#102 ウィンウィンを望まないこと
「いやあ良いですね一人じゃないのって。本当に助かりました」
「……アンタのそれ嫌味っすか?」
「?いえ、純粋な気持ちですが」
特大の営業スマイルで脅された海野二級管理官。
自分が無能だと罵倒していた一級管理官を、思い切り睨みつける。
「マジで最悪なんすけど」
「そうですか?一級管理官が失敗した案件なんて、昇進にかなり大きく響きそうですけどね」
「ぐっ……アンタプライド無いんすか!?」
「無いです」
「~~~マジやりにくい!!」
即答でプライドなど無いと言い切ったルカ。
海野は外された拘束に、喜ぶべきか否か頭を抱えた。
<#102 ウィンウィンを望まないこと>
「では話を詰めましょうか。今一番解決すべき問題は“この世界の魔素量”……調査開始以降、減った形跡はありませんでしたか?」
「……無いっす。増加した後、そのまま数値は横ばいです」
「そうですか。……私はこれまでの調査で、魔力を付与された“この世界の索引にいない生命体”……魔の者が存在しているので、その製作者を探すのが近道ではないかと思っています」
「…………」
木の枝で地面に図を書くルカ。海野はどこか不服そうにそれを見ている。
「……あの」
「はい」
「その製作者ってさっき言ってた“転移者”っすか?」
「!」
ぴたりとルカの手が止まる。その様子は驚愕というよりも、想定内の反応に対する相槌だ。
それを受けて海野は疑問をぶつける。
「だって、この世界の索引に居ないんすよね?しかもアンタの話じゃ、古代の魔法学では魔素を取り込む方法が主流だけど、世間一般的な魔法論じゃ自分の魔力以上の上限値は出ない。
……じゃあ、そのクニクルス第一言語を理解できるっていう何かしらの“ギフト”的なモンが無いと、魔の者の制作って成立しなくないですか?」
「……」
ルカは少し目を細めた。想像以上に頭の回転が早い男である。
「……現地住民から聞いた話では、理解できる者はまだクニクルス内に存在するらしいですよ」
「でも、いたとしてもヨボヨボのおじいちゃんとかっすよね?つーか魔素の総量までいじれないと思うんすけど。どっから持って来たんだって話じゃないすか」
「……ではあなたは“魔の者の制作者”と“魔素増加の原因”は同一人物だと見ているわけですね」
「……なんなんすか、その言い方。間違ってたならさっさと言ってくれません?」
「いえ……」
ルカは少し考え込む。そしてなにかに気づいたようにハッとし、海野の背に手を当て、体を地面に押し当てた。
地面の砂が海野に若干の痛みを与える。
「グッ……何するんすか!」
「静かに」
「いや、俺光学迷彩処理してるし!つーかこれじゃアンタのお仲間に……」
映像も音声も届かない、そう言おうとした海野は止まる。
地面に押し付けられたカメラは、耐久性はあれど塞がれては手も足も出ない。マイクもカメラの横に着いていた為、恐らく今はジャリジャリと砂が擦れる音だけが聞こえていることだろう。
・
「えっ……ルカ先輩!?」
「何も聞こえない……マイクの位置、変えてもらわないといけないかな」
「画面傷つきませんかこれ?」
「まあ……そこは大丈夫だと思うけど……」
・
「……手短に言います。覚えてください」
「っあんた仲間に隠し事っすか……!?」
焦る海野。
いつも自分たちを規則で雁字搦めにする事務方が、こんな規定違反紛いのことをするとは思ってもみなかった。その顔色は悪い。
「いいえ、今共有する情報ではないというだけです。隠しはしません」
「それを隠し事って言うんすよ……!こんなことしていいんすか!?」
「結果主義の職場であることはあなたもご存知ですよね?大丈夫です、責任者は私なので」
一体何が大丈夫なのか。海野は肝が据わっている……というより、頭のおかしい一級管理官に目を見開いている。
「とにかくその時が来るまで、今から言うことは他言無用。これは、命令です」
「……あんたに命令の権限なんて」
「……」
「……はぁ……わかりましたよ。アンタ頭おかしいけど、スゲー考えて動いてる事はわかったんで」
「恩に着ます」
観念した海野に、ルカは少しの沈黙を挟む。
さわさわと揺れる木の葉。地面の冷たさが薄い布を介してルカの体を冷やす。
そうして少し経った後、ルカは重々しく、小さく呟くように声を発した。
「……私が先程言った“もうひとりの転移者”は、元管理官です。恐らく……我々がずっと追っている
8年前に失踪した男だと思われます」
「……え?」
・
「……まさかとは思うけど、これ、ルカちゃんわざとじゃないわよね?」
「え、早見さん?それってどういう……」
「……だってあまりにも長すぎるわよ。追手が来てるのかもしれないけど、ルカちゃんのことだもの、ちょっと隙を見て”少し待っててください”とか言いそうじゃない」
