#101 使えるものは全て利用すること
「まず最初にお伝えしておくと、現段階で魔素量増加の原因は特定できていません」
「……は?こんだけ時間かけといて?」
「ええ。転移初日にコンソールを壊されたので」
「……はぁ!?」
叫ぶ海野。平然と言うルカ。そしてそれを聞き阿鼻叫喚の事務方一同。
その状態で冷静さを欠かなかった女の異常さに、ようやく気づく者が現れた瞬間だった。
<#101 使えるものは全て利用すること>
「こ、こここコンソールが壊れ……っ!?」
「それって……」
「……給料、何ヶ月カットなんだろう……」
『そちらの声は聞こえないんですが、コンソールの修繕費と始末書の話は一旦置いといてください。……私なりに情報は集めてあるのでその共有を先にします』
モニター越しに、さも事務方の様子が見えているように言い切ったルカ。その声を皮切りに、多田は座席に戻りテキストソフトを開く。
『誰かメモは取っておいてくださいね。あ、海野さんは何か質問があれば遠慮なくどうぞ』
『……アンタ、化け物っすか?』
『私は化け物ではないです』
「い、いつも通りすぎる……」
ルカの上司として椅子に座る課長だが、ルカにペースを持っていかれることがほとんどだ。
特に何か問題が起きた案件についての報告。規定を頭に入れた上で、それ以外に思いつかないような代案を出してくるため、大体課長が押し切られる。
場合によっては規定スレスレのことを平然と提案してくることもあり、その際の上への対応が本当に大変で……。今回もまたそうなるのだろうか……課長の胃が痛む。
『では……簡潔にお話しさせていただきます。この世界で起こっている異常と、私が調べた現状について。』
腰を据えたルカの声。
全員が姿勢を正した。
・
「————というわけです。ここまでは大丈夫ですか?」
「ストップ!!タンマ!!」
「はい、何でしょうか海野さん」
「っアンタ何!?何考えてんの!?」
礼儀正しく座っていた二人だが、話が終わるなり立ち上がり大声を張り上げる海野。コードによって音声を遮断されているからか、その声量に遠慮がない。
「コンソールぶち壊されて、転移者に殺されかけて、その上現地の人間と婚約させられて監視下にある状態で調査続けてた!?はぁ!?何仕事続けてんすか!?」
「仕事で来てるので……」
「そんだけ絶望的な状況だったら投げ出すでしょうよ普通は!!」
「管理官って普通の仕事なんですか……?」
「うっせぇな普通じゃねえよ別に!!」
「その口の聞き方は何ですかぶっ叩きますよ」
「痛ってぇ!叩いてから言わないでください!!」
ゴンッと決して軽くない打撃音。腕を拘束されている男相手に容赦のない拳骨である。
・
「あー……やっぱりこうなったか……」
「や、やっぱりって……?」
状況報告の内容を聞きながら、課長の呟きに山本が反応する。
「いやさ、海野くんが行ったらきっとルカちゃんいじり倒すだろうなって……ああいう、何でも噛み付く生意気な子好きだから……」
「え゛っ……ていうかそっちですか、私てっきり報告された内容に関してかと……」
「あー……山本、勘違いすんなよ。あの人、多少仕事出来て度胸ある奴が好きなだけだからな」
「多田くんもそのテの子だったものね〜」
「早見さんは黙っててください」
「ひどぉい!」
「皆さん混乱してますね」
話がひっちゃかめっちゃかである。事務方の人間ともあろう者たちだが、なんだかんだルカから共有された密度の高すぎる話は一瞬で整理できるものではない。
一人、その限界を迎えている事務方たちに対して遠い目をしている高瀬。とはいえ彼も混乱はしている。
・
「……でも、今のところ大きく4つの問題があるわけじゃないっすか」
「……」
「アンタが多くの現地住民に知られてしまったこと、アンタのコンソールを誰かが使って消滅コードを使ったこと。あと魔素量の増加と……転移者沢下ユイが、他の転移者と遭遇してることですよね」
「はい」
やはり、要約能力が高い。ルカは目の前の拘束された海野を見て思う。
