責務
3階に辿り着く、恐らく司令官室はここにあるはずだ。
「司令室は何処かな?」
「カイ、司令室ではありません、司令官室です。司令室とは―――」
たまに出るオリオンの冷静な突っ込み、もちろん正しいし、間違いは直したほうがいいに決まっているが、『今、そこ気になる?』
みたいなことを臆面もなく言ってくる
『はぁっ〜』と深い溜息をつき両肩を落とす。
「ありがと、その冷静さ後で半分分けて」と皮肉る
「いえ、冷静さというの――」
「はい、はい、はい、いいから司令官室はどこだろね」とオリオンのお説教を遮る
「一番奥にある、あの一室でしょう」
たしかに他の扉とは作りの違う重厚感のある扉が一際目立った。
ソロリソロリと扉に近づき、聞き耳をたてる。
ゲームならラスボスが待ち構えていそうな部屋に緊張が走った。
下に降ろすタイプのノブをゆっくりと下げ『ガチャリ』という音を極力おさえつつゆっくりとオリオンにも見えるように扉を開く、その時
「カイ、待って下さい。ブービートラップです」
オリオンに言われた先、天井近くにピアノ線のようなものが見える
「扉を開くとピアノ線を引き爆発する仕掛けでしょう」
どうしよう、隣の部屋から壁伝いに行くか、声を出して安否確認をするか、時間も限られているし音もだしたくない
しばらく考えた末に昔の映画を思い出した。モールス信号だ。
モールス信号は1838年、サミュエル モールスにより考案された通信手段で『トン』と『ツー』の組み合わせで意思を伝える原始的な通信方法、軍に携わる人ならきっとわかるはずだと思った。
他にも世界には面白い通信方法をとっている人々がいる、大昔の日本では狼煙などもその一つだしローマでは水槽の水位で伝える手法、遠くの船と通信をとる手旗信号、トルコの山間部には野鳥のように口笛を鳴らし会話をする村がある。
なかでももっとも面白おかしい方法が『かたつむり』を使った手法で、かたつむりはペアで同じ動きをすると信じられ、遠く離れても同期するのではないかと真剣に研究された。
「オリオン、モールス信号だ。この隙間からモールスでこう伝えて、『すばる、るな、待つ』って」
「分かりました」と返事のあとオリオンはモールスを繰り返した。
すると
「カイ、返事が来ました。『解除した』たと」
それを聞きゆっくりと扉を開ける
部屋の中は思いの外整頓されていたが司令官と思われる人は重厚で立派な机に寄りかかり床に座っていた。
見るからに怪我をしているが最低限の応急処置はしているように見えた。
「昴君のお父さんですね?」
「き⋯ みは⋯」
下の階の軍人よりは具合はよさそうだが、あきらかに辛そうではある
『君は』と聞かれたが『誰だ』と聞いているのか『何をしに来た』と聞かれたのか答えに困る。
正直に目的を話してもややこしい
「森で昴君とルナちゃんに偶然会いました。お父さんが来るはずなのに来なくて困っていると」
嘘ではないしこれ以上の説明は不要だろう
「立てますか?」
しかし司令官は
「私はここを出るわけにはいかない、どうか子供達を守ってやってくれないか」
やはり責任感から残っていたらしい、説得するために辛い現状を教えるしかなかった。
「ここに残っている意味はありません、下で部下の方に会いました。一佐に早く逃げてくれと、最後の言葉を言い残して息を引き取りました。
外も建物内も人はいません、だから一緒に行きましょう、お子さん達がまってますよ」
「私は、こんな状態だ…君の 足手まといになってしまう」
「大丈夫です。行けるとこまで行きましょう、軍人さんは諦めないのではないですか」
返事はないが強引に押し切ることにした。
「どこかに水や食糧はありますか?お子さん達はお腹が減っていました」
子供の空腹を想像し無視できる親はいない、さすがの司令官も基地を出る覚悟を決めたらしい
「この階の階段の先に給湯室がある、そこにあるかもしれないが、この状況だ…」
言いたい事はわかった。
『少し待っていて下さい』と言いつつ部屋を出る。
よかった、僕にはまだやらなければならないことがあるからだ。
しかしあまり時間をかけるわけにはいかない。
出来る限りの早さで階段まで向かい屋上へ行く。
屋上に人がいないとも限らない、屋上の扉を最新の注意で開ける。
『ギィィ』と思いの外、大きな音がでた。こんな時は逆に一気に開けたほうが案外音が出ないことがあるが、分かっていても一気に開ける勇気はなかった。
ギリギリ通れるくらいに扉を開け屋上に踏み入れる。見える範囲に人気は無いようだ。
よし、と意気込みこの旅の真打ちに取り掛かろうとするが、自分の血をいれなければならないことを失念していた。
突発的な怪我でなく自己で血を出す術がなかなか難しいことに気づいた。
ナイフやガラス、釘のようなものでもないか辺りを見渡したが都合よく落ちてはいない。
「オリオン、血を出す方法ってどうすればいいかな?」
「一番血を出しやすい部位は鼻です。」
壁に思いっきり鼻をうちつける?
いや、あり得ない
なにより司令官に怪しまれるし、ロケットに入れる密閉容器は注射器の半分くらいの大きさがあり、念のため液体だと分かるくらいの量は入れたほうが無難な気がした。
仕方ないので下に降りてガラス片を取りに戻る。
3階に下りた矢先、居るはずのない司令官が足を引きずりながら階段まで来ていた。
言葉を失い狼狽するしかない僕にむかい司令官はそっと『君は何をしているのだ』と聞いてきた。
優しい口調ではあったが、誤魔化すことを許さない真剣な眼差しだった。
僕は「すみません、今は言えません、後で必ず説明します」と、こちらも断固たる意思で返答するしかなかった。
するとイタズラした子供を許すかのような優しい顔で『行きなさい』と容認してくれた。僕も『はいっ』と頭を下げガラス片をとり屋上へ再度向かう、
容器に血液を入れて風船を準備して『ソッ』と手を放した。
灰色に近い風船はみるみるうちに高度を上げ淀んだ空に馴染み見えなくなっていく
「やったよ、オリオン」
「はい、お見事です。が、まだ最後の仕事ができてしまいましたね」
「そうだね」
と言って司令官の所まで若干だが軽くなった足取りで戻る
「すみません、お待たせしました。」
と言い司令官の腕を肩にかけて歩く。どうやら左足を負傷しているようだ。
「お子さん達に聞きました。隠し通路があるって」
「君はどこから入ってきたんだ?」
「僕はフェンスを越えてきました」
「そうか、この足ではフェンスは無理だな」
「はい、たとえフェンスを切って出てもその先は崖になってます」
「そうか、では、一階のゴミ置き場になっている部屋がある。そこへ向かってくれ、そこを右だ」
言われた通りに進む、一階には死体がない、司令官にあの惨劇を見せることなく基地を後にできそうで内心『ホッ』とした。
怪我人を抱えた状況で誰かに出くわしたら圧倒的に不利だと思ったが、なぜか一人で基地内を歩いていた時より安心感がある。司令官だから?
いや、違う、人は誰かといると安心するのだ。
中には『自分は一人でも生きていける』などと豪語している人もいるが、一人で生きていても意味がないのだ。誰かが居るだけで生きる価値ができる。『二人でいれば悲しみは半分、楽しみは2倍』そんな言葉を耳にしたことがあるが本当だなと思った。
それが親子なら尚更だ、かならずこの人を昴君たちのもとへ届けよう、
頑なに決心した。