いまだ地面を映すカメラは雑音ばかりを拾っており、ルカと海野の声は聞こえど、それが何を話しているかはわからない。
そんな状況が数分続けば、事務方としても怪しさを感じるわけで……。早見の考えの妥当さに、多田や山本はハッとする。
「でも……でも、思い込みで判断するのは、良くないと思います。そりゃあ長いですけど……でも、疑うには判断材料が少ない、です」
「……」
山本は精一杯、自分の頭にある“ルカの言葉”を並べた。思い込みで動くな、事実を集めきって判断しろ。それは山本が実働部隊の資料をまとめるときに言われた言葉だ。
「だからその……信じる、じゃなくって、待つのが大事だと……思います」
「……そうね、ごめんなさい。早計だったわ」
こんなことを言うまでに成長したのか。
恐らく山本はルカを信じたいと思っている。だから出した言葉の奥にはずっと“ルカがそんなことをするはずがない”という意思がある。それは褒められたものではないが、言葉を巧みに選び、待つ正当性を説いた。
これはまぎれもなく成長である。
「……まあ、ルカちゃんのことだから……“こんな短時間も待てないんですか?”とか言ってきそうだよね」
「アハハ!確かに想像つくわ!」
「課長……」
震える手を握っている山本。そんな彼女に、課長はふにゃりと笑みを浮かべる。
「ま、ちょっと休憩だと思ってさ。お茶でも飲んだら?」
「っ……はい!」
課長のやさしさに山本も笑顔になる。
日々言葉を扱う事務方の、文字に隠された少しの人情……そんな会話などつゆ知らず、ノイズの走るカメラの奥では変わらず緊張が走っていた。
・
「それ……って、コンソール持って消えたっていう……」
「予言めいたことを言うためにコンソールを利用して、異世界の均衡を崩し、我々の使う仕事道具をオートマ化するきっかけになった管理官。それが、この世界に……しかも世界の中枢に潜り込んでいる。それが私の調査した結果です」
「っ……!」
変人だと散々馬鹿にしてきたが、この半年間目の前の一級管理官はしぶとく情報を集め続けていた。その結果、自分たちが身を置く組織にとっての“悩みの種”とも言える人物を特定したという。
そんなうまい話があってたまるか。そう言おうにも言えない。それだけの情報を、この女は足で探した。……海野は揚げ足をとるために動いていた思考が止まるのを感じる。
「だ……だったら猶更、事務方に聞かせた方が」
「伝えれば即刻この任務は“元管理官の捜索”が優先され、この世界に大きな改変処理が行われる。それが単純な記憶消去ではないことは……あなたもわかるでしょう」
世界の改変処理……その言葉に、海野も眉を顰める。改変処理後の世界がどうなったか……殉職認定のために様々な現場へ赴いた海野にとって、それは他人事の話ではない。
「あんな乱雑な改変、私は反対なんです。我々の仕事は世界を通常値に戻す事……なぜこの世界の住人が、我々の世界が作った癌のために消えなければならないんですか?その立場が逆転した時素直に納得できるのかという話ですよ」
「……アンタって、意外とまともな感性してるんすね」
「心外な」
ルカは少しため息をついて続ける。
「私たちがすべきは、この世界に起こり得なかった資源量の増減を補正すること。業務の中に”異世界の改変”は含まれない。
……それが、改変する力と進んだ文明知識を持つ、私たちと転移者のボーダーラインなんです」
・
『——すみません、追っ手が来ていました』
『痛ってぇ……急に押さえつけないでくれます?』
『失礼しました、つい』
「あ、よかったよかった。みんな、カメラ戻ったよ」
束の間の休息を得た事務方たち。課長の声でデスクに集まれば、そこにはルカの姿。やはり生きていたことの嬉しさで山本は涙を滲ませてしまう。
『ではここから早速脱出を——』
『ルカ殿!!』
『げっ……こ、コナー様……』
『こんなところで何をしているんだあなたは!!』
「……もしかして現地住民……?」
「調べます!……
……コナー・ヴァルモント……ホワイト王国の西を治める公爵ですね……」
山本のデスクに打ち込まれたコナーの文字。ヒットしたその人物に、課長は少し苦い顔をする。
「うわあ、記憶処理する人数が膨大だなぁ……広範囲用の装置残ってたっけ……」
「一応まだ何台か……」
「じゃあ後でそれ転送しようか。海野くんのいる場所にピン刺せばひとまずは——」
課長が在庫の確認のため、社内ソフトを開いたその時。
ルカは胸のざわつきを感じる。何故コナーだけなんだ?自分に平手打ちを食らわせた、あの黒髪の男はどこに……
『怪我が痛むとは思うが……すぐ来てくれ!ローワンが……
ローワンが、行方不明なんだ……っ』
『……え?』
モニターに映し出されたルカの横顔。
見開かれた黒目が、わずかに揺れた。