報告書を見た時に彼を優秀だと思ったのは、起きた事象を簡潔に伝える力と、判断力。
彼が自分から選んで遂行していた任務は、どれも決断力を試されるものばかりだった。今回のような殉職認定任務しかり、他の異世界についての対応では判断の速さが転移者を救ったこともあった。
ただ、同時に問題も……
「これ、さっさとコンソールの履歴追って人物特定した方良くないっすか?つーか救難信号ぐらい初手で送れるでしょ。現地住民と関わり続けた理由もわかんねーし、沢下と遭遇した時も問答無用で拘束すればよかったんじゃねーすか?」
「……」
・
「うっわぁ……海野君強いなぁ……」
「なんなんですかあの言い方……ルカさんだってその場で最善を尽くしたはずじゃないですか!」
コンソールが唯一の通信手段である異世界転移。その中でコンソールの破損という異例な出来事を受けても尚、ルカは情報を集め続けた。そして現地住民との交流を深めた結果、探していた転移者「沢下ユイ」と接触することが出来、その際の対応が適切だったからこそ別の転移者の存在を認識することが出来た。
だというのに、その成果を“収集できて当たり前だ”と言った上で、もっと良いやり方があったはずだと責め立てる。
そのやり方に、山本は怒りを覚えた。
「でも、正しいのよね全部」
「っ……」
早見の言葉が、山本の文句を止めた。
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「現地住民に助けられた時点だったら、まだ目撃者も少ないですし。記憶処理の対象者も最小で済みましたよね?なのに今アンタ、ワンチャンこの国の人間に広く知られてる状態じゃないっすか。どう始末つけるんすか?」
ルカが無言なのをいい事に、海野の語気はどんどん強くなる。
「事務方にいたから判断できませんでした、慣れてないせいです、なんて言い訳じゃきかねーっすよ。こんな大失態アンタの命一つでも軽いぐらいだ」
一呼吸置いて、海野は軽蔑に似た目線をルカに送る。
「ほんっと……最悪な案件に頭つっこんじまって気分チョー悪いっすわ。俺、アンタみたいな能無し初めて見たっす」
「……。」
・
シンと静まる部屋の中。モニターの奥もまた、ただ静かに時間が過ぎていく。
10秒、20秒……無言で海野を見つめるルカが映し出されるモニターは……ついに、ルカが口を開く瞬間を映した。
『で?』
「……あ、ヤバい」
多田が呟いた。
・
「あとは?」
「……は?何強気になってんすか、アンタの無能さが招いたことっすよ」
狼狽える海野。しかしルカの表情は一切崩れない。
「まあ私も最初は、ラッキ~この仕事辞められるじゃん!って思って動いていた節があるので、行動の合理性が無いことは理解してます。私の行き過ぎた行動に対する処分もついてくるでしょう。
……それで?あなたはどう動くべきだと思います?」
ルカの黒い目が一切動かない。瞬きすらしないその無表情は、どうしてか彼女の方が立場が上であるような、そんな威圧感を与えてくる。
「い、いやだから……おかしいでしょ!アンタの案件、なんでアンタが蹴りつけないんすか!俺はただアンタの殉職認定しに来ただけで——」
「管理官規定第14条8項!」
「!?っ転移した管理官の殉職認定時、対象が任務続行可能と判断された場合……」
「「認定のため転移した管理官は、対象の帰還まで同行すること」」
海野とルカの声が重なり、ルカは立ち上がる。
前に一歩進み、海野との距離を詰めたルカ。
「いやはや、コンソールで自滅コードが打たれて生きていたのは不幸中の幸いでした。どうにも無能な私だけでは対処しきれない案件でしたので……帰還まで、どうぞご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いしますね」
「……は、」
にこりと事務的に浮かべられた笑顔。
あれほどルカの生存を喜んでいた事務方の面々は、まるでホラー映画でも見たような悲鳴を上げたのだった。




