消していたらしい」
「……!!」
「マリア・ロバーツって言やぁ……」
・
「……あれ?」
「どうしたの山本ちゃん」
「それが……」
山本が打ち込んだテキストは、ソフトに弾かれる。マリア・ロバーツ……その人物が、世界の情報にヒットしない。
「綴り違いじゃない?」
「それは試したんです、でも出てこなくて……」
「……偽名かもしれませんよ」
困惑している2人の元に、後ろから声をかける高瀬。2人の視線がそちらに向く。
「良くも悪くも、データは嘘をつきません。偽名はあくまで通称……個人の情報が塗り変わった訳じゃない」
「そっか……じゃあその人は、故意に名前を隠してるってことですか?」
「……隠す事情がなんであれ、公爵家には少なくとも嘘をついてるってことだね」
・
「あのぉ、声出さなくていいっすけど、マリアって誰っすか。例のもう1人の転移者?」
「……そうです、か。もしかするとお仕事へ行かれたのかもしれませんね、ご多忙な方ですし」
ちらりと海野を見るルカ。妙な言葉の区切りに海野は自分への回答が混じっていたと気づく。
「なんだと……?この状況でか!?」
「いや婚約者放置してる男ってなんすか!あはは!」
ゲラゲラ笑っている海野に若干苛立っているルカだが、しかし事態は深刻だ。セドリックはマリアと接触があり、そのマリアとローワンが姿を消した。
恐らくだが……ヴァレリーが姿を消したのと同じような技術を使って屋敷から姿を……
と、そこで新たな疑問が生まれる。
ではそのヴァレリーは、今どこにいる?
「……従者はいなかったんですか?」
「そいつも姿を消したんだよ……だから困っている」
「……どのようなお姿でしたか」
「そうだな……確か、かなり赤に近い茶髪で髪を三つ編みにしていて……目が金だったな。赤みが強かった」
「よく見ていらっしゃいますね」
「まあな。この世界で金の目なんてそうそういない。……まあそれで言えばあなたの黒目も珍しいが……」
コナーは途中で会話を切り、ハッとする。
「っとにかく、またあなたまでどこかに居なくなったとなれば混乱を招く!ひとまずは部屋に戻って待機を——」
「いえ……探しに行きます」
「「……はぁ?」」
奇しくもコナーと海野の声が重なる。
「何を言ってるんだ!その体で探しに行けるわけが無いだろう!」
「なに現地住民探しに行こうとしてるんすか!放置でいいでしょ!」
ものすごい勢いでルカに詰め寄る2人。しかしルカは顎に手を当て、一点を見つめている。それは何かを見ていると言うより、考え事に夢中で視点が合っていないような……
「……、……」
「……おい、大丈夫か?」
「(……まさかこの人、現地住民に恋してるとか……無いよな?)」
海野は一瞬それを考え、いやありえないと頭を振る。何せこれほど頭が回る変人だ。こんな人間、現地住民だろうが元の世界の人間だろうが、恋愛に向いているはずがない。
「……ひとまず、メイドたちと合流します。それから話を詰める、でもよろしいですか?」
「それは構わないが……ただあなたは怪我人で……」
「大丈夫です」
問題ないと言い切るルカ。その声色はいつものどこか確信めいたものとは違うが……それに気づける婚約者はここにいない。
「当主も、その腹心もいないのなら……アシュフォードの使用人たちが混乱します。立場上、婚約者が指揮を取るのが良いかと」
「それは……いや、そうだな」
コナーとて、ローワンの友人だからといって自分の部下と友人の使用人たちをまとめあげるのは骨が折れる。
自分と、それを監視する者たちに言い聞かせるようなその物言いは、彼女の責任感の強さを露わにした。コナーの目にはまるで彼女が婚約者では無くその先の立場にいるように見えた。
・
「ルカ様!ご無事だったのですね……っ!!」
「心配をおかけました」
「本当にっいらっしゃらなくなった時はどうしようかとっグスッ」
「……すみません」
ルカが眠っていた部屋に戻ると、そこにはアシュフォード家の従者たちが揃っており、ルカを見るなりその顔を綻ばせた。
ルカが出ていった時からほとんど配置の変わらない部屋。キアラに至っては泣き始め、ポロポロとその涙をこぼしている。
「今までどちらにいらっしゃったんですか!?私たち必死に探してたんですよ!」
「……歩けるかを確かめたくて、庭に……」
「それならお部屋で良かったじゃないですか!」
「はい……」
「ルカ様が突拍子もないことをされるのは重々存じていますが、今回は本当に……っ本当に、怖かったんですよ!」
「……はい」
泣きながらもルカを責め立てるキアラに、ルカは目を伏せる。現地住民にここまでの感情を抱かせてしまった、という自責なのか……しかしそれにしては柔らかい表情は、モニター越しの山本には覚えがある。
「ローワン様もどこかに行っちゃうし……うぅ゛〜〜っ」
「……それについて、まずは状況を確認したいのですが……ローワン様と最後に一緒だったのはどなたですか?」
芯のある声色に、キアラは泣くのをやめ、従者の1人が手を挙げる。
「はい、私です……」
「最後に見たのはいつでしたか?」
「最後と言っても、本日の朝なのですが……朝食をお持ちして、それ以降はセドリック様がつきっきりでした」
「……そうですか、なにかおかしな所は?」
「いえ特には……」
ほかの従者もおかしな点を思い出してみるが、それに該当するものは無く首を傾げている。
たしかに彼は日頃からセドリックと行動を共にしており、仕事漬け故か部屋に籠ることもある。用もなく屋敷を歩き回るような男では無いことは、ルカも分かっている。
「……では魔法を使ってどこかへ姿をくらませたという線はありませんか?必要に迫られて、とか」
「転移魔法……ってことですか?それができるのは確か光魔法だけだったと思います……アンテ様が仰っていました」
他領へ向かうということでマナーを叩き込まれていた従者たち。その講義の中で、どうやら魔法についても少し勉強をしたらしい。
「ローワン様の闇魔法は、結界や、魔法陣を使う高度な契約の魔法が得意で、光魔法は浄化や転移魔法が得意だと……」
「……」
その従者の説明に、ルカは眉を顰める。
「……それは、どういうことですか?結界も契約も、おおよそ何かを縛るということに特化しているのは分かるのですが、光魔法の浄化と転移が結びつかないです」
「それは私たちにも何とも……でも転移魔法が使える方はほとんどいらっしゃらないと聞きました。王族でも何人使えるのか……」
「……そうですか、すみません詰めるようなことを言って」
「い、いえ!」
理屈はどうあれ、そのような魔法が存在するのならどこに掛け合うべきかは定まってくる。
光魔法が使える王族……知り合いはいない。しかし、知られている人物はいる。
「……ではまず、体制を整えるためにもアシュフォード家へ帰りましょう。西領で何か手がかりが見つかった時には、コナー様の従者の方づてで知らせてもらうようにします」
「えっ……でも……」
「……大丈夫です、あの人は無責任にあなた方を置いていくような人ではない。そうでしょう?」
「「!」」
「(……ふーん)」
示し合わせたように、窓から差す陽の光。夕暮れの禍々しさよりも少しの神々しさを感じさせるその光が、凛としたルカの薄い笑みを照らす。
その細い体には大きすぎる頼もしさが、キアラの胸を高鳴らせた。




